海辺の光、時の手前

夢野とわ

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試行

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部屋の中で、息がかすかに震えている。
僕は、そっと扉に手をかけて、玄関の外へと出て行った。
「はい?」と、僕が言った。
「森島さん? 大家の三上です。家賃払って下さいね。三日も過ぎていますから。口うるさいけれど、明後日までには払って下さいね。遅くにごめんなさいね。それじゃあ、おやすみなさい」と、三上さんが、長々と言った。
そのまま、三上さんが、いなくなってしまった。
後ろ姿が、小さくなって消えて行く。
家賃? 何のことだろうか? そう思いながら、僕は机の前に戻った。
詩集が沢山並んでいる。その茶色い背表紙の間に、封筒が一つ挟まれていた。
ねじ込むようにして、色が重なって入っているので、先ほどまでは、気が付かなかった。
それを取り出すと、よれたシワを直して、広げてみる。
表に、万年筆で書いたのか、「大家・三上由紀子様 十一月分。何時も御世話になっております。」と、丁寧に記されていた。
当然中を見てみる。一万円札が、わずかに出てくる。どうやら、家賃の様だ、と僕が気が付く。
それにしても、寒い。
札幌の十一月というのは、こんなに冷えるものなのか、と思う。
僕は、『試行』(しこう)と書かれた雑誌を取り出した。

ここに住んでいる人は、どうやら文学というか小説というか、詩人というか、そういうものが好きな人らしい。
そして、僕は、当然のことに気が付く。
僕は一体どこにいるのだ?
長谷川有紀は?
そして、母はどこに行ったのだろうか?
それよりずっと前に、僕は夏の新見高校の音楽室で、倒れてしまったのでは、なかったか――
そう思い、そっと窓の外に近付く。
白い雪が、音もなく降り注いでいる。
この分だと、朝には、積もっているだろう。
そして僕は、気が付いた。僕は、別の肉体を持って、札幌に来てしまったのだということに――。
僕の長い札幌での生活は、始まったばかりであったのだ。

翌朝、また違和感を覚えながら、目を覚ます。
窓の外に、白い雪が積もっている。しかし、思ったよりは一面に雪、という感じではなかった。
少し、暖かい。
僕は、トイレの横の風呂場に行って、自分の顔を確認した。
ヒゲ――。無精ヒゲが伸びている。
このままでは、外に出られないだろう。
ヒゲをそることにする。
長い時間をかけて、水道のお湯を出すと、僕はひげそりを持ち上げて、ヒゲをそりはじめた。
そりながら、色々考えることにする。
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