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第2章
【番外編】止めてくれなかった人(元部下:竹下誠視点)
あの人は、優しい人だった。
それは今でも、変わらない事実だと思っている。
ただ――
優しさの形が、少しだけ、歪んでいただけで。
◆◆◆
入社して三年目だった。
営業部に配属されて、初めての大きな案件を任された時、俺の直属の上司が湊だった。
背が高くて、無駄に感情を出さない人だった。
怒鳴らない。焦らない。否定もしない。
ただ、静かに言う。
「竹下ならできるよ」
その一言が、妙に重かった。
信頼、というより――
“もう決まっていること”みたいな言い方だった。
◆◆◆
最初は楽だった。
細かい指示はほとんどない。
でも困った時にだけ、的確に手が入る。
「そこはそのままでいい」
「それ以上はやりすぎ」
「今は待って」
それだけで、仕事が回った。
俺は思った。
この人の下なら、伸びる。
間違ってなかった。
ただ――
気づかなかった。
伸びていたのは、俺だけじゃなかった。
削れていたのも、俺だった。
◆◆◆
仕事量は増えた。
でも「任せているから」という理由で、戻されることはない。
相談しても、湊は変わらない。
「大丈夫。見てる」
それが安心だった時期は、確かにあった。
でもある日を境に、それが怖くなった。
夜、家に帰れなくなった。
帰る理由が、分からなくなった。
◆◆◆
ある案件で、限界が来た。
資料は崩れて、判断は遅れて、クライアントには詰められた。
それでも湊は、同じ顔をしていた。
「ここまででいい。あとは任せる」
その言葉を聞いた瞬間、何かが切れた。
俺は初めて声を荒げた。
「任せるって、どこまでですか」
湊は少しだけ黙ってから言った。
「竹下ができるところまで」
それが、最後だった。
◆◆◆
その後のことは、あまり覚えていない。
気づいた時には、席が変わっていた。
異動という形だった。
誰も責めなかった。
湊も、責めなかった。
ただ一度だけ、廊下ですれ違った時に言われた。
「無理させたな」
それだけだった。
謝罪でもない。説明でもない。
でも、全部分かっている顔だった。
それが一番、きつかった。
◆◆◆
後から聞いた。
前にも似たことがあったらしい。
湊の下にいた人間が、潰れたことがあると。
でもその時も湊は、同じように言ったらしい。
「任せていた」
それを聞いて思った。
この人は、人を壊す人じゃない。
ただ――
壊れる瞬間に、気づくのが遅い人なんだと。
◆◆◆
だから今でも思う。
あの人は優しい。
でも優しさは、必ずしも救いじゃない。
放っておかれた人間から見れば、それはただの距離だ。
そして一番厄介なのは――
その距離が、「信頼」として成立してしまうことだった。
◆◆◆
最近、また聞いた。
湊のそばに、新しい人がいるらしい。
名前は知らない。
ただ思う。
今度の相手は――
ちゃんと、壊れる前に気づいてもらえるといいな、と。
いや。
今度は気づいてほしい。でも、気づくためにまた犠牲にならないでほしい、と。
それは今でも、変わらない事実だと思っている。
ただ――
優しさの形が、少しだけ、歪んでいただけで。
◆◆◆
入社して三年目だった。
営業部に配属されて、初めての大きな案件を任された時、俺の直属の上司が湊だった。
背が高くて、無駄に感情を出さない人だった。
怒鳴らない。焦らない。否定もしない。
ただ、静かに言う。
「竹下ならできるよ」
その一言が、妙に重かった。
信頼、というより――
“もう決まっていること”みたいな言い方だった。
◆◆◆
最初は楽だった。
細かい指示はほとんどない。
でも困った時にだけ、的確に手が入る。
「そこはそのままでいい」
「それ以上はやりすぎ」
「今は待って」
それだけで、仕事が回った。
俺は思った。
この人の下なら、伸びる。
間違ってなかった。
ただ――
気づかなかった。
伸びていたのは、俺だけじゃなかった。
削れていたのも、俺だった。
◆◆◆
仕事量は増えた。
でも「任せているから」という理由で、戻されることはない。
相談しても、湊は変わらない。
「大丈夫。見てる」
それが安心だった時期は、確かにあった。
でもある日を境に、それが怖くなった。
夜、家に帰れなくなった。
帰る理由が、分からなくなった。
◆◆◆
ある案件で、限界が来た。
資料は崩れて、判断は遅れて、クライアントには詰められた。
それでも湊は、同じ顔をしていた。
「ここまででいい。あとは任せる」
その言葉を聞いた瞬間、何かが切れた。
俺は初めて声を荒げた。
「任せるって、どこまでですか」
湊は少しだけ黙ってから言った。
「竹下ができるところまで」
それが、最後だった。
◆◆◆
その後のことは、あまり覚えていない。
気づいた時には、席が変わっていた。
異動という形だった。
誰も責めなかった。
湊も、責めなかった。
ただ一度だけ、廊下ですれ違った時に言われた。
「無理させたな」
それだけだった。
謝罪でもない。説明でもない。
でも、全部分かっている顔だった。
それが一番、きつかった。
◆◆◆
後から聞いた。
前にも似たことがあったらしい。
湊の下にいた人間が、潰れたことがあると。
でもその時も湊は、同じように言ったらしい。
「任せていた」
それを聞いて思った。
この人は、人を壊す人じゃない。
ただ――
壊れる瞬間に、気づくのが遅い人なんだと。
◆◆◆
だから今でも思う。
あの人は優しい。
でも優しさは、必ずしも救いじゃない。
放っておかれた人間から見れば、それはただの距離だ。
そして一番厄介なのは――
その距離が、「信頼」として成立してしまうことだった。
◆◆◆
最近、また聞いた。
湊のそばに、新しい人がいるらしい。
名前は知らない。
ただ思う。
今度の相手は――
ちゃんと、壊れる前に気づいてもらえるといいな、と。
いや。
今度は気づいてほしい。でも、気づくためにまた犠牲にならないでほしい、と。
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