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画伯鬼
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しおりを挟む*ライside*
まほろばは父さんを離れた場所まで連れて行く。
それでもみさきの憎悪に満ちた視線は刺す様にボクと父に注がれて、ひたすらに攻撃する。
みさきは、母親以外のキャンパスを全て攻撃に使い、それは無残に折れ絶命した。
そこから青白い炎が揺らめいてみさきの周りに集まる。
絵に描いたモノは死して尚、“魂”を囚われたままなのが見て取れた。
「「俺は……母さんを放さない。
俺は。」」
みさきは臣咲と繋がったままで、直接攻撃すれば臣咲を傷付けてしまいかねない。
“言霊”で押さえ付けたとしても、その執念、執着は強く、二度目は、はねのけてしまうだろう。
崩れた家から炎が上がり始める。
それは母親の絵をいぶり、奈美は苦痛に顔を歪めた。
助けたい気持ちと、危機感。
考えがまとまらない。
それに、みさきが「俺が、長男だ」と言ったのが気になる。
首を振る。
今は現状を治める事が先決。
捕らえられた“魂”は成仏させてやれば良いのだ。
力を加減して、力を開放する。
銀の鬼へ、魂を統べる者へと。
*まほろばside*
背後でかばうライの父親は、懺悔の言葉と、沢山の後悔の念がココロを占めていた。
ライの様子が変わる。
白い光を放ち、その姿が変化した。
銀の鬼へ。
「礼……母さんが作った者は、あれは、何だ?」
恐怖が広がるココロに、自らの母親に対する憧れや怒りが内混じった複雑な感情が沸き上がる。
不思議な事に、ライにではなく、あの家の守護者である老女に対しての想い。
それは不可思議で、息子が訪ねて来た時に姿を消した守護者の行動にも隠された真実があるのだと判った。
*ライside*
体が浮遊する感覚と、長い髪が踊り体に落ち着くと、止まった時間が戻る。
こちらを見るみさきの赤い目が驚きに見開いていた。
「「お前は何だ?」」
みさきの周りに漂う魂の炎が、まるでボクを歓迎する様に揺れる。
「「ダメだ! お前達は放さない」」
みさきの乱暴な言霊が魂達を震え上がらせ、一塊の大きな炎になる。
背後の炎と相俟って、風に煙と鮮やかな炎が揺らぎ、みさきの怒号と共に魂そのものが突進して来た。
純粋な獣の魂達。
彼らに慈悲を……。
両手を掲げ、魂を覆う風を起こす。
その風は同時に家屋から上がる炎を消した。
「成仏されよ」
手の先に揺らぐ温かな魂の炎に息を吹き掛ける。
送る風は優しく、炎はばらけ、魂は各々の姿を取り戻し、一声鳴いて上空に消えた。
「「―――な……にをした?」」
「魂がいずれは行き着く場所に送った」
一歩足を進める。
「「来るな……」」
少しずつ、みさきに近付いて、
「「やめろ!」」
みさきは母親の絵を自分の前に盾の様に立てる。
「「俺は……死にたくないっ!」」
その声は震え、泣いて居るのが判った。
頼るのは母親。
彼女だけがみさきの支えだった。
こちらを向いた母親の絵は無防備で、
『解』
言霊で呪縛を解く。
自由にするのに時間はかからなかった。
淡い光と共に奈美は絵から抜け出て、地面に落ちる寸前で風を起こしこちら側へ運ぶ。
「「母さん!!」」
哀しい叫び。
みさきの集中力が途切れた時、前のめりになっていた臣咲が立ち上がり、みさきは後方に押しやられた。
それでも二人の下半身は繋がったまま。
「今度は僕が助ける番だ!」
臣咲は言葉に詰まる事なく言い切り、手に持った筆を母親が居たキャンパスに落とし描きなぐった。
*みさきside*
:
:
:
泣いている。
何が哀しくて泣いているの?
「僕は面白くないから遊ばないって」
しゃくり上げる声。
そんなの、気にする事ないよ!
そんな事よりも好きな事して過ごせば良いよ。
絵を描くって楽しい事。
「そうか。そうだよね! ありがとう! 〇〇!」
〇〇。
? 呼ばれた。
名前を呼ばれた。
どんな名前だった?
“みさき”じゃない。臣咲が俺を呼んだ。
空想だと思って居る俺の事を臣咲が呼んだ!
:
:
:
*臣咲side*
『たくみ』
突如口から飛び出た懐かしい名前。
僕が名付けた空想の友達の名前。
僕の名前の一文字“み”を名前に入れて、あれこれ考えて付けた名。
生まれた時から傍に居る誰かを、まるで兄弟の様に思い、―――実際にそうだった―――真剣に考えた。
身近に居た大切な友達。
それをどうして忘れていたのか?
きっかけは小学一年の初めての夏休み前、学校でうっかりたくみの話をしてしまい、「それは幽霊だよ!」と言われて、怖くなったのだ。
浅はかで愚かな自分。
今まで僕を支えてくれて居た友達を、あっと言う間に切り捨てた。
名を忘れ、
姿を忘れて。
でも、鏡に映る姿だけは残って居た。
ほくろ一つない“たくみ”の顔。
たくみは、自分を忘れてしまった僕を憎んだだろう。
物心ついた頃から姿は見えなかったけれど、確かに居るのを判ってた。
僕を助けてくれて居たたくみを、今度は僕が、助ける番だ。
僕はこの友達の事が、
大好きだったんだから!
たくみの全身を描いたキャンパスを自分に向ける。そして、名を呼んだ。
『たくみ』
たくみの存在が僕の内にしっかりと在って、絵を見たのを感じた。
「「臣咲」」
懐かしい。僕を呼ぶたくみの声。
「これからも、一緒だよ」
それはココロからの言葉。
身体から何か抜け出るのを感じて、
たくみが僕から離れて行く。
そして、キャンパスの線のみの絵が綺麗に色付く。
髪は灰色に、赤い眼は落ち着いた黒い色合いに変わる。
無表情だった顔がほほ笑みを浮かべた。
それを確認して、体中から力が抜けて膝を付く。
キャンパスはそこにたたずんで、僕は後ろに倒れた。
暖かい風に身体を柔らかく包まれて、つぶりそうになって居た目をそっと開ける。
「臣咲。頑張ったね」
銀に輝く兄、礼の顔。
その額には白く伸びた一本の角。
鬼?
手を伸ばして、角に触れる。
銀の髪を撫でて、ココロ落ち着いて、重い瞼を閉じた。
今度は、僕が……たくみを守るんだ。
*ライside*
臣咲が力を使いきって気絶する様に眠りについた。
“みさき”は“たくみ”と成り、キャンパスでたたずむ。
自らの姿を得て、満足気な表情を浮かべて居た。
後に残るは崩れ焼け落ちた家。
遠くからサイレンの音が近付いて来て居た。
銀の姿を解し、臣咲を抱き上げ、まほろばを見遣ると、父がその腕に妻を抱き締めてこちらを見ている。
その表情には計り知れないココロの葛藤が見て取れた。
ボクに対する、複雑な思い。
秘めた何か。
「母さんは、お前を造った。造ったんだ」
父さんの言葉は何を意味しているんだろう?
思い出の中のばぁちゃんは、ただ、優しく笑って居るだけなのに。
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