灼熱の風

夢野とわ

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ホセ・マルティ

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 ホセ・マルティがこのメロッサの地で、遠い過ぎ去った夏の日の事を思い出したのは、やはり今年の夏が来てからの事だった。
ホセは、旧皇帝のカルジョアー五世が処刑された死刑台の元に立ち、濃い煙草を一本吸った。ホセは、男振りが良く、近頃益々にそれが際立って来たとの専らの噂だったから、メロッサの花嫁候補の若い女の中で、ホセが、メロッサの市街を歩く時に、振り返らない女はいなかった。
長い遠いカルジョアー五世の、悪政が過ぎ去ったことを、感慨に思い、ホセは目を細めた。
戒厳令で封鎖されていたメロッサも、アメリカとの交易が急に戻り、ドルが入ってくるようになったから、メロッサの地も活気を取り戻して、若い男女が連れだって歩く様子が多く見受けられるようになった。
この分だと、またメロッサの地にも、人口が増えて、来年は、もっと賑やかな夏を迎えるだろう、とホセは思った。
鈍い太陽はまだ高かった。ホセは、煙草を固い地面に当て揉み消すと、自分に言い聞かせるように、「よし」と言うと、歩き出した。

メロッサ中心部の都市街は賑やかで、その日も売買の活気のある声が飛び交っていた。
ホセは、大麦のパンを買うと、そのまま塗るバターも市場で買って、メロッサの市街を軽快に歩いた。
「ホセ、随分と立派な背丈になって」と、アンディオ・ロトスが言うから、振り返ると、アンディオが笑っていた。アンディオは、今年八十歳の半ばになって、カルジョアー五世の悪政の嵐の中で、生き抜いた老人としては、稀有だった。
アンディオの生業は、未来予知、つまり占い業のようなもので、昔は、アンディオの若い時分、詩人か作家を志していたというから、アンディオの博学に裏打ちされた占いは、よく当たるとメロッサの評判で、観光客もメロッサの古くからの住民たちも、アンディオのもとにお金を落としていった。
「アンディオ老師。どうもホセです。ご無沙汰を」と、ホセが言うと、アンディオが目を細めて、「長生き! 脂質のバターは付けすぎ厳禁!」と言うから、思わずホセは苦笑した。
「アンディオ老師、今も菜食を?」と、ホセが聞くと、アンディオが、「お金の為に不健康な生活をするのは、こりごりだ。今晩は厚いビフテキを頂くつもりだよ」というので、ホセもアンディオと一緒に、二人で笑った。
アンディオと別れると、ホセは、メロッサの周辺部の外れの、自宅に帰った。
ホセの家の近くには、許嫁のマヤ・アンジョルが住んでいるから、久しくマヤの顔を見ていないと思い、ホセはマヤの、ぱっと花が咲いたような、笑顔を思い浮かべた。
メロッサに、陽が落ちかかっている。
ホセは、今まで自分が歩んだ、道程を感傷的に思い返した。
カルジョアー五世の悪政が、九年も続いて、その内に多くの仲間や友人を失ったとホセは思った。しかし、その悲劇の時代も過ぎ去り、メロッサの土地も、交易を取り戻したから、最近生まれたばかりの育った子どもたちは、メロッサの土地で起きた悲劇を知らないようだった。
「歴史は何度も繰り返す……。一度過ぎ去ってしまえば、悲劇も喜劇へと変わるものか」
ホセはそうつぶやいて、作りおきしてあった、ソーセージ入りの温かいスープで身を暖めた。
ホセの両親は、カルジョアー五世のいる時分に、反乱軍として、捕らえられたから父親の命があるかどうかも知らなかった。ホセの母親の、ホセ・ミッセルも、時代の波に流されて、行方不明である。
ホセは、窓から顔を上げて、メロッサの土地に、夜の帳が落ちてきたことを、感じた。
しんと静まった、夏の夜は、涼しい風が吹いていて、メロッサの土地を快適に冷やしていった。
カルジョアー五世の悪政の時は、日照りや不作も夏の間中続いたから、このような夏を迎えるとは、メロッサ中の人々は、誰も想像出来なかっただろう、とホセは思った。
「明日は、早い。商人の見習いとして、就寝も気を付けなければ」
ホセは、窓を快適な位置に直して、そのまま天を向いて眠り始めた。
熱帯夜ではない、寝心地の悪くない夜で、ホセはメロッサの夜が更けて行くのを感じた。
都会の方から、チラチラと明かりと音が聴こえたから、メロッサの都市部では、賑やかな夏の祭りの余興が行われているのだろうと、ホセは思った。
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