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影鬼
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しおりを挟む市松組。その一室に美夜子さんと元気、私が座ってた。
話してすぐ、あいさつに行く。と言って聞かない美夜子さんに押し切られ来た。
襖の静かに開く音、そこから龍太郎と、兄の一人、明人が現れた。
「お待たせしました」
「いえ、こちらこそ、突然にすみません」
互いに深く頭を下げる。
「それで、保護者として、来ました。馬破 美夜子と申します。
樹利亜と元気がこちらにお世話になって居るとの事で、ありがとうございます」
美夜子さんが頭を下げるのを制して、龍太郎が魅力的な笑顔を向ける。
「とんでもない。こちらが力を借りて居るのです」
「……特殊な仕事と聞きました」
美夜子さんの言葉に右眉を上げた龍太郎が、ほほ笑む。
「“鬼退治”ですね? 貴女は二人から余程信頼されているのですね」
ならば。と、龍太郎が瞬きをすると、その額に隠されていた“一本角”が現れる。
美夜子さんは、一瞬目を開いて、そして、声を立てて笑った。
「すみません。どうしても、日本昔話ってアニメの鬼のイメージが強くて、こんなイケメンな鬼が居るなんて思ってなかったから、思わず笑ってしまいました」
一気に捲し立て、コホン。と、一息吐く。
「ははっ!」一つ笑った明人が、「面白い方だ」そう言って美夜子さんを見つめる。
「―――失礼しました」見つめられ、少し赤らんだ顔を隠す様に頭を下げた。
「いいえ。構いませんよ。良い男と言われて悪い気はしませんからね。それに恐れるのではなく、笑われたのは心地好かった」
「恐縮です。それで、本題ですが、貴方は樹利亜と付き合っているとか?」
「そうです。ああ、自己紹介が遅れました。
私は、市松 龍太郎。隣りに居るのは兄の明人です」
また互いに頭を下げる。その様子は不謹慎だけど、古臭くて笑えて来た。
「大事にしてやって下さい」
美夜子さんの唐突な言葉に戸惑う。
「美夜子さん?」
私を一度見て、今度は土下座する。
「樹利亜の事、よろしくお願いします」
大事に思われて居るのが伝わって来た。
幼い頃の記憶は殆ど霞んで朧気だった。
それがはっきりと、見えた。
幼い私を抱いてあやす美夜子さんの姿が。
そして、懺悔の気持ち。
母の不思議を知って居たのに、母をかばってやれなかった後悔。
私の事も自分のせいだと感じてる。
「それは……」
違う。と言いかけた時、龍太郎が突然立ち上がり、美夜子さんの肩に触れ隣りに座る。その深く青黒い瞳に強い光を輝かせて、
「約束しましょう。樹利亜を悲しませない。幸せに満ちた人生を一緒に歩むと」
そしてこちらに近付くと、私の手を取って真面目な顔をして口を開く。
「樹利亜。俺と、結婚して欲しい」
真摯な態度と流れて来るその想いが、本当に私と居たいと願っている。
それが分かった途端、身体が震えた。
私にとって、龍太郎は初めての男性。
初めて想いが通った相手なのだ。
嘘はつけないし、焦らしたくもない。
「もちろん! 貴方は唯一私達を幸せに出来る人だもの!」
言って抱き着いた。
「樹利亜……。私達?」
抱き返しながら龍太郎の問いに、そっと耳元で答える。
「赤ちゃんが出来たのよ」
その後の龍太郎の喜び様といったら大変なものだった。
元気の満面の笑みと、美夜子さんの嬉しそうな笑顔がココロに残った。
それは幸せに満ちた瞬間。
*
*元気side*
懐かしさと切なさが押し寄せて来る。
樹利亜の中で生まれたばかりの魂。俺の事を“母”と呼んでくれた“寿”の息子。
この目で見るのが楽しみであり、この腕に抱くのは少し不安で。
気持ちの整理をつける時間なら、まだ沢山ある。
何にせよ、樹利亜が幸せそうで良かった。
そんな姉を見ていたら、
空羅寿。
彼女に会いたくて仕方なくなった。
俺は、彼女に樹利亜の様に幸せで満ち足りた笑顔をさせる事が出来るだろうか?
顔を両手で覆い、溜め息。
会いたいのに、自分の力では行けない不甲斐なさが溜め息になった。
顔から手を離した時、その手の平を見て、ふいに思い出す。
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目覚めた能力。
拳を握り、立ち上がる。
「俺も。会いに行く!」
誰かに言った訳でなく、自分に宣言する。
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切なさが今度は恋しさに変わる。
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辛くて、苦しくて、そんな複雑な感情も否めない。
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