熱帯魚

夢野とわ

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缶コーヒー

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 元の駅に帰って来て、二人で、公園でジュースで乾杯をした。
日はとっぷり暮れて、もう夜になっていた。
「ああ、もう真っ暗。早く帰らないと」
「ああ、そうだよね」
そうだよね、と僕が相づちを打つと、立花が良い音を立てて、プッシュっと缶コーヒーのプルタブを、ひねって開けた。
「さっきなに考えていたの? まさに悲愴って感じがしたわよ。でも、あたしが音楽好きだって、クラシックの悲愴じゃないからね」
と、立花が、僕の顔をのぞき込んだ。
その瞬間、ちょっとドキッとした。
間近で、覗き込まれる、立花の顔が整っていたのだ。
そう言えば、立花は、現代ロック研究会では、人気があるらしい。
僕は、死んだかれんのことを一日中考えていて、今生きている立花の顔のことを忘れていた。
「なに? なに? 大丈夫? みきとくん、森くん生きてますか?」
そう言って、立花は、僕のことを茶化し始めた。
僕は缶コーヒーを飲みながら、しばらく考えて、口を開いた。
死んだかれんの話しを、立花洋子にしてみようと思ったのだ。
「僕の考えていたことを聞きたい?」
そう僕が言うと、立花は、顔を覗きこむのをやめて、ええ、と言った。
「昔好きだった人がいたんだ。それもすごく。とても。一度しかないくらい」
僕がそう言うと、それは初恋の人かしら、と立花が聞いた。
「うん、そうかもしれないね。そうかも、っていうよりもそうなんだけど」
僕は、そう言うと、缶コーヒーの中味を、一気に飲み干してしまった。
そうなんだ、と言って、立花が息を吐いた。
「やっぱり綺麗だった?」
「普通のひとじゃなかったよ。勿論良い意味でね」
普通の人じゃないか、と立花が何かを確認するように言った。
僕は、うつむいていた、目線を上げた。
街の明かりがチラチラと見える。繁華街の明かりだった。
僕は、かれんとこうして、街へと繰り出して遊んだことなんて、一度もなかったな、と思った。
「それで」と、立花が言った。
言ったあとに、すまなそうな顔に変わって、ごめんなさい、と言った。
「ううん。良いんだよ」と、僕が言った。
街の光が滲んでいる。僕は一瞬、かれんの横顔と、かれんの抱き締めた時の、服の感覚を思い出していた。
「好きな人がいたんだ。中学生の時にね。僕が、ずっと若かったときに」
「ええ、素敵な事ね」
素敵な事、と立花が言った。本当に、そうなんだ、と僕が言った。
「別れたの?」
「うん、本当の意味で。永遠のお別れ」
立花も、コーヒーの中味を一気に飲み干した。それから、僕らは二人で押し黙った。
街の光は、ずっと灯り続けていた。
たぶん、夜明けが来るまで、ずっと付き続けているのだろう、と僕は思った。
その先の方には、小さな一本の高い光が見えた。
僕はそれが、どこかの山の山頂の明かりではないか、と一瞬思ったが、どこかのビルの天井の明かりに違いなかった。
「好きな人。あたしも別れたよ。高校の時に」
立花がそう言った。
別れたっていうか、勝手に片想いだったんだけどね、と立花が言った。
「そうなんだ」と、僕が言った。
うん、結局病気で死んじゃったんだけど、と立花が言って、目線を細めた。
「うん。好きな人がこの世からいなくなると、辛いよね。あたしなんか、時々違う意味で、消えたくなるけど」と、立花が続けて言った。
「ああ、そうだね」と、僕が言う。
風が冷たくなってきたので、僕は腰を上げた。
立花の缶コーヒーの缶も受け取って、近くのゴミ箱にそれを捨てた。
「行く?」
「行こう」
そう言って、僕らは公園を出ると、そのまま別れた。
立花が、帰り際に声をかけてくれた。
「ムリに忘れようとか、努力しない方が良いよ」と、立花が言った。
そうして、僕らは別れて、歩き出した。
帰り際に、立花の方を振り返ってみた。
細い背の高い立花洋子のシルエットに、街の光が重なってみえた。
僕は息を吐いて、また歩き出した。
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