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影鬼
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しおりを挟む室内を照らす明るい光に目を細める。
窓辺に立った元気がカーテンを開けていた。
「もう、大丈夫です」
元気のほほ笑みは、それだけで人を安心させる力があった。
「ありがとう」
何度も頭を下げる心子さんが、触れていた裕理の変化に気付いてそちらを見ると、小さく動いた腕が目覚めを知らせた。
「裕理!」
看護師が脈を計り、後から現れた医師が頷くと、酸素マスクを取られた。
「信じられない。最初にあった傷まで無くなっています。一日様子をみて退院出来るでしょう」
医師に感謝の言葉を述べると、再び元気に向かった心子さんが頭を下げる。
「元気くん。ありがとう。本当にありがとう」
手を取り額を当て、何度もその感謝を現す。
元気は黙ったまま、ただ笑みを浮かべていた。
「母さん」
裕理の声にすぐさま駆け寄ると、その言葉に驚く。
「圭子ちゃんの墓参りに行きたいんだ」
「思い出したのねぇ」
「圭子ちゃんが居たからぼくは生きてるんだ」
裕理の言葉に涙ぐんだ心子さんは、何度も頷いていた。
私は、信じるしかない。と、微かに首を振る。
「美夜子さん」
呼んだのは樹利亜。
「お母さんの事を、教えて」
その瞳は真っ直ぐで、頷くし事か出来なかった。
純子さん。
古い記憶の理解しがたかった部分の謎が、今分かった気がした。
「家に来なさい」
静かで美しかった純子さんを思い出しながら、佇む樹利亜を見る。
樹利亜は、母親によく似ていた。
*
*樹利亜side*
小さな可愛い洋服店。
【フラワー】
ここが、元気が育った場所。
店の横にある家に続くドアの鍵を開けて、中に通され、リビングのソファに落ち着くと、湯気立つお茶を出してくれた美夜子さんが向かいに座る。
「二人は、鬼なのね? 元気の言った事は事実で、鬼退治をした」
黙って頷くと、身を乗り出す。
「樹利亜は、純子さんに囚われて居たのも本当?」
「そう。私の半身に母は居た。朱色の、悪鬼に変わった母が。それに、父母を殺したのも母よ。私は見てたもの」
眉根を寄せた美夜子さんが、首を振る。
「純子さんは、予知能力があったの。まだ若かった私はそれを信じてた。最初わね」
頷ける。鬼の血は、超能力者を生む。
「でも、貴女が生まれてから純子さんがおかしくなった。
ごめんなさい。樹利亜には辛い話になるけど……」
「知っておかないといけないの」
一呼吸置いた美夜子さんが、決心した様に一気に話し始める。
穏やかに日々は流れて居た。
樹利亜が大きくなるにつれて、純子さんの独り言が増えて行った。
「樹利亜が、“鬼”に連れて行かれる……どうしたら良いの?」
ある日はっきりとそう言った彼女の瞳には、恐怖が浮かんでた。
家に籠って出なくなった。
家の中の一室に樹利亜を閉じ込めて、父親にも会わせなくした。
いよいよおかしいと、結局、精神病院に入院させる事になったの。
あの日の事は忘れられない。
純子さんは暴れて手が付けられなくて、数人で押さえ付け、安定剤を注射し拘束して連れて行った。
その日から純子さんは殆ど薬で朦朧としてた。
それからの事は、病院で美夜子さんのココロが教えてくれた。
「“鬼”は、自分自身の事だったのね」
今回の影鬼を見て思った。
悟ったと言った方がいい。
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予知をし、心配し過ぎて、予知のままの結果になった。
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「今思えばそうとしか考えられないのよ」
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「元気。私のお腹には、“宗寿”が居る」
危機を回避出来たのは、この愛しい魂のお陰。
「ああ、俺も感じた。俺を“母”と、呼んでくれた。逢いに来たと、はっきりと……」
元気が涙ぐむ。
私達の愛し子。
美夜子さんが首を傾げる。
この人には全てを話しておこうと思った。
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長い時間、私達を守ってくれてた美夜子さんだから。
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