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ラテン・アメリカの音楽の世界
しおりを挟む「疲れないかい?」と僕が言った。
「何が?」と、立花が、言った。
いや別に、と僕が言うと、立花がそうよ、と言った。
「そのぐらいで挫けたらだめよ。社会に出たらもっと厳しい世界なのよ」
立花がそう続けて言って、残りのさば味噌定食を綺麗に食べ始めた。
僕は、気まずくなって、味噌汁の表面を見た。
「たまには、映画でも観たいな。よく分からないけれど、何か面白いのが、かかっていたら」と、僕が言った。
「そうよ。そうやって街へ出ていくことが、重要なのよ」と、立花が言って、また満足そうに笑った。
何か面白いのあるか知っているかな、と僕が聞くと、そうね、と言って、立花がしばらく考え始めた。
「東西ドイツの冷戦のテーマとかは?」
「面白そうな映画だけど、今はちょっと観たくない、って感じかな」
僕がそう言うと、立花は、そうね、と言った。
「みきとくん、学校終わり、用事があるの? 良かったらちょっと付き合わない?」
立花がそう言った。
「映画?」
「映画でも良いんだけど、ちょっとそうでもないかも」
立花は、席から立って、てきぱきと、さば味噌定食の食器を片付け始めた。
僕は、それを眺めていると、残りのコロッケを食べて、同じように食器を片付けることにした。
映画館の近くまで、立花と歩いた。
最近話題の、ミニシアターというのを、学校から一駅のところで、見つけたから付いてきて、とのことだった。
電車を降りて、ぶらぶらと立花と並んで歩く。
「ジミヘン聴いた?」
「ああ、うん……」
立花が、さかんに、ジミヘンジミヘンと言っている。
立花は、現代ロック研究会では、ベース担当なのに、ギタリストのギターを色々聞き分けて、勉強することに興味があるようだった。
「超絶技巧のギタリストって、何か凄くない? これぞ自由って感じがする」
「そうだね。そういうのは、言いたいことが、分かる気がする。なんとなく」
立花が、そうよ、と言って、また二人で歩き始めた。
かれん。
かれんのことを、急に思い出し始めた。
かれんと、そう言えば、こうして一緒に歩いていたことが、何度か有った。
あの時は、何を話したんだっけ?
そうだ、短歌のこと。
と言うよりも、あの時は短歌のことが分からなかったから、書店に入るかれんの後を、追っていたのだった
随分と、あの時より時と時間が経ってしまったと、思う。
かれんは、モーツァルトとドビュッシーの話しをしてくれたが、二人でクラシック音楽の話題は、ほとんど出したことがなかったのだ。
そう思うと、あまりにも早く、かれんはこの世から去りすぎた。
でも、しかし――
そう思っていると、僕は胸がドキドキするのを、感じた。
「大丈夫? なんか顔色悪い気がするけど……? 緊張したかな、ごめんなさい」
立花がそう言ったので、ううん大丈夫、と僕が言った。
「終わったら、帰るから気にしなくて良いよ」
「そう、なんかみきとくん、ごめんね」
立花が、本当にすまなそうに、森くん、ごめんね、と言った。
「探していたのは、ここかもね」
僕がそう言って、目の前に、見える建物を指差した。
『単館上映 キューバ情熱のラテン・アメリカ音楽の世界』と、ポスターが貼ってある。
「そうみたい。情熱のラテン・アメリカ音楽って何だろう?」
「読んでそのままだと思うけど……」
僕が、そのまま、と言うと、また立花は、ムッとしたようだった。
「入ってみる? 情熱のラテン・アメリカって面白いかもよ」
「僕は、全然いいや」
そう、じゃああたしもやめとこう、と立花が言って、きびすを返した。
結局二人で、そのポスターの前でウロウロして、そのまま、電車に乗って帰ることにした。
「何か疲れたね。ジュース飲みたくない?」と、立花が言った。
「そこの公園が良さそう。自動販売機有ったよ」と、僕が言う。
ああ、ここね、と立花が言って、缶コーヒーを二つ買って来た。
僕は、「百十円」と言って、お金を渡そうとしたのだが、立花は、今日は要らないと言うので、僕も一緒に公園に座った。
「さっき、何か真剣に考えていなかった? 歩いているとき」と、立花が笑って僕に聞く。
「実は考えていた」と、僕も笑って言う。
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