トムとライラの道中記 ~挫折ヒーラーとウェアウルフ少女の物語~

矢木羽研

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本編

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「おう、トム!頼まれてた盾は仕上がったぜ!」
翌朝、職人街に顔を出すと馴染みの職人が声をかけてきた。

「これが飛竜の骨で作った盾か」
手にとって調べてみる。飛竜の骨を寄木細工よせぎざいくのように組み合わせて一枚の板を作り、そこに細かい鱗のついた革を貼り合わせて作ったものだ。そして、金属製の盾とは比べ物にならないくらい軽い。

「なるほどな。これなら左手で盾を持ったまま『弓』を構えることもできそうだ」
俺が治療術や、それを反転した術を飛ばす場合、左手を突き出して見えない弓を構えるような動作をとる。その妨げになるために、先日の飛竜襲撃の際は盾を持たなかったのだが、これなら最前線で身を守りながら構えることができそうだ。

「約束通りもう1枚仕上げたが、誰が持つんだ?」
「そうだな、アランはどうだ?」
前衛のうち、ゴルド卿は先祖伝来の盾を、エルは神殿からたまわった盾を持っている。いずれも現在の技術では再現できない神秘的な力を持った盾だ。それに対してアランの持つ盾は未だに量産品のままであった。

「いいんですか?」
「ああ。聖剣の勇者ならば、それにふさわしい盾が必要だろう」
聖剣の勇者の英雄譚には竜退治がつきものである。結果的には俺がその役目を果たしてしまった形なのだが、アランほどの者が竜の盾を持つのにふさわしくないわけがない。

「本当だ、すごく軽い!これなら盾を持ったままでも剣を十分に振るえそうです!」
さっそく盾を構えて興奮気味に語る。

*

「あたいの短刀もできたようだね」
「ああ。一番丈夫な翼爪よくそうをそのまま使ったものだ」
イザが受け取ったその短刀は、鞘や握りにも竜革があしらわれていた。研ぎ澄まされた刀身を確認すると、彼女は満足そうに懐に納めた。

「他のも思っていたより早く完成したぞ。飛竜討伐の報を聞いて職人たちが集まってくれたからな」
「へえ、飛竜の革ってこんなに柔軟性があるのね」
細い革で編み上げられた真紅の腕輪を手にとった彼女が言う。さっそく両腕に着けた。
「これは彼氏さんの分だ。竜革は裏と表で色が違うんだぜ」
「もう、そんな大きな声で言わないでよ」
彼女のものとは対象的な深緑のそれを、照れくさそうにポーチにしまった。

「エル、お前の鎧も直しておいたぞ」
「ほう、ずいぶん贅沢に鱗を使ってくれたな」
胸部のプレートに全面的に鱗が貼り合わされている。傷を修復するために叩き直して、薄くなったところを鱗で補強したという形である。

*

「そしてライラ。これが首飾りだ」
大きな鱗が1枚、その左右に小さな鱗が2枚ついたペンダントを手にとって、彼女が目を輝かせる。
「ま、防具というよりお守りみたいなものだがな。その紐は竜のけんだから、ちょっとやそっとじゃ切れないぜ。ほら、トムの分もあるぞ」

さっそく、ライラと一緒に首にかけた。
「よく似合ってるじゃねえか、無事に帰ってきてくれよ。結婚式には顔を出してやるから」
「まったく、気が早すぎるぞ」
「私はいつでも待ってるからね」

*

「最後にゴルド卿。頼まれた物ではありませんが、竜革で帯をお作りしました」
「ほう、これは……」
「せっかく元のパーティが揃ったんですから、飛竜から作った揃いの武具を身に着けて出発するのもいいものでしょう」
「お心遣い、誠にかたじけない」

**

中央都市にはもう一日だけ滞在して、消耗品などの準備を整えた。そして翌朝、俺たちは東門に集まった。

「ここから最短距離で一直線に魔の山を目指す。森に入ったら馬は返しておいてくれ」
ゴルド卿が改めて指示を出す。最短距離で東に向かう場合、川沿いの森を渡る必要がある。森は細道しかないので、馬に乗ったままでは進めない。そこで、乗り捨てた馬を送り返すための者を同行させる必要があるのだ。

「川を渡る橋は先日の大雨と地震で落ちたと聞いていますが、あなたがたなら大丈夫ですね」
「問題ないわ。それに、ちょっと試したいことがあるのよ。橋は修理するつもりだと伝えておいてね」

俺がパーティを離脱した後、修理する手段も飛び越える手段もないのに直進路を取ろうとしたことを思い出して苦笑した。しかしエレナがいれば魔術で飛び越えれば済む話なのに、わざわざ修理するとはどういうつもりだろうか。

*

「それでは、馬たちはお預かりしました。お気をつけて!」

相変わらず穏やかな道中で、すぐに森の入口に着いた。ギルドの馬丁に追われていく馬を見送る。よく人になれた馬たちで、おとなしく元の道を引き返していった。それにしても、ライラはいつも馬と別れる時に名残惜しそうにしている。

「では、行くぞ」
ゴルド卿とアランが先頭に立ち、繁茂した下生えを切り開きながら獣道を進んでいく。イザとライラが警戒をしているが、魔物の気配はほとんどない。怪鳥らしき影を見たが、こちらの様子に気づくとすぐに飛び去っていった。
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