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自宅に
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自宅へ帰ると、母は、牛肉を買ってあると言って、珍しくスキヤキを作ってくれた。
「美味しいかしら」と、母が僕に聞く。
「うん」と、僕が言う。
ひさしぶりの母との夕食。団欒。いつもの景色。それが懐かしく思える。
「沢山食べてね」と、母が僕に言った。
「うん」と、僕がまた言った。
夏の香りがする。僕はまた夏に戻って来たのだ。そのことを母に伝えたい――。全部、そう全部。忘れていた当たり前の感覚を急に戻しはじめる。電話のベルが鳴った。母が、席を立って電話に向かう。僕は、牛肉を食べながら、考え始める。
有紀は、この世界で、見つかったのだろうか。最初に消えたのは、そう有紀のことだったのだ。
母はまだ電話で話しをしている。保健室で目を覚ますまでの、感覚がほとんどない。
僕は、席を立って、使っていたお椀を流しで洗い始めた。ジャーっと言う音がする。札幌の冬は、一体何だったのであろうか――。
翌朝、学校にいつもの様に向かう時間になった。しかし――当たり前だが、行く気がしない。一晩眠ってしまっても、妙な疲労感が身体にこびりついている。そして、僕は布団にくるまって、静かに目を閉じていた。トントンと部屋の扉を、ノックする音が聴こえる。
「はい」と、僕が言った。
「幸人くん。大丈夫?」と、母が聞いた。
「あまり大丈夫じゃない。不安なんだ」と、僕が言った。
「不安?」と、母が心配そうな声を出して聞く。
母が、部屋にそっと入って来る。続けて「どうしたのかしら」と、聞いて僕の顔をのぞき込んだ。
「大丈夫かしら」と、母が僕に聞く。
「大丈夫だよ。なんとか大丈夫」と、僕が言った。
時の手前――。その言葉が、僕の頭のなかでよぎる。深い深い海の手前のような、時を湛えた水際の手前で、時間だけが押し寄せてくる。「大丈夫」と、僕が言った。そして、また立ち上がった。
新見高校に行くと、いつもの様に長谷川有紀がいた。すました横顔をして、黒板の内容をノートにつけている。教室の中が冷ややかで、馴染めなかった。僕は、席に着く。そして、いつも通りに、自分の席に座った。
新見高校。あの十一時五十一分で止まった音楽室の時計。何も知らない僕。いや、知っているのだ。その少しが、分かりかける瞬間。分かっているのは、長谷川有紀だけだ。夏の光が、差し込んでいて鈍い光を放っている。僕も、静かに授業を受ける。後で、有紀に話しかけよう。ここは、札幌じゃない。しかし、有紀は何か答えてくれるだろう。僕はそう思っていた。
昼休みの時間になると、廊下を男子生徒が走っていた。何か興奮して、遊びながら走り回っているらしい。それもいつものことだ。僕は、廊下にたたずむ有紀の方へと、向かって行った。
「長谷川さん」と、僕が言う。
「ああ、高梨くん」と、有紀が素っ気なく言う。
少し、有紀の顔色が悪い。
「美味しいかしら」と、母が僕に聞く。
「うん」と、僕が言う。
ひさしぶりの母との夕食。団欒。いつもの景色。それが懐かしく思える。
「沢山食べてね」と、母が僕に言った。
「うん」と、僕がまた言った。
夏の香りがする。僕はまた夏に戻って来たのだ。そのことを母に伝えたい――。全部、そう全部。忘れていた当たり前の感覚を急に戻しはじめる。電話のベルが鳴った。母が、席を立って電話に向かう。僕は、牛肉を食べながら、考え始める。
有紀は、この世界で、見つかったのだろうか。最初に消えたのは、そう有紀のことだったのだ。
母はまだ電話で話しをしている。保健室で目を覚ますまでの、感覚がほとんどない。
僕は、席を立って、使っていたお椀を流しで洗い始めた。ジャーっと言う音がする。札幌の冬は、一体何だったのであろうか――。
翌朝、学校にいつもの様に向かう時間になった。しかし――当たり前だが、行く気がしない。一晩眠ってしまっても、妙な疲労感が身体にこびりついている。そして、僕は布団にくるまって、静かに目を閉じていた。トントンと部屋の扉を、ノックする音が聴こえる。
「はい」と、僕が言った。
「幸人くん。大丈夫?」と、母が聞いた。
「あまり大丈夫じゃない。不安なんだ」と、僕が言った。
「不安?」と、母が心配そうな声を出して聞く。
母が、部屋にそっと入って来る。続けて「どうしたのかしら」と、聞いて僕の顔をのぞき込んだ。
「大丈夫かしら」と、母が僕に聞く。
「大丈夫だよ。なんとか大丈夫」と、僕が言った。
時の手前――。その言葉が、僕の頭のなかでよぎる。深い深い海の手前のような、時を湛えた水際の手前で、時間だけが押し寄せてくる。「大丈夫」と、僕が言った。そして、また立ち上がった。
新見高校に行くと、いつもの様に長谷川有紀がいた。すました横顔をして、黒板の内容をノートにつけている。教室の中が冷ややかで、馴染めなかった。僕は、席に着く。そして、いつも通りに、自分の席に座った。
新見高校。あの十一時五十一分で止まった音楽室の時計。何も知らない僕。いや、知っているのだ。その少しが、分かりかける瞬間。分かっているのは、長谷川有紀だけだ。夏の光が、差し込んでいて鈍い光を放っている。僕も、静かに授業を受ける。後で、有紀に話しかけよう。ここは、札幌じゃない。しかし、有紀は何か答えてくれるだろう。僕はそう思っていた。
昼休みの時間になると、廊下を男子生徒が走っていた。何か興奮して、遊びながら走り回っているらしい。それもいつものことだ。僕は、廊下にたたずむ有紀の方へと、向かって行った。
「長谷川さん」と、僕が言う。
「ああ、高梨くん」と、有紀が素っ気なく言う。
少し、有紀の顔色が悪い。
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