鬼に成る者

なぁ恋

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画伯鬼

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「「俺は、みさき。臣咲だ!」」

苦痛に歪む顔が言い切る。
 
「「、生まれる筈だったみさきだっ!」」

先に?

「それは……」

「父さん。心当たりがあるの?」

動揺を隠せないでいる父に訊く。

「臣咲が生まれる前に、一人居たんだ。
結局は死産だったらしいが。名前を同じ“みさき”で、奈美はそう呼び掛けてたそうだ」

「らしい? そうだ?
何だか知らないみたいな言い方だね」

父さんの顔色が変わる。

「その時は、奈美と一緒に居られなかった」

口をつぐむ。

「後でどう言う事かちゃんと教えて」

自分の知らない事がある事に腹立たしさを感じる。
落ち着けと、深呼吸をし、考えをまとめる。

要するに、死産した臣咲の兄の霊体が朱色の鬼に成ったと言う事か。

同じ名前のみさき。

「みさき。何故、弟を苦しめる?」

「「苦しめる?
苦しいのは俺の方だ! 母さんは言った。次に生まれ変わって来る時も私の所へって。だから……」」

ぽろぽろと涙が零れる。

「「俺は、待った。待って、母さんが妊娠した時、この体に入ろうとした。約束だもの。
なのに! もう、魂は既に在った。
育つのを空しく見て居た。
そして、俺にした様に、当然の様に母さんは“臣咲”と名付けた」」

みさきは拳を握り、憎しみを眼に宿す。

それは、どうしようもなく切ない想い。
幼い魂が臣咲と共に成長してしまう程の強い想い。
だから、姿が重なって見えた。
魂がおぶさって居たから。
 

「「俺は、諦めない」」

言葉と一緒にみさきの鬼気が、膨らむ。

「「俺が、臣咲だ!」」
 



 
*まほろばside*


ライが理解しようと話して居るのは解る。
だが、みさきと対峙するライのココロは乱れて居た。

“魂”の事ならライに任せておけば―――とも思う。が、ライの兄弟の事だ。
突如知った事とは言え、ライの動揺は隠せない。

それにみさきの、自分を感覚。
この気持ちは、俺には解る。

みさきのその想いが強く弾けた。

鬼気が強く燃え上がる。
室内の温度が膨張し、家鳴りが大きくなり、きしむ音は家を揺らし始めた。

「危ない!」

ライの叫びと同時に家が音を立て崩れた。

ライの父親を抱え外へ飛び出すと、家は半壊した。

大量の粉と砂煙と焼けた匂い。

その中心に“臣咲”が頭を下げて立って居た。

重なった“みさき”が頭をのけ反らせ不気味に笑う。

みさきの回りを臣咲の描いた絵が浮かんで並び、動物の絵が数枚、犬猫鳥。それぞれがその鳴き声を上げ、キャンパスの中で暴れる。

みさきの頭上に母親の絵が浮かぶと、見えない壁を叩いて叫ぶ母親の姿になっていた。

「「ライぃ……そもそもお前が居たから、俺は死んだんだ」」

憎しみに赤く燃える左目が、大きく見開く。




*ライside*


“みさき”の死にボクが関係している?

思わぬ事を言われて動きが止まる。
  
「「長男なんだよ!!」」

叫んだみさきが両腕を振ると、二枚の絵画が横向きに飛んで来た。

腕を交差してそれを弾くと、鈍い音がしてキャンパスが割れた。
中の生き物の断末魔の叫びが、その血飛沫がボクに振り掛かる。
 
 
絵が傷付くと中のモノも同様に傷付く。

絵が割れたら死ぬ。

奈美を見遣ると、恐怖に顔を引きつらせて居る。

「お前は母親を傷付けたいのか?」

みさきの見開いた両眼は赤く燃えて。

「「この人は俺のモノだよ。ねぇ? 父さん。貴方は俺を捨てた―――母さんの事も一度は捨てた。」」

憎しみが父さんに向く。
それは強い熱風となり攻撃に変わった。

まほろばが父さんの盾となり、衣服が焦げた。

まほろばの後ろに居る父さんの顔も恐怖に青くなって座り込んでしまった。

「みさき! 輪廻を待てば良い。
確かに輪廻は存在するのだから!」

どんな理由があるにせよ、命を弄ぶなら、それだけ輪廻は遅くなる。

「「俺が望むのは、この時。この場所。
他のどの時間ときも無意味だ!」」

みさきは耳をかさない。
自分を哀れみ、
我を見失って居た。

無理もない。

生まれ落ちてすぐ命落とし、“母親の言霊”に囚われた。

攻撃を受け、冷静になった今なら解る。

母親の哀しみが言霊を、みさきを捕らえた。

幼い命は成仏出来ず、母親の言霊通り、ただ待った。
念願の新しい命が宿った時、希望を持って生まれるつもりで居た。
なのに、その体にはもう宿主が居て。

諦め切れず、臣咲と寄り添う様に一緒に育つ。

臣咲の目線と一緒に育った幼かったみさきも、相応の年齢になった。


「「俺は! 臣咲に成るっ!!」」


空しい自分の存在を理解して、ココロが爆発した。
“みさき”は“臣咲”に成りたくて、朱色の鬼と成った。


みさきは空に向かって吠える。
臣咲の上半身は気を失って前のめりにうなだれたまま、下半身が繋ぐ二人の鬼の血の力のみが、みさきと共感し、みさきは叫喚する。

みさきだけの阿鼻叫喚。
彼だけの地獄。
 
 

*臣咲side*


力の入らない体が揺れる。
でも、意識ははっきりとしていた。

壊される音。
        
怒りに震える……の叫びが聞こえる。

はっきりと、
“臣咲”に成る。と。




昔から、
―――恐らくは生まれた時から、自分の中に何かが居るのを感じて居た。

たまに一緒に遊んだり、
――― 一人遊びだと認識して居た。

危ない時、悩みがある時に声が聞こえた。
―――空想の友達が助けてくれた。

それは、空想じゃなく、今聞こえる声が真実を告げる。

可哀想な兄さん。
死んでしまった兄さん。

常に僕の傍に居て、僕をうらやんで居た。

それに気付いた。


小学生の時、自画像を描く授業があった。
満足のいく出来に笑みを浮かべていると、友達が変な事を言った。

「目の下にあるほくろ、描き忘れてるよ?」

「ほくろなんて無いよ?」

手鏡をじっくり見たけど、ほくろは一つも無い。

「ん~? 髪の色もこんな灰色じゃなくて茶色っぽいしさ」

言われた事が理解出来なかった。
再度鏡を見ても、自画像に似て居る自分の顔。

友達の言う事は変な奴って無視した。
けれど、それは一粒の水滴。
水面に落ちた一粒は、大きな波紋を起こす。

鏡を見る度に怖くなった。
鏡に映る僕は、本当に僕?

それは実生活にも影響して、中学生になった頃には殆ど引き籠もり、絵を描くのが好きな僕は、無心に絵を描いた。

描く度にに力を感じた。
描かないと頭痛がする様になる。

痛くて痛くて……意識が飛んで、
目覚めた時には絵が増えて居た。


今思えばそれは“兄”が描いたもの。

兄に力があるのか?
それとも僕に力があるのか?


母さんを描いた時、兄に僕は操られていた。
今もそうだ。

母さんの恐怖が僕に伝わって来て、
青い髪の兄が、助けようとしているのが判った。
力の入らない指で筆に触れる。

僕にも何か、出来る筈。

出来る筈なんだ!
 
 
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