トムとライラの道中記 ~挫折ヒーラーとウェアウルフ少女の物語~

矢木羽研

文字の大きさ
23 / 43
本編

決着

しおりを挟む
ギルド宿の扉が開かれた。俺たちは城門へと駆け出す。まだ学院の魔術師たちが残っており、足止め程度の攻防をしている様子であった。

冒険者ギルドの一団が城門に到達すると同時に鐘が鳴らされ、それを合図に学院の魔術師たちが退却を始める。ここからは俺たち冒険者ギルドが立ち向かう番だ。

「やっぱり普通の矢は通じねえみてえだな」

魔術師たちのしんがりではジャックの率いる狙撃そげき部隊が弓矢による援護射撃をしていた。報告通り、飛竜は右翼だけ大きく損傷している。飛翔能力は削がれているようだったが、それでもまだ地には堕ちない。そして、右翼を狙う矢は見えない壁に弾き返されているようだった。

竜族が魔法、あるいはそれらを真似た術を使用する可能性については、襲撃前から議論が交わされていた。先遣せんけん隊の報告を聞く限り、魔力や法力の反応はなかったということだ。つまり、何らかの力で擬似的にそれを再現したものだと考えられる。その場合、魔法力の代わりに生命力を媒介にして行使しているという説が有力だった。

奴に対しては雷や冷気の魔法は通ったと報告があるので、おそらく物理的な攻撃を防ぐ法術である《障壁》の疑似再現であるように思われた。ただし本来の《障壁》は空間に固定されるものなので、奴のように動き回りながらも常に守られているというのは異質である。

中空を飛びまわる飛竜に戦士たちは手を出せない。弓矢などの飛び道具も通用しない。学院の誇る精鋭部隊ならまだしも、その部隊に加勢できなかった未熟な魔術師による生半可な魔法も通用しそうにない。とはいえ、奴は魔術師たちに煮え湯を飲まされたばかりである。未熟者といえども、そこに魔術師が存在すること自体が圧力になっているのかも知れない。それを理解してか、彼らはいつでも呪文を放てる体勢をとっている。

一方で、飛竜のほうも攻めあぐねているようである。既に炎の息を三回も続けて吐いたということなので力が戻っていないのか、あるいはガスの引火による口内爆発を警戒してのことだろうか。しかし飛竜には再生能力がある。このまま膠着こうちゃく状態が続けばいずれ力を取り戻し、消耗する一方の俺たちに勝ち目はなくなる。

俺に何かできることはないか考える。奴の《障壁》を破れるとしたら、同じ術を使える神官だろう。自身の生命力による法術の再現ということは、同じく法術を利用した反・生命力の呪文は効果があるのでないか。俺の法力は治療のために温存する方針だったが、このままでは皆の体力がいたずらに失われるだけである。ここは一か八か、勝負に出るべき場面だ。

俺は左手で見えない弓を構え、右手で見えない矢をつがえた。放つのは《大癒たいゆ》の反転。俺が使える最大の回復呪文の反転だ。まずは一発撃ち込むと、貫通するには至らなかったものの明らかに手応えがあった。不可視だった球形の《障壁》の輪郭が浮かび上がったのである。

「ジャック!もう一発入れるから、同じところに撃ち込んでくれ!」
「おう!」

彼は矢筒から、グリフィンの羽で装飾されたとっておきの矢を取り出し、つがえる。そして俺の放った反転回復の光を見ると、それに重ねるように撃ち込む。反・生命力を帯びた鋼鉄の矢は、狙い通りに奴の《障壁》を貫通することに成功した。そのまま翼膜を貫くと、矢は空へ抜けていった。《障壁》が完全に消滅したのだ。

「今だ!ありったけの矢をくれてやれ!」

ギルドの斥候のうちの、約半数は狙撃隊としてこの部隊に加わっている。鉄の矢が嵐のように奴を襲う。無論、狙うのは損傷した右翼である。片方だけでも翼を落とすことができれば、奴を地に引きずり下ろすことができるはずだ。奴の翼は蜂の巣にされ、高度が次第に下がっていく。上がる歓声。

「油断するな!手を止めると再生してしまうぞ!なんとしても引きずり下ろすんだ!」

俺は号令をかけながら周囲に目を配る。誰かが重症を負ったら治癒するのは俺の役目なのだ。反転回復の射撃は、そのまま回復呪文の遠隔使用にも応用することができる。これがあるからこそ、前線で指揮をとりつつ治療も受け持つという、俺にしかできない役割を与えられたのだ。

狙撃部隊はひたすらに矢を撃ちかける。本来なら既に体力の限界に達しているころだろうが、未だに勢いが衰えない。それは後方に控えていた神官たちが前線に躍り出て、狙撃手たちの体力を回復しているからだ。真っ赤に腫れた右腕が瞬く間に治癒され、持てる限りの矢を撃ち尽くす勢いで猛攻撃を続ける。それが功を奏し、奴の高度が次第に下がっていった。

「今だ、ぶった斬れ!」

ときの声を上げて戦士と斥候たちが走り出す。まだ体力のある狙撃部隊も弓を捨てて剣を握ってそれに加わる。しかし斥候たちはあくまでおとり撹乱かくらんするのが役目で、直接攻撃を仕掛けるのは戦士たちだ。

「鬼さんこちら、ってね!」

メリナが粘着性のタールを詰めた陶器の玉をスリングで投擲する。割れて中身が飛び出し、奴の顔を黒く染める。これで目を潰せれば儲けものだが、そうでなくとも確実に注意は反らせているようだ。今まさに地に堕ちようとする飛竜は、羽ばたきすらも忘れてメリナに突進するつもりだ。

「今度は私の番!」

ライラが飛び出し、メリナの肩を足場にして飛竜の頭に跳び乗るという離れわざを繰り出した。奴は突進を止め、目障りだとばかりに左の翼腕よくわんで払いのけようとするが、がら空きになった左脇に槍が突き立てられる。熟練の戦士に託された武器屋の秘蔵の品だ。ついに、奴の胴体から赤黒い血が吹き出した。よろめく頭から、ライラが鮮やかに着地をする。

うめく飛竜に向かって、朝日に輝く銀色の鎧の一団が殺到する。奴の右翼を目掛けて、きらめく剣や槍が何度も打ち付けられ、突き立てられる。ある者は爪で払いのけられ、またある者は尻尾で弾き返され、うめき声が聞こえるが致命傷には遠い。

「怯むな!俺が治す!」

直撃を受けた者に《中癒ちゅうゆ》を飛ばす。これ一つで動けるようになるまで癒えるかは微妙なところだが、後方支援の安心感があるだけでも士気は高まるものである。動けない者は、隙を見て若い神官たちが安全なところまで担ぎ出してくれる。

「どぉりゃあぁぁ!」

奴がよろめいた隙に、オリバーが地を蹴って高く飛び、さらに空中で一回転をする。その勢いのまま右翼の付け根を縦一文字に斬りつける!霧氷むひょうを帯びた氷の刃の一閃で、奴の翼は骨ごと断ち切られた。

「うおおおお!」

大歓声が上がる。凍結した断面は再生を許さないだろう。そもそも、切断された翼をまるごと再生できるかどうかは怪しいところだが。ともかく、この一撃で激痛にもだえた飛竜は地を転がり、偶然にも俺の目の前まで来た。

今なら、心臓を貫けるかも知れない。俺は剣を抜き、奴の胸に突き立てようとした。

……その時、俺は気づくべきだったのだ。目の前に奴が来たのは偶然ではないと。《障壁》を破った憎々しい存在に一撃を浴びせるためだったと。

奴は左の翼爪よくそうを突き立て、俺の心臓を貫こうとした。舞う鮮血。痛みはない。それもそのはず、奴が爪を突き立てたのは俺の前に飛び出した大きな狼、すなわち、ライラであった。

奴が俺を狙っていたことに彼女は気づいたのだろう。とっさに狼の姿に変身して俺の元まで駆けてきてくれたのだ。そして、俺の盾になると同時に、刺し違えるように奴の胸に噛みついた。牙が折れて口からも血が吹き出すも、そこにはどす黒い色が混じっていた。ライラの牙は奴の胸の鱗を貫き、皮膚まで傷が到達したようだ。

奴は、ライラを投げ捨てるかのように払い除けた。俺は今すぐ駆け寄りたかったが、ぐっとこらえて《大癒》を飛ばすだけにする。届いたかはわからないが、確認する余裕もない。俺は振り返らずに剣を構え、ライラが残してくれた傷跡目掛けて、真っ直ぐに突き刺した。

それはまるで、火であぶったナイフをバターの塊に突き立てたがごとく、何の抵抗もなしに奴の体の奥深くへと突き刺さっていった。一呼吸おいて、吹き出す灼熱の鮮血。

俺の記憶にあるのはここまでだった。

***

【一般用語集】

『しんがり』
部隊の最後尾のこと。退却の援護をする。

膠着こうちゃく状態』
敵味方がお互いに決定打を欠いている状態。

ときの声』
士気を高めるために上げる声。開戦時や勝利後、あるいは攻め立てるべき場面で上げる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【改訂版アップ】10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~

ばいむ
ファンタジー
10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~ 大筋は変わっていませんが、内容を見直したバージョンを追加でアップしています。単なる自己満足の書き直しですのでオリジナルを読んでいる人は見直さなくてもよいかと思います。主な変更点は以下の通りです。 話数を半分以下に統合。このため1話辺りの文字数が倍増しています。 説明口調から対話形式を増加。 伏線を考えていたが使用しなかった内容について削除。(龍、人種など) 別視点内容の追加。 剣と魔法の世界であるライハンドリア・・・。魔獣と言われるモンスターがおり、剣と魔法でそれを倒す冒険者と言われる人達がいる世界。 高校の休み時間に突然その世界に行くことになってしまった。この世界での生活は10日間と言われ、混乱しながらも楽しむことにしたが、なぜか戻ることができなかった。 特殊な能力を授かるわけでもなく、生きるための力をつけるには自ら鍛錬しなければならなかった。魔獣を狩り、いろいろな遺跡を訪ね、いろいろな人と出会った。何度か死にそうになったこともあったが、多くの人に助けられながらも少しずつ成長し、なんとか生き抜いた。 冒険をともにするのは同じく異世界に転移してきた女性・ジェニファー。彼女と出会い、ともに生き抜き、そして別れることとなった。 2021/06/27 無事に完結しました。 2021/09/10 後日談の追加を開始 2022/02/18 後日談完結しました。 2025/03/23 自己満足の改訂版をアップしました。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

騎士団の繕い係

あかね
ファンタジー
クレアは城のお針子だ。そこそこ腕はあると自負しているが、ある日やらかしてしまった。その結果の罰則として針子部屋を出て色々なところの繕い物をすることになった。あちこちをめぐって最終的に行きついたのは騎士団。花形を譲って久しいが消えることもないもの。クレアはそこで繕い物をしている人に出会うのだが。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...