その一言だけで。

元宮 優

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その一言だけで。

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 いつだって私は消えることを願った。穴があれば入りたいと思った。それくらいに生きることが辛くて、それと同じくらい私は死にたくなかったんだ。きっとこれは、希望を探す私の、絶望だらけの旅路なのだ。
 嫌気がさすほど強烈な朝日を、私は眠れないまま迎えた。体調が悪いときほど早く寝た方がいいのは頭では理解しているのだが、どうにも偏頭痛がひどく眠りにつけない。そんな日々がもうしばらく続いているが、痛み止めを飲んでも止まることがない。一体いつまでこの頭痛と不眠に悩まされるのだろうか。
 これから新たに始まる学校生活へ向けて、私は無理矢理体を起こした。着替えを済ませた後、自分で昨夜作り置きしておいたおにぎりを口へ詰め込みながら高校への道を歩み始めた。絶望だらけだった私の人生に少しでも光になるものが見つかるといいなと、半ば希望的観測で決めた高校だったが、実家から通える家であるために新生活の実感はあまりなかった。
 高校へ着くと、早速入学式の準備で大忙しな先生たちの姿が見えた。いよいよこれから私には新しい生活が始まるんだという実感が、ようやく湧き始めていた。
「咲輝~こっちこっち!もう始まっちゃうよ~!」
遠くから私に呼びかけているのは、小学校からずーっと同じ学校、同じクラスで片時たりとも離れることのない大親友の夢花だった。
「あ、夢花!やっと見つけたぁ~」
急ぎ足で夢花の隣に座り、私は資料に目を落とした。
「先生の長話ってやけに眠くなるよね~」
「昔から夢花は校長先生の長話聞けなかったもんね、私はそんなに眠くならないしむしろ好きで聞いてるんだけどなぁ」
「昔っから咲輝ってば真面目よねぇ~、あたしにはわからないわ、そんな真面目じゃ疲れちゃわないの?」
「うーん、疲れるかもしれないけど、もう慣れちゃったし染み着いちゃったし、今更自分に甘くする~なんて想像つかないや」
なんて無駄話をしていたら、夢花はいつのまにか夢の中に突入していた
幸い席はかなり後ろの方なので先生にバレることはなさそうだ。
 初登校を終え、夢花と2人でショッピングモールへ行くことになった。これからの高校生活で必要なものを買い足しに行くのだ。
「咲輝は何買うの?」
「うーん、とりあえず、文房具と新しい綺麗な服は買いたいよね、あとはなんと言っても……」
「「甘いもの!」」
2人で口を揃えて言い、それぞれの買い物のために2人でたくさん店を回った。帰りにはクレープ屋により、とびっきり甘そうなトッピングで食べた。こんなものを食べれば太ってしまうな、と思いながらも、甘いものが大好きな私たちにはもはや逆らうことなどできなかった。
 その後、すっかり日も落ちて真っ暗になるまで近くのカフェで談笑していた。やがて時間が来ていることに気づき、夢花が慌て気味に帰り支度を始めた。
「あっ、咲輝、ごっめん、今日はもう帰らないと!また遊び行こうね!」
「あっ、私もだ!大変、急がなきゃ!夢花、またね!」

 慌てて家に帰った私はすぐにご飯の支度に取り掛かった。
「ごめんねお母さん、今準備するからね!」
「そんな慌てなくてもいいのよ、私ならお腹そんなに空いてないからね、ゆっくりでいいからね」
「うん、ありがとね、ご飯、待っててね」
お母さんは重篤な病気を持っていたことがあり、後遺症が強く残っている。そのため、さまざまな行動が制限されているのだ。夢花と遊んで時間を忘れてしまうのはいつものことで、また今日もやってしまった、と咲輝は自分を責めた。
 その日の家事を終え、ベッドの中に入った。すると、いつものように頭痛が襲ってきて、寝ようにも寝られない苦しみが訪れる。正直この時間は億劫で、本当は外に飛び出してしまえば痛みは治るのだろうか、薬が効かず医者もお手上げだったこの痛みにどう立ち向かえばいいのだろうか、という不安が胸いっぱいに広がって、全くと言っていいほど眠れなくなる。一睡もせずに学校へ行くことも稀にあるが、眠れた日も1時間ほどだろうか。そのくらいしか眠れないのだ。この頭痛と不眠がいつからかは、もうすっかり覚えていない。
 高校での生活が始まってから半年ほど経とうとしていた。私は勉強にステータスを全振りしたような生活を送り、予習と復習で休憩時間は消えていた。友だちとの会話など、夢花と、たまに少しだけ話す程度だ。一方夢花は順調に友だちを増やし、放課後遊ぶ友だちも多かったようで、時折遠くで話してる声が聞こえた。正直言って夢花のように友だちに囲まれてみんなでワイワイ、というものには強い憧れがあった。でもそれと同じくらい、いや、それ以上に、嫌われたくない、という思いが強かった。私の暗い部分や良くない部分を見て、彼らが嫌いになってしまうのが怖かったのだ。そんな私の恐怖や不安を軽く飛び越えてくれたのが、夢花だった。唯一無二の友だちと呼ぶに相応しかった。そんな友だちが他の子と仲良くしているのを見ると、少しだけ、ほんの少しだけ寂しい気持ちや嫉妬してしまう気持ちもあった。しかし嫌われたくない私は、その気持ちを口にすることは決してなかった。
「咲輝さん、だっけ。あんた、ほんと真面目よね」
聞き覚えのない低音が聞こえ、驚いてそちらを見ると、やけに不機嫌そうな私とは無縁で対照的な存在が手を組んで立っていた。髪は派手な金色に染められて、服装も目立つ服で、黒髪地味服な私とは文字通り対照的だった。
「もっとさぁ、空気読んでくれない?みんなで楽しく喋って盛り上がってんのにあんたみたいな地味なやついるとさ、空気冷めるっていうか?」
「なんで休憩時間にあなたたちに合わせる必要があるの?それに次の授業までそんなに時間もないんだし、私がここにいるのは自然だと思うんだけど……」
「うるさいね、邪魔だって言ってるのわからない?みんなの邪魔になってるの気づいてないの?」
「まぁまぁまぁ、どうしたのあんたたち、そんなピリピリしないの!」
「夢花……」
「ちょ、邪魔すんなよ、誰だよあんた」
「私?咲輝ちゃんのお・と・も・だ・ち!お友だちのピンチはほっとけないのよね~」
「友だちならあんたからも言ってやってよ、こんなところで1人で勉強なんてしてたらあたしらみたいな楽しんでる人からしたら邪魔なの、自習室でも図書室でもいけば?ってさ!」
「夢花、もういいよ、私が動けばいい話だから……」
「じゃああたしが他の子たちとも話してたときにあなたたちの騒いで楽しんでた声はとても邪魔だったけど。それにはどう対応してくれるの?まさかだけど、人に対応させといて自分はなんもしない、なんてことないよね?」
「いや、訳わからんこと言うなって!」
「今の話で分からないなら咲輝もなんも動く必要ないよね?そんな気に食わないなら自分たちが動きなよ。もう咲輝に関わるの、やめな」
キーンコーンカーンコーン、と授業の始まるチャイムが鳴り、ギャルたちは不満そうに自分たちの席へ戻って行った。
「夢花、ありがと」
というと、夢花は得意そうな顔をして自分の席に戻って行った。
 しばらくは何もない平和な日々が続いていた。例のギャルたちも目が合えば不満そうな目を向けてくるが、それでも何かしてくることは今まではなかった。しかしある日、状況が一転した。移動授業のため、廊下を歩いていたときだった。
「咲輝ちゃんじゃ~ん、あのお友だちちゃんはどうしたの~?今日はお休みみたいだねぇ?」
人間はこれほどまでに不快な顔をできるのかというほどのニヤニヤ顔で話しかけてきたのは、例のギャルだった。
「今日くらいさ、アタシらと遊ぼうじゃん?ほら、こっち」
ニヤニヤ顔とは対照的にその目は全く笑っていなかった。あまりの迫力に断ることもできず、招かれるがままギャルについて行ってしまった。
「あんたさぁ、あの子がいないとなんもできないんだねぇ?とりあえずじゃあ~、今日はパシリにでもなってもらおっかな~?今日のお昼、パンでも買ってきてよ。あんたのお金で!」
「え、私、そんなお金ないよ」
「何、口答えすんの?」
「っ、わかった、買うから、そんな凄まないでよ……」
パンを買ってしまうと自分のお昼が買えなくなる。がしかし、手を出されるくらいなら。彼女たちに嫌われてしまうくらいなら。お昼が買えないくらいどうってことない。そう自分に言い聞かせて、無理矢理この嫌がらせを凌ぐことにした。明日になれば、きっと、夢花が来て助けてくれる。そう信じて、今日を耐えることにした。
 次の日、夢花はまた学校に来なかった。それから何日も夢花は学校に来なかった。電話してもメッセージを送っても反応はなく、家にも行ってみたが会いたくないらしく、取り合ってもらえなかった。いつしか私も学校に行くのが億劫になり、お母さんに泣きついて、人生で初めてズル休みをしてしまった。
 毎日毎日涙を堪えながら先生に電話して、電話が終わってからひとしきり泣いて、母に慰めてもらう。そんな日々を送っていた。だがある日、夢花から1通のメッセージが届いた。
「咲輝、ごめん。1人にしてごめんね。今から2人で、ショッピングモールに行かない?」
「夢花、私もごめん、私、夢花がいないと何にもできないんだって。その通りだよね、1人じゃ嫌がらせも止められないし、嫌われたくなくていうこと聞いちゃうんだもん。ショッピングモールだよね?わかった、すぐ行くね」
既読がついたのを見るや否や、大急ぎで準備を始め、家を飛び出した。
 夢花を探す私はひどく焦っている事を自覚するくらい、目を泳がせて探していた。
「あ、咲輝!こっち!」
「夢花!会えたぁ、寂しかった、夢花ぁ」
久しぶりに会った親友の顔は何も変わらなくて、昔からずっと見慣れた、あの優しい笑顔も目も、何もかもが昔のままだった。毎日一瞬たりとも離れずにいたはずだったのに、ある日いきなりいなくなってしまった反動は自分が思っていたよりもずっと大きかったようで、人通りの多いとこだというのに涙がボロボロ溢れてしまった。
「もう、泣かないの。ごめんね、寂しくさせて」
「ううん、ねぇ、クレープ屋に行こうよ。あのときと同じやつ、せっかくだから今度はお互いのを交換こして食べよう?」
「うん、行こっか」
あのときとはお互い逆のクレープを頼んで、あのときのカフェでお互い休んでた時期のことを語り合った。
「今まで黙っててごめん。実は、咲輝を助けようとしたあの日の次の日から、ずーっと嫌がらせされてたんだよね。脅されてさ。咲輝にはなんもしない代わりに、あんたが犠牲になってよ、って言われてさ。毎日お昼奢らされたり、荷物持ちやらされたりさ。咲輝1人にしたら、咲輝が嫌がらせされるんじゃないかって思ったんだけど、もうあたしが耐えらんなくなっちゃって。ほんと、1人にしてごめん」
「ううん、私も、夢花のこと頼りっきりで、辛かったよね。私ももっと強くならないといけないのに、ずっと甘えてた。夢花が来たらなんとかなる、って、本気で思ってたんだ。私もね、お昼奢らされたし、嫌なこともたくさん言われて、酷いときは叩かれたり髪引っ張られたりして、ほんとに怖かった。もう耐えきれなくて、初めてズル休みをしたんだよ。私、ほんとにダメな子だなぁ……」
「咲輝。今日、あたしと会えて楽しかった?」
「どうしたの、いきなり。夢花といる時間はいつも楽しいよ?」
「それじゃあさ、明日から、2人で一緒に学校行こうよ。2人で一緒にあいつらに立ち向かおう?先生とか親とかも全部全部巻き込んで、絶対、勝とうよ。あたしたち最強だもん、絶対勝てる!」
「う、うん、分かった。私も、強くならなきゃいけないもんね。できることは全部しよう」
「ねぇ咲輝、全部終わったら、またここでクレープ、食べよう?そのためにもほんと、全力で頑張らないとね!」
「うん!絶対、食べる!」
「うん!食べる!あ、今日はもう帰らないと。咲輝も、時間そろそろでしょ?」
「あ、ほんとだ。私ったらまた遅れちゃって……」
「ほら咲輝、また弱いとこ出てるよ?お母さんがいいって言ってくれてるんだから遅れてもいいのよ。もっと自分のこと甘やかしてあげないと、いつまでもあたしみたいに強くなんてなれないよ?」
あのギャルたちの数百倍は嫌じゃないニヤニヤ顔をして言ってきた。
「そっか、うん、そうだね、分かった!じゃあ、明日。学校で!」
「うん、学校で!ねぇ、咲輝、またね?」
「ん?うん、またね!」

夢花が走り去る直前、ありがとう、と小さく聞こえた気がしたが、聞き返そうとしたときには既に遠くまで走り去ってしまっていた。

またね、と言った夢花の顔と声が、やけにずっと頭から離れなかった。
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