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本編
再訪
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朝にゴルド卿の邸宅を出発し、休み無しの行軍で中央都市には宵の口に着いた。本来、日没とともに門は閉じられるのだが、ゴルド卿という有力な元領主が直々に訪れることで特権的に通行が認められるのである。
*
「ギルド宿、移転してたんですね。それに、ますます賑わっているみたいです」
久しぶりに中央都市の門をくぐったアランが言う。
「そうだな。新人も増えている」
俺が答える。オリバーやメリナ、それにポールがそうであったように、自分の技能を生かすために冒険者になるのではなく、冒険者になること自体を目的として都市に上ってくる若者も多い。冒険者そのものの需要があることはもちろん、それによって培った経験や人脈は何をする上でも本人の糧になることだろう。
「魔物というのもすっかり人間の獲物になってしまったようだな」
ゴルド卿が通りを見てつぶやく。魔物の肉や毛皮は一般市場にも多く出回るようになった。そもそも昨夜の宴席でごちそうになった巨大イノシシも、どちらかといえば魔物の領域に片足を突っ込んでいるような存在である。
魔物の力は未だに驚異であり、一攫千金を目論んで未開の地に踏み入れたモグリの自称冒険者が、命を落としたり行方不明になったという話は絶えない。しかし、ギルドに所属する正規の冒険者や、一般の住民や旅人が魔物に襲われて死亡したという話は長いこと聞いていない。特につい先日、かの飛竜ですら犠牲者なしで討伐してのけたことは、人々を大いに勇気付けたようだ。
「しかし『異変』そのものがなくなったわけではありませんからね」
エルが言う。今年の春は穏やかだが、飛竜の襲撃の少し前あたりには激しい豪雨に見舞われた。幸い、畑の収穫はほぼ済んでおり、都市部でも昨年と同様の災害の教訓として備えた用意があったので被害は軽微だったようだが。俺が意識をなくして寝込んでいた間には、このあたりではめったに起こらない地震もあったらしい。
*
「お、ゴルドの旦那!お久しぶりです!」
ギルド宿に入ると、真っ先にマスターがゴルド卿の巨体を認めてあいさつをした。
「トムたちから合流する話は聞いてましたがね、こんなにお早いとは」
マスターは席についたゴルド卿に、何も言わずに陶製のタンブラーを出して蒸留酒を注ぐ。以前、冒険者ギルドと縁のある錬金術工房に、卿が蒸留装置の設置費用を援助したことがある。それ以来、酒場のメニューに蒸留酒が加わったのだが、まだあまり馴染みがないのか注文する客は少ないようだ。かく言う俺も苦手なほうである。
「ああ。以前の探索は実を結ばなかったがな。今回は『鍵』がある」
「どうやら、エレナの嬢ちゃんが言ってたことは本当だったみたいですね」
俺が目を覚ました日の夜、酒の席でエレナが披露した説はマスターも聞いていた。冒険者を束ねる立場であり、また俺たちの冒険を早期から支援してくれていたマスターには当然伝えるべきなのだ。
「そうだ。アランとその『聖剣』、神狼の巫女たるライラ、彼女に導かれた第2の聖剣を振るうトムに、ここにはいないがアランが導いた第2の神狼が揃っている」
第2の神狼、すなわち猟犬であるアルフは、ギルド宿には入れないので馬小屋に置いている。今頃、馬丁が餌をやっている頃だろう。
「トムの奴、神官を辞めると言い出した時はどうなるかと思ったんですがねぇ。今や戦士としても一人前で、癒し手としての腕も未だに健在。さすが、旦那の見込んだ男だ」
「お前も、優秀な若者を多く育ててくれたな。オリバーやメリナの話はトムから聞いておるぞ。それに、今酒場にいる者たちだってそうだ」
「ま、俺としては現場で剣を振るいたかったんですがね。こっちのほうが性に合ってたようで」
夜更けの酒場には熟練の冒険者の姿が目立つ。装備も振る舞いも、2年前と比べると格段に洗練されている。飛竜の襲撃を真っ向から受け止めて、誰一人として命を落とさなかった猛者たちである。
「俺は子供には恵まれなかったんですがね、息子のように若い奴らが育つのを見るのはいいもんですね」
「わしはな、今となっては未来ある若者のために盾となって散れば本望だと思うようになったよ」
「まさか!旦那が死ぬだなんて、冗談はよしてくださいよ。あと20、いや30年は早えや」
久しぶりに再会した大の男たちが、酒を酌み交わしながら過去と未来を語る様を、俺たちは静かに見守っていた。
***
【一般用語集】
『蒸留酒』
発酵したアルコールを蒸留することで度数や純度を高めたもの。ここでは熟成を経ていない透明なウォッカや焼酎のようなものを想像していただければ。この国ではまだあまり馴染みがないので、固有の名前が付けられていないような想定。
『馬丁』
馬の世話をする人。現代風に言えば厩務員。
*
「ギルド宿、移転してたんですね。それに、ますます賑わっているみたいです」
久しぶりに中央都市の門をくぐったアランが言う。
「そうだな。新人も増えている」
俺が答える。オリバーやメリナ、それにポールがそうであったように、自分の技能を生かすために冒険者になるのではなく、冒険者になること自体を目的として都市に上ってくる若者も多い。冒険者そのものの需要があることはもちろん、それによって培った経験や人脈は何をする上でも本人の糧になることだろう。
「魔物というのもすっかり人間の獲物になってしまったようだな」
ゴルド卿が通りを見てつぶやく。魔物の肉や毛皮は一般市場にも多く出回るようになった。そもそも昨夜の宴席でごちそうになった巨大イノシシも、どちらかといえば魔物の領域に片足を突っ込んでいるような存在である。
魔物の力は未だに驚異であり、一攫千金を目論んで未開の地に踏み入れたモグリの自称冒険者が、命を落としたり行方不明になったという話は絶えない。しかし、ギルドに所属する正規の冒険者や、一般の住民や旅人が魔物に襲われて死亡したという話は長いこと聞いていない。特につい先日、かの飛竜ですら犠牲者なしで討伐してのけたことは、人々を大いに勇気付けたようだ。
「しかし『異変』そのものがなくなったわけではありませんからね」
エルが言う。今年の春は穏やかだが、飛竜の襲撃の少し前あたりには激しい豪雨に見舞われた。幸い、畑の収穫はほぼ済んでおり、都市部でも昨年と同様の災害の教訓として備えた用意があったので被害は軽微だったようだが。俺が意識をなくして寝込んでいた間には、このあたりではめったに起こらない地震もあったらしい。
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「お、ゴルドの旦那!お久しぶりです!」
ギルド宿に入ると、真っ先にマスターがゴルド卿の巨体を認めてあいさつをした。
「トムたちから合流する話は聞いてましたがね、こんなにお早いとは」
マスターは席についたゴルド卿に、何も言わずに陶製のタンブラーを出して蒸留酒を注ぐ。以前、冒険者ギルドと縁のある錬金術工房に、卿が蒸留装置の設置費用を援助したことがある。それ以来、酒場のメニューに蒸留酒が加わったのだが、まだあまり馴染みがないのか注文する客は少ないようだ。かく言う俺も苦手なほうである。
「ああ。以前の探索は実を結ばなかったがな。今回は『鍵』がある」
「どうやら、エレナの嬢ちゃんが言ってたことは本当だったみたいですね」
俺が目を覚ました日の夜、酒の席でエレナが披露した説はマスターも聞いていた。冒険者を束ねる立場であり、また俺たちの冒険を早期から支援してくれていたマスターには当然伝えるべきなのだ。
「そうだ。アランとその『聖剣』、神狼の巫女たるライラ、彼女に導かれた第2の聖剣を振るうトムに、ここにはいないがアランが導いた第2の神狼が揃っている」
第2の神狼、すなわち猟犬であるアルフは、ギルド宿には入れないので馬小屋に置いている。今頃、馬丁が餌をやっている頃だろう。
「トムの奴、神官を辞めると言い出した時はどうなるかと思ったんですがねぇ。今や戦士としても一人前で、癒し手としての腕も未だに健在。さすが、旦那の見込んだ男だ」
「お前も、優秀な若者を多く育ててくれたな。オリバーやメリナの話はトムから聞いておるぞ。それに、今酒場にいる者たちだってそうだ」
「ま、俺としては現場で剣を振るいたかったんですがね。こっちのほうが性に合ってたようで」
夜更けの酒場には熟練の冒険者の姿が目立つ。装備も振る舞いも、2年前と比べると格段に洗練されている。飛竜の襲撃を真っ向から受け止めて、誰一人として命を落とさなかった猛者たちである。
「俺は子供には恵まれなかったんですがね、息子のように若い奴らが育つのを見るのはいいもんですね」
「わしはな、今となっては未来ある若者のために盾となって散れば本望だと思うようになったよ」
「まさか!旦那が死ぬだなんて、冗談はよしてくださいよ。あと20、いや30年は早えや」
久しぶりに再会した大の男たちが、酒を酌み交わしながら過去と未来を語る様を、俺たちは静かに見守っていた。
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