海辺の光、時の手前

夢野とわ

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卒業までは

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僕がそっと、有紀の側に近寄る。
「戻って来たんだ」と、僕が言った。
「ええ」と、有紀が俯いて言う。
それから、沈黙が続いた。廊下の周りでは、夏の賑やかな音がする。夏は、盛りだった。僕は、静かに有紀の横に立っていた。
「体調は大丈夫? 音楽室で倒れたみたいって聞いたけど」と、有紀が言う。
「大丈夫だよ。すぐに、何ともない」と、僕が言って笑った。
「へえ。それは良かったわ」と、有紀が言う。
そして、例の様に、「フフン」と一笑して笑みを浮かべた。
「札幌のこと、どうなった?」と、僕が有紀に聞く。僕の握った右手が、震えている。
「札幌……? 何のことかしら」と、有紀が言う。その言い方は、本当の様だった。
「いや」と、僕が言った。
「何のことか、分からないわ」と、有紀が言う。
僕は、静かに立ち尽くしていた。そして、有紀は長い髪をなびかせて、そのままその場を立ち去って行った。

 放課後になった。僕は、昨日と同じく、花壇の前に腰掛けて、野球部の練習の様子を見ていた。と言うよりも、見ているのは、広人の練習をする様子だった。カンカンという、ボールを打つ、小気味良い音がする。意識をすることがなかったが、僕もあと二年で、この高校を卒業なのだ。受験勉強のこともある。息を吐く。夏の香りがした。
 こんなに戸惑ってばかりは、いられないだろう。僕は、広人が部活動を終わるまで、もう少しだったので、このまま待っていることにした。
 有紀――。僕が「札幌のこと」と、言った時に、静かに目の中に、光を放っていた。有紀は、分かっているはずなのだ。
 広人が、僕の方へといつの間にか、近付いて来ていた。
「広人」と、僕が言った。
「身体大丈夫か? 何か倒れたみたいって聞いたけど」と、言って広人が笑う。
「大丈夫だよ。少し話をしよう」と、僕が言った。
 広人が真剣な顔をしてうなずいた。僕らは二人で帰り道を歩き出した。

「マンガの方はどう。色々練習頑張っていたけど」と、僕が聞いた。
「全然駄目。俺には才能ないみたい。難しすぎる」と、広人が言った。
「そうなのか」と、僕が言った。
うんそうだよ、と広人が言うので、そのまま二人で歩く。僕は、この次どう話しを切り出すか迷っていた。
「広人って、長谷川さんのことどう思う。長谷川有紀のことだけど」と、僕が言った。
「綺麗な人だと思うけど。最近、戻って来たよね。いなくなったってどういうことだったんだろう。意味がわからない」と、広人が言った。
「そうだ」と、僕が言った。
広人は、僕の様子がいつもと違うからか、居心地が悪そうな表情をしている。
「暑い。本当に暑い。俺、急いで帰るわ。じゃ!」と、言って、そのまま広人が走って行ってしまった。
 どうやら僕は、タイミングを逃してしまったらしい。こうなったら――自分で問題を解決するしかないだろう。
 問題? そもそも僕は何を悩んでいたのだろうか。いま僕は、普段の町にいて、いつも通り学校に通っている。長谷川有紀も戻って来た。としたら――。僕はいつの間にか家に着いていた。
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