トムとライラの道中記 ~挫折ヒーラーとウェアウルフ少女の物語~

矢木羽研

文字の大きさ
8 / 43
本編

組合

しおりを挟む
「ふむ……やはりこの子のことも『異変』と繋がっておるのかのぅ……」
ライラの話を聞いた神官長殿が口を開く。俺やエルがそうであるように、「異変」と神殿の関わりは小さくない。

**

人間の領域に魔物が増えているということを、最初に身をもって体感したのは交易商人たちである。
比較的安全であるはずの街道で魔物に襲撃される事件が相次ぎ、その事実は彼らの強固な情報網によって瞬く間に共有された。
護衛として各地の騎士団(実態としては傭兵団であるが)の需要が急増し、既存の武装勢力だけでは間に合わなくなる事態が発生した。
そもそも王国周辺では近年、戦争らしい戦争もなく、戦いに慣れた者自体が少なくなっていたのだ。

騎士団の次に商人たちが目をつけたのは、魔術学院や神殿で修行を積んだ者たちである。
武器をも弾く装甲、並の弓矢では手を出せない空中からの奇襲、何度でも蘇る亡者……。
魔物との戦いでは、人間同士の戦闘の常識が通用しない場面も数多い。
そこで、魔術や法術といった超常的な力を身につけた彼らを戦力として起用したのである。

魔術や法術は強大な力ではあるが、人間同士の戦争においては従来あまり重視されてこなかった。
行使できる者の絶対数が不足していることに加え、その効果自体も局所的な上に回数も限られている。
例えば、熟練した魔術師であれば炎の嵐を周囲に巻き起こし、並の兵士を一度に十数人は焼き殺すことはできるだろう。しかし無防備な詠唱を敵が座視するわけがない。
乱戦に乗じれば唱えることはできるかも知れないが、その場合はまず確実に味方も巻き込んでしまうことになるだろう。とても使えたものではない。
離れたところから火の玉や稲妻を敵陣に投射することはできるだろうが、そのためだけに熟練した魔術師を雇うくらいなら投石機でも用意したほうが遥かに安上がりでつぶしがきく。
よって、魔術師は個人としては驚異的な武力を持ちながらも兵士としては重用されず、もっぱら学問の徒として技術開発や真理追求に勤しむものだとされている。

また、俺たち神官は教義上の理由により、自衛を除けば人間同士の戦いには不干渉を貫いてきた。
この戒律に背いてしまえば、神の加護が失われて法術の使用自体ができなくなることもあると聞かされている。
よって、傷病者の治療に手を貸すことこそあれど、戦闘そのものには関わらないという常識が、同じ神を信仰する兵士たちにも浸透している。

しかし、魔物との戦いでは従来の常識が通用しなかった。
小規模かつ散発的に発生する戦闘では大型兵器など何の役にも立たない。体一つで状況に応じて様々な魔術を使い分けられるほうがはるかに有用だ。
また、神殿としても人類を守るためという大義のために力を貸さないわけにはいかなくなった。
世俗的な商業と伝統的な信仰には相容れない部分こそあるが、人々が飢えずに暮らせる生活の基盤となるのは商人たちがもたらす富であるということに疑いを持つ者などいない。
都市間あるいは大陸間の交易網を守ることは、人類そのものを守ることに直結するのだ。

こうして、魔術や法術を取り込んだ対魔物の戦術が急速に発展していった。
従来の兵士が斥候や直接戦闘を担当し、彼らに守られながら魔術師が呪文を放ち、負傷した者は神官が即座に治療して立て直す。
これら4つの役割を小規模な集団内で分担することこそが、魔物との戦闘に生き残り、そして勝ち抜くための基本とされるようになった。

次の課題は、これら4つの役割を持った者たちをどのように結びつけるかという点である。
直接戦闘を担う戦士であれば騎士団によってある程度のまとまった人材を確保することができるが、斥候の役割をこなせるものは多くない。
魔術学院や神殿についても、もともと閉鎖的な組織なので外部との繋がりがある者は多くない。
そこで、各組織の人材の情報を管理し、役割の整った護衛隊を編成・派遣する仕組みが誕生することになった。
これこそが「護衛ギルド」であり、現在の「冒険者ギルド」の前身である。

*

魔物たちは人類の驚異ではあったが、しかし単なる驚異だけにとどまらなかった。
奴らが隠し持っている宝や、奴ら自身の毛皮や爪牙が貴重品として取引されるようになった。
それらの物資や加工技術の流通を目的として交易はますます活発になり、護衛の需要も増えていった。

やがて、各組織だけでは賄いきれなくなったのでギルドは在野からも人材を募った。
まずは腕自慢の農夫や水夫が戦士として、野山に慣れた狩人や木こりが斥候として認められ、登録されるようになった。
驚くべきことに魔術や法術の使い手に関しても、学院や神殿と無関係なところから少なくない人数が集まった。
人知れず修行を積んでいた者たちで、人々を救うため、あるいは自分の力を試すために名乗りを上げたのだ。

いつしか彼らは単なる護衛ではなくなっていた。自ら魔物の領域へと足を踏み入れるようになったのだ。
そして、誰からともなく自らを「冒険者」と呼称するようになった。
魔物を追って未踏の山林に踏み入り、砂漠や大海を越え、光の届かぬ深い洞窟さえも手中に収める彼らに人々は憧憬の念を抱いた。
自分の技術を活かすために冒険者になるのではなく、冒険者になるために技術を磨く若者さえもはや珍しくはなくなった。
そこで護衛ギルド改め冒険者ギルドは人材の管理にとどまらず、神殿や学院とも連携して訓練・教育を行う大規模な組織へと瞬く間に発展していった。

ギルドは各地に宿(宿泊のみならず情報交換の拠点でもある)や交易所、馬を貸し出す駅家などを整備し、所属する冒険者に便宜を図るようになった。
多少の上前こそ取られるものの、これらの施設を格安で使える恩恵に比べれば些細なものである。

俺が所属していたパーティはゴルド卿が独自に組織したものであり、もともとはギルドとは無関係であった。
しかしギルドの存在が巨大になるにつれ、便宜を図るためにギルドに所属することになった。
幸い、ギルドの設立者とゴルド卿には親交があり、神殿や学院の関係者も所属していたこともあり、特に問題もなく加入が認められた。
そして個々の実力や過去の実績により、すぐに王国内でも随一の冒険者パーティとして知られるようになった。
一攫千金でも単なる人助けでもなく、「異変」そのものの解明を目的に冒険を続けているのも俺たちだけである。
冒険者が一般人の憧れであるなら、ゴルド卿の率いるパーティは冒険者が憧れる存在なのである。
……もっとも、俺はそこから脱落してしまったのであるが。

**

「トムよ。お前はこれからどうするつもりじゃ」
神官長殿が俺に問いかける。書状でも伝えているが、改めて自らの口で伝えることにした。
「……力不足によりパーティからは離脱しましたが、ゴルド卿の力になるという意志は変わりません」
俺は横にいたライラにちらりと目をやってから続けた。
「私やライラに与えられた役割が何であるのか、今はまだわかりません。しばらくはこの地に留まって修行を続けるつもりです」

「ふむ……また、神殿に戻って修行を続けるのかね?」
神官長殿は優しく語りかける。俺は歯を食いしばりながらそれに答える。
「……いえ、私はもう神官としての成長に限界を感じているのです」
才能の限界というのは、他人にはもちろん自分自身にとっても見えるものではない。
もしかするとあと1年か2年でも修行すれば、新たな法術に目覚める可能性はあるのかも知れない。
しかし、それでは遅すぎるのだ。俺がこうしている間にも魔物や災害で苦しんでいる人はどこかにいる。
「私は神官としての身分を返上し、戦士として改めて武芸を修める心づもりでいます」
神官としての道を極めることを諦めるのであれば、もう神官ではいられなくなる。

俺は懐にしまい込んでいた聖印を取り出し、神官長殿の手のひらに乗せた。
「長い間、大変お世話になりました」
しばらくの沈黙の後、神官長殿は重い口を開いた。
「そうか。お前が決めたことならば、わしは何も言わん」
パーティから抜けることを告げた時にゴルド卿から言われたことと、そっくり同じ言葉を告げられた。
「じゃが、豊穣神様はいつでもお前を見守っておるよ。困ったことがあればいつでも力になろうぞ」
その優しい言葉に、俺はこらえていた涙を落とした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

わたしにしか懐かない龍神の子供(?)を拾いました~可愛いんで育てたいと思います

あきた
ファンタジー
明治大正風味のファンタジー恋愛もの。 化物みたいな能力を持ったせいでいじめられていたキイロは、強引に知らない家へ嫁入りすることに。 所が嫁入り先は火事だし、なんか子供を拾ってしまうしで、友人宅へ一旦避難。 親もいなさそうだし子供は私が育てようかな、どうせすぐに離縁されるだろうし。 そう呑気に考えていたキイロ、ところが嫁ぎ先の夫はキイロが行方不明で発狂寸前。 実は夫になる『薄氷の君』と呼ばれる銀髪の軍人、やんごとなき御家柄のしかも軍でも出世頭。 おまけに超美形。その彼はキイロに夢中。どうやら過去になにかあったようなのだが。 そしてその彼は、怒ったらとんでもない存在になってしまって。 ※タイトルはそのうち変更するかもしれません※ ※お気に入り登録お願いします!※

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

処理中です...