1 / 2
ホセ・マルティ
しおりを挟む
ホセ・マルティがこのメロッサの地で、遠い過ぎ去った夏の日の事を思い出したのは、やはり今年の夏が来てからの事だった。
ホセは、旧皇帝のカルジョアー五世が処刑された死刑台の元に立ち、濃い煙草を一本吸った。ホセは、男振りが良く、近頃益々にそれが際立って来たとの専らの噂だったから、メロッサの花嫁候補の若い女の中で、ホセが、メロッサの市街を歩く時に、振り返らない女はいなかった。
長い遠いカルジョアー五世の、悪政が過ぎ去ったことを、感慨に思い、ホセは目を細めた。
戒厳令で封鎖されていたメロッサも、アメリカとの交易が急に戻り、ドルが入ってくるようになったから、メロッサの地も活気を取り戻して、若い男女が連れだって歩く様子が多く見受けられるようになった。
この分だと、またメロッサの地にも、人口が増えて、来年は、もっと賑やかな夏を迎えるだろう、とホセは思った。
鈍い太陽はまだ高かった。ホセは、煙草を固い地面に当て揉み消すと、自分に言い聞かせるように、「よし」と言うと、歩き出した。
メロッサ中心部の都市街は賑やかで、その日も売買の活気のある声が飛び交っていた。
ホセは、大麦のパンを買うと、そのまま塗るバターも市場で買って、メロッサの市街を軽快に歩いた。
「ホセ、随分と立派な背丈になって」と、アンディオ・ロトスが言うから、振り返ると、アンディオが笑っていた。アンディオは、今年八十歳の半ばになって、カルジョアー五世の悪政の嵐の中で、生き抜いた老人としては、稀有だった。
アンディオの生業は、未来予知、つまり占い業のようなもので、昔は、アンディオの若い時分、詩人か作家を志していたというから、アンディオの博学に裏打ちされた占いは、よく当たるとメロッサの評判で、観光客もメロッサの古くからの住民たちも、アンディオのもとにお金を落としていった。
「アンディオ老師。どうもホセです。ご無沙汰を」と、ホセが言うと、アンディオが目を細めて、「長生き! 脂質のバターは付けすぎ厳禁!」と言うから、思わずホセは苦笑した。
「アンディオ老師、今も菜食を?」と、ホセが聞くと、アンディオが、「お金の為に不健康な生活をするのは、こりごりだ。今晩は厚いビフテキを頂くつもりだよ」というので、ホセもアンディオと一緒に、二人で笑った。
アンディオと別れると、ホセは、メロッサの周辺部の外れの、自宅に帰った。
ホセの家の近くには、許嫁のマヤ・アンジョルが住んでいるから、久しくマヤの顔を見ていないと思い、ホセはマヤの、ぱっと花が咲いたような、笑顔を思い浮かべた。
メロッサに、陽が落ちかかっている。
ホセは、今まで自分が歩んだ、道程を感傷的に思い返した。
カルジョアー五世の悪政が、九年も続いて、その内に多くの仲間や友人を失ったとホセは思った。しかし、その悲劇の時代も過ぎ去り、メロッサの土地も、交易を取り戻したから、最近生まれたばかりの育った子どもたちは、メロッサの土地で起きた悲劇を知らないようだった。
「歴史は何度も繰り返す……。一度過ぎ去ってしまえば、悲劇も喜劇へと変わるものか」
ホセはそうつぶやいて、作りおきしてあった、ソーセージ入りの温かいスープで身を暖めた。
ホセの両親は、カルジョアー五世のいる時分に、反乱軍として、捕らえられたから父親の命があるかどうかも知らなかった。ホセの母親の、ホセ・ミッセルも、時代の波に流されて、行方不明である。
ホセは、窓から顔を上げて、メロッサの土地に、夜の帳が落ちてきたことを、感じた。
しんと静まった、夏の夜は、涼しい風が吹いていて、メロッサの土地を快適に冷やしていった。
カルジョアー五世の悪政の時は、日照りや不作も夏の間中続いたから、このような夏を迎えるとは、メロッサ中の人々は、誰も想像出来なかっただろう、とホセは思った。
「明日は、早い。商人の見習いとして、就寝も気を付けなければ」
ホセは、窓を快適な位置に直して、そのまま天を向いて眠り始めた。
熱帯夜ではない、寝心地の悪くない夜で、ホセはメロッサの夜が更けて行くのを感じた。
都会の方から、チラチラと明かりと音が聴こえたから、メロッサの都市部では、賑やかな夏の祭りの余興が行われているのだろうと、ホセは思った。
ホセは、旧皇帝のカルジョアー五世が処刑された死刑台の元に立ち、濃い煙草を一本吸った。ホセは、男振りが良く、近頃益々にそれが際立って来たとの専らの噂だったから、メロッサの花嫁候補の若い女の中で、ホセが、メロッサの市街を歩く時に、振り返らない女はいなかった。
長い遠いカルジョアー五世の、悪政が過ぎ去ったことを、感慨に思い、ホセは目を細めた。
戒厳令で封鎖されていたメロッサも、アメリカとの交易が急に戻り、ドルが入ってくるようになったから、メロッサの地も活気を取り戻して、若い男女が連れだって歩く様子が多く見受けられるようになった。
この分だと、またメロッサの地にも、人口が増えて、来年は、もっと賑やかな夏を迎えるだろう、とホセは思った。
鈍い太陽はまだ高かった。ホセは、煙草を固い地面に当て揉み消すと、自分に言い聞かせるように、「よし」と言うと、歩き出した。
メロッサ中心部の都市街は賑やかで、その日も売買の活気のある声が飛び交っていた。
ホセは、大麦のパンを買うと、そのまま塗るバターも市場で買って、メロッサの市街を軽快に歩いた。
「ホセ、随分と立派な背丈になって」と、アンディオ・ロトスが言うから、振り返ると、アンディオが笑っていた。アンディオは、今年八十歳の半ばになって、カルジョアー五世の悪政の嵐の中で、生き抜いた老人としては、稀有だった。
アンディオの生業は、未来予知、つまり占い業のようなもので、昔は、アンディオの若い時分、詩人か作家を志していたというから、アンディオの博学に裏打ちされた占いは、よく当たるとメロッサの評判で、観光客もメロッサの古くからの住民たちも、アンディオのもとにお金を落としていった。
「アンディオ老師。どうもホセです。ご無沙汰を」と、ホセが言うと、アンディオが目を細めて、「長生き! 脂質のバターは付けすぎ厳禁!」と言うから、思わずホセは苦笑した。
「アンディオ老師、今も菜食を?」と、ホセが聞くと、アンディオが、「お金の為に不健康な生活をするのは、こりごりだ。今晩は厚いビフテキを頂くつもりだよ」というので、ホセもアンディオと一緒に、二人で笑った。
アンディオと別れると、ホセは、メロッサの周辺部の外れの、自宅に帰った。
ホセの家の近くには、許嫁のマヤ・アンジョルが住んでいるから、久しくマヤの顔を見ていないと思い、ホセはマヤの、ぱっと花が咲いたような、笑顔を思い浮かべた。
メロッサに、陽が落ちかかっている。
ホセは、今まで自分が歩んだ、道程を感傷的に思い返した。
カルジョアー五世の悪政が、九年も続いて、その内に多くの仲間や友人を失ったとホセは思った。しかし、その悲劇の時代も過ぎ去り、メロッサの土地も、交易を取り戻したから、最近生まれたばかりの育った子どもたちは、メロッサの土地で起きた悲劇を知らないようだった。
「歴史は何度も繰り返す……。一度過ぎ去ってしまえば、悲劇も喜劇へと変わるものか」
ホセはそうつぶやいて、作りおきしてあった、ソーセージ入りの温かいスープで身を暖めた。
ホセの両親は、カルジョアー五世のいる時分に、反乱軍として、捕らえられたから父親の命があるかどうかも知らなかった。ホセの母親の、ホセ・ミッセルも、時代の波に流されて、行方不明である。
ホセは、窓から顔を上げて、メロッサの土地に、夜の帳が落ちてきたことを、感じた。
しんと静まった、夏の夜は、涼しい風が吹いていて、メロッサの土地を快適に冷やしていった。
カルジョアー五世の悪政の時は、日照りや不作も夏の間中続いたから、このような夏を迎えるとは、メロッサ中の人々は、誰も想像出来なかっただろう、とホセは思った。
「明日は、早い。商人の見習いとして、就寝も気を付けなければ」
ホセは、窓を快適な位置に直して、そのまま天を向いて眠り始めた。
熱帯夜ではない、寝心地の悪くない夜で、ホセはメロッサの夜が更けて行くのを感じた。
都会の方から、チラチラと明かりと音が聴こえたから、メロッサの都市部では、賑やかな夏の祭りの余興が行われているのだろうと、ホセは思った。
0
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
盾の間違った使い方
KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる