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本編
惜別
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「すまない、俺の冒険はここまでのようだ」
逗留先であるエルフの村で、俺は長年付き合ったパーティの仲間たちに別れを告げた。
「神官のくせに《完治》の呪文を未だに使えないようでは、この先は仲間も自分も守れない。俺は足手まといにはなりたくないんだ」
神に仕える『神官』というクラスにとって、パーティにおける最も重要な役割は『法術』を用いた治療である。
中でも、傷ついた肉体を瞬間的に修復する《完治》の呪文は、初級や中級の治療術とは比べ物にならない信頼性があり、上位の魔物を相手にする場合は生命線とも言える。
そして、どうやら俺はその呪文を覚える素質がなかったらしい。
*
「……そうか。お前が決めたことならば、わしは何も言わん」
最年長であり、今回の冒険の発起人でもあるゴルド卿は武勇に名高い家系に生まれた。
領主としての家督を息子に譲ってまで『異変』解決のための冒険に乗り出したのだ。
優れた戦士としての実力だけでなく、その経験や人脈はどれだけ冒険を助けてくれただろう。
しかし無念そうな表情を浮かべながらも、俺の意志を尊重してくれた。
*
「しかしトムよ、お前の代わりはどうするんだ?」
俺の同期として神殿で共に修行をした神官のエルが気にかける。彼は既に《完治》を身に着けて、最高位の癒し手となっていた。
同時に優れた前衛であり、メイスと大盾による白兵戦は本職の戦士も顔負けする実力である。
俺にとっては最も信頼できる友であり、パーティを支える精神的な支柱でもある。その判断力はパーティの窮地を幾度も救ってきた。
「アランがいる。あいつはもう既に俺と同等、あるいはそれ以上の治療術を身につけているはずだ」
おそらくエル自身の中でも既に出ているであろう結論を、俺は改めて口に出す。
*
「そんな、僕なんかまだまだですよ」
過去の英雄の生まれ変わりとも噂されるアランは相変わらず謙虚だった。
彼は平凡な農家の少年に過ぎなかったが、『聖剣』に導かれて戦士と神官の力を併せ持つ「聖騎士」の力に覚醒した。
俺たちの仲間に加わった頃は『聖剣』に振り回されるだけの未熟な若者に過ぎなかったが、旅の間に急速に強さを身に付けていった。
今では正面からの打ち合いに関しては既にゴルド卿すら上回るほどだ。
「いや、お前はよくやってくれたよ。今まで本当にありがとう」
「うう……」
アランは涙ぐんでいる。俺たちの仲間になったばかりの頃、毒蛇に噛まれて成すすべもなく泣いていた頃を思い出す。
「お前は世界を救うかも知れない男なんだ、そんな情けない顔はしないでくれ」
「はい!」
力強く返事をするアランを見て、思わず笑みがこぼれる。
*
「それにしても急じゃないの?回復役にはアランがいると言っても、あなたの立ち位置は誰が埋めるのよ」
魔術師のエレナが問いかける。既に既知の『魔術』は全て習得し、古代呪文の再現を試みるほどの才女である。
「確かにその通りだが、俺たちのパーティに入りたい者は少なくないらしい。例えばこの村のエルフの若者とか……」
そのエルフであるフォルンは、エレナと恋仲であることは薄々感づいていた。
「えっ!?どうしてそれを!?」
「何だ、図星なのか?」
「あー!またからかったわね!」
エレナは顔を真っ赤にして怒っている。
「まぁいいじゃないか、幸せになれよ」
件の若者…若く見えるだけで年齢は200歳を超えているだろうが…は、賢者として『魔術』のみならず『法術』を共に極めている。
俺の抜けた穴を埋めて余りある存在で、彼女のさらなる成長をも促すだろう。
「……うん、ありがと」
照れ臭そうにしているエレナを見ているのは微笑ましい。
*
「あたいとしてはメンバーに欠員が出るのは嫌だったんだが、代わりがいるんなら文句はないね」
最後まで口をつぐんでいたイザがつぶやいた。相変わらず、どこまでも現実的な女だ。
罠や奇襲に備える斥候としての役割を持ちながら、初歩の魔術をも修めており変幻自在の立ち回りを得意とする。
特にロッドやアミュレットなどのマジックアイテム捌きに関しては超一流で、エレナとの連携で多くの敵を葬ってきた。
中退はしたもののエレナとは同じ魔術学院の出身で、彼女から「先輩」と呼ばれるのをこそばゆく思いつつも妹のように可愛がっている。
**
「それで、お前はこれからどうするつもりだ?」
心配そうにエルが聞いてくる。
「ああ、ひとまず中央都市に戻るつもりだ。そこで鍛え直そうと思う」
中央都市とは、この国で最も栄えている街だ。俺たちが修行した神殿も、冒険者ギルドの本部もそこにある。
これからどのような道を歩むにせよ、再出発を目指すのなら他に選択肢はないだろう。
「そうか。……それじゃあ、ここでお別れだな」
「……ああ」
友の言葉にただうなづく。無事ならまた一緒に旅をしよう、とまでは言えなかった。
ここから先はより道は険しく、魔物も強大になる。俺が一人で引き返すのなら今が最後の機会だった。
***
【用語集】
『魔術』
魔術師が用いる呪文系統。攻撃や妨害などを得意とする。
『法術』
神官が用いる呪文系統。回復や支援などを得意とする。
この世界では、魔術と法術の総称として『魔法』という用語が用いられる。
なお、例えばセリフの中に《完治》などと書いてあった場合、そのまま「完治(かんち)」と言ったわけではなく、「《完治》の呪文を唱えた」という意味合いである。
『斥候』
いわゆる盗賊系ジョブのこと。
「盗賊」だと文字通りの意味である場合と紛らわしいので、本作では「斥候」の名称で統一する。
逗留先であるエルフの村で、俺は長年付き合ったパーティの仲間たちに別れを告げた。
「神官のくせに《完治》の呪文を未だに使えないようでは、この先は仲間も自分も守れない。俺は足手まといにはなりたくないんだ」
神に仕える『神官』というクラスにとって、パーティにおける最も重要な役割は『法術』を用いた治療である。
中でも、傷ついた肉体を瞬間的に修復する《完治》の呪文は、初級や中級の治療術とは比べ物にならない信頼性があり、上位の魔物を相手にする場合は生命線とも言える。
そして、どうやら俺はその呪文を覚える素質がなかったらしい。
*
「……そうか。お前が決めたことならば、わしは何も言わん」
最年長であり、今回の冒険の発起人でもあるゴルド卿は武勇に名高い家系に生まれた。
領主としての家督を息子に譲ってまで『異変』解決のための冒険に乗り出したのだ。
優れた戦士としての実力だけでなく、その経験や人脈はどれだけ冒険を助けてくれただろう。
しかし無念そうな表情を浮かべながらも、俺の意志を尊重してくれた。
*
「しかしトムよ、お前の代わりはどうするんだ?」
俺の同期として神殿で共に修行をした神官のエルが気にかける。彼は既に《完治》を身に着けて、最高位の癒し手となっていた。
同時に優れた前衛であり、メイスと大盾による白兵戦は本職の戦士も顔負けする実力である。
俺にとっては最も信頼できる友であり、パーティを支える精神的な支柱でもある。その判断力はパーティの窮地を幾度も救ってきた。
「アランがいる。あいつはもう既に俺と同等、あるいはそれ以上の治療術を身につけているはずだ」
おそらくエル自身の中でも既に出ているであろう結論を、俺は改めて口に出す。
*
「そんな、僕なんかまだまだですよ」
過去の英雄の生まれ変わりとも噂されるアランは相変わらず謙虚だった。
彼は平凡な農家の少年に過ぎなかったが、『聖剣』に導かれて戦士と神官の力を併せ持つ「聖騎士」の力に覚醒した。
俺たちの仲間に加わった頃は『聖剣』に振り回されるだけの未熟な若者に過ぎなかったが、旅の間に急速に強さを身に付けていった。
今では正面からの打ち合いに関しては既にゴルド卿すら上回るほどだ。
「いや、お前はよくやってくれたよ。今まで本当にありがとう」
「うう……」
アランは涙ぐんでいる。俺たちの仲間になったばかりの頃、毒蛇に噛まれて成すすべもなく泣いていた頃を思い出す。
「お前は世界を救うかも知れない男なんだ、そんな情けない顔はしないでくれ」
「はい!」
力強く返事をするアランを見て、思わず笑みがこぼれる。
*
「それにしても急じゃないの?回復役にはアランがいると言っても、あなたの立ち位置は誰が埋めるのよ」
魔術師のエレナが問いかける。既に既知の『魔術』は全て習得し、古代呪文の再現を試みるほどの才女である。
「確かにその通りだが、俺たちのパーティに入りたい者は少なくないらしい。例えばこの村のエルフの若者とか……」
そのエルフであるフォルンは、エレナと恋仲であることは薄々感づいていた。
「えっ!?どうしてそれを!?」
「何だ、図星なのか?」
「あー!またからかったわね!」
エレナは顔を真っ赤にして怒っている。
「まぁいいじゃないか、幸せになれよ」
件の若者…若く見えるだけで年齢は200歳を超えているだろうが…は、賢者として『魔術』のみならず『法術』を共に極めている。
俺の抜けた穴を埋めて余りある存在で、彼女のさらなる成長をも促すだろう。
「……うん、ありがと」
照れ臭そうにしているエレナを見ているのは微笑ましい。
*
「あたいとしてはメンバーに欠員が出るのは嫌だったんだが、代わりがいるんなら文句はないね」
最後まで口をつぐんでいたイザがつぶやいた。相変わらず、どこまでも現実的な女だ。
罠や奇襲に備える斥候としての役割を持ちながら、初歩の魔術をも修めており変幻自在の立ち回りを得意とする。
特にロッドやアミュレットなどのマジックアイテム捌きに関しては超一流で、エレナとの連携で多くの敵を葬ってきた。
中退はしたもののエレナとは同じ魔術学院の出身で、彼女から「先輩」と呼ばれるのをこそばゆく思いつつも妹のように可愛がっている。
**
「それで、お前はこれからどうするつもりだ?」
心配そうにエルが聞いてくる。
「ああ、ひとまず中央都市に戻るつもりだ。そこで鍛え直そうと思う」
中央都市とは、この国で最も栄えている街だ。俺たちが修行した神殿も、冒険者ギルドの本部もそこにある。
これからどのような道を歩むにせよ、再出発を目指すのなら他に選択肢はないだろう。
「そうか。……それじゃあ、ここでお別れだな」
「……ああ」
友の言葉にただうなづく。無事ならまた一緒に旅をしよう、とまでは言えなかった。
ここから先はより道は険しく、魔物も強大になる。俺が一人で引き返すのなら今が最後の機会だった。
***
【用語集】
『魔術』
魔術師が用いる呪文系統。攻撃や妨害などを得意とする。
『法術』
神官が用いる呪文系統。回復や支援などを得意とする。
この世界では、魔術と法術の総称として『魔法』という用語が用いられる。
なお、例えばセリフの中に《完治》などと書いてあった場合、そのまま「完治(かんち)」と言ったわけではなく、「《完治》の呪文を唱えた」という意味合いである。
『斥候』
いわゆる盗賊系ジョブのこと。
「盗賊」だと文字通りの意味である場合と紛らわしいので、本作では「斥候」の名称で統一する。
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