日曜の昼は後輩女子にパスタを作る

矢木羽研

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本編

サワディー!ケチャップベースのパッタイ風

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「先輩、サワディー!」

今日も後輩がやってきた。聞いたこともないあいさつと共に。

「ん、なんだって?」
「サワディー、ですよ。タイのあいさつ!」
一体、なぜ彼女は急にタイ語を使ったのだろうか。その謎はすぐに解けた。

「先輩、この前はカレーありがとうございました。大変おいしかったです。それで、これはお礼です!」
「おお、ナンプラーか」
「実家にあったんですよ。去年のお中元に入ってたけど使う機会がなかったって。先輩なら有効活用できるかなーって」

ナンプラーといえば、テレビクッキングなどで見て買ったのはいいが、それっきり持て余す調味料の代表格だ。

「先輩、ナンプラーってどう使えばいいんですか?」
「まあ、基本は魚醤だからな。醤油の代わりに使ってもいいんだぞ。炒めものとか、生卵や豆腐にかけたりとか」

普段使わない料理のために買った特別な調味料は、特別な用途しかないと思いがちであるが、材料や製法を見て考えれば使い道はいくらでもあるものである。

「でも先輩、せっかくだからもっとタイらしい使い方できませんか?パスタとかでも!」
「相変わらず無茶だなぁ。ま、ありあわせで良ければなんとかするぞ」
「ほんとですか!言ってみるものですねぇ。パッタイっぽいやつとか作れます?」
彼女は目を輝かせる。

「パッタイ、食べたことあるのか?」
「いえ、無いんですけど、この前ラジオで聞いたので一度食べてみたかったんですよね」
「そうか、俺のはあくまでパッタイ"風"だけどな。今回は材料が多いから、先に並べてみるぞ」

俺は冷蔵庫から材料を取り出す。もやし、ネギ、ニラ、干しエビ、たくあん。それにケチャップとチューブにんにくだ。
もやしとニラは日持ちしないが、安くて栄養豊富なので買い物に行くたびに補充するので、冷蔵庫にあることが多い。

「本当は豚肉でもあるといいんだけどな、ま、これでも形になるだろう」

*

「それじゃ、茹でるお湯よろしくな」
「はーい」

すっかりお湯を沸かす係が定着した。俺は今のうちに下ごしらえだ。
まずは干しエビを大さじ2杯分取り出し、ひたひたのぬるま湯に漬けて戻しておく。動物性の具は他に入らないのでやや多めだ。

「先輩、パスタの種類は?」
「いつもの細めのやつでいいぞ」
「わかりました、1.4ミリのスパゲッティーニですね!」
本来のパッタイは幅広の米粉麺なのだが、形が似ているからと言ってフェットチーネを使ったりしたら歯ごたえが強すぎるだろう。

*

続いて材料を切る。ネギはみじん切り、ニラは3センチ程度に、たくあんはイチョウ切りに。
「先輩、パッタイにたくあんなんて入れるんですか?」
「ああ、本場でも似たような漬物があるらしい。日本でレストランを開業したタイ人にも聞いたんだが、たくあんでも代用できるそうだ」

続いて合わせ調味料を作る。ケチャップとナンプラーを大さじ1杯ずつ、タバスコ数滴をふりかけてよく混ぜる。スイートチリソース風だが、砂糖はまだ入れない。

*

フライパンに油を引き、みじん切りにした長ネギを1本分、弱火でじっくり炒めていく。
「本来はエシャロットを使うみたいだが、まあ似たようなもんだろ」
おそらく詳しい人が見たら突っ込まれると思うが、ありあわせで作る料理とはこういうものである。

色がついてきたらチューブから絞り出したにんにくを加える。最近では、後輩はにんにくが駄目な日は自己申告するようになったので、俺は遠慮なく使うようにしている。

「いい匂いですねえ」
「だろ?パスタもそろそろかな。炒めるから少し早めがいいぞ」
「わかりました、茹で汁はどうします?」
「今回はいらないかな。野菜の水分とエビの戻し汁がある」

パスタを入れる前に、フライパンに油を少し足して、刻んだたくあんともやしを1袋放り込む。もちろん洗ったり尻尾を取ったりはしない。そのくらい俺は現代日本の食品衛生を信頼しているのである。

「そろそろパスタを入れてもらえるか?」
「はーい」
もやしに火が通ったあたりで茹でたパスタを投入し、さらに干しエビを戻し汁ごと入れ、先ほど作った合わせタレを加える。

「もう火は通ってるからな。あとは炒めながら味をなじませていくんだ。鍋肌にナンプラーを垂らして香り付けして、最後にニラを入れて、と。よし、こんなもんだろ!」

完成したパッタイ風スパゲッティを、2枚の皿に盛り付けた。

*

「それじゃ、いただきます!……うーん、ケチャップベースだけどナポリタンとは全然違いますねぇ」
「俺なりに再現したパッタイソースだからな。味変にはいつものタバスコと……これに粉チーズは合わないな。代わりにこれを試してみてくれ」
俺はレモン汁とナンプラー、一味唐辛子、そしてスティックシュガーをテーブルに並べた。

「先輩、砂糖買ったんですか?」
「いや、コーヒーをテイクアウトした時にもらったやつだ。たまに使うくらいならそれで十分だからな」
「意外とセコいというか、しっかりしてるというか……」
一人暮らしだと使う機会のない調味料は持て余しがちである。利用できるものはなんでも利用するのだ。

「それはいいとして、タイ料理、店で食べたことはあるか?」
「うーん、キッチンカーでグリーンカレーを買ったくらいですかね。本格的なお店は無いかも」
「タイ料理屋ではな、テーブルの上に4つの調味料があるんだ。ナンプラー、酢、粉唐辛子、そして砂糖!」
ここまで口にして、初めてタイ料理屋に行ったときに白い粉を塩と間違えたのを思い出した。

「それにしても砂糖ってちょっと意外ですね。タイ料理って辛くて酸っぱいイメージですけど」
「確かにそれもそうだけれど、唐辛子の辛味と酢の酸味、ナンプラーの塩味に加えて、砂糖の甘味も重要になる」
「例えばお酢や唐辛子で味変するみたいに、砂糖も料理に入れたりするんですか?」
「そう!中華でも酢や辛味は使うが、食卓で砂糖を使うのはタイ料理以外では珍しいかもな」

タイ料理屋で砂糖を使うことを覚えてから、喫茶店のテーブルにあるコーヒー用の砂糖を、ナポリタンやミートソースにかけてみたことがある。
マスターに見られたら怒られそうだが、甘味がコクを引き立ててひと味変わるというのは不思議な体験だった。それ以来、自分で作るときも甘味を重視するようになったのだ。

「ちなみにタバスコの原料はキダチトウガラシという分類で、タイで使うプリッキーヌに近い品種なんだ。だからタイ料理にも合うんだな」
「へえ、考えたこともなかったです」
「ついでに沖縄の島唐辛子も同じ仲間だから、覚えておくと役立つかも知れないぞ」
島唐辛子を泡盛に漬けたものが「高麗胡椒(コーレーグース)」である。文字を見れば想像できるように、本来は唐辛子そのものの名称のようだが。

「というわけで、色んな味付けを試してみてくれよな。はっきり言ってそのままだと未完成の味だと思うから」
「はーい!」

**

「ごちそうさまでした!結構ボリュームあったんですけど、ぺろっと食べちゃいましたね」
「ああ、パスタの量はいつもどおりだけど、もやしを多めに入れたからな。腹には溜まらないだろう」

「それにしてもナンプラーって、もっとクセがあるイメージでしたけど、意外とそうでもないんですね」
「そうだな。パスタにこだわらず、普通の野菜炒めにしてもいけるぞ」
「ナンプラー、もう1瓶あるので私も色々試してみますね。それじゃまた明日!」

*

彼女を見送ってふと思う。今はどうだか知らないが、親たちの世代ではタイ料理というのは男性受けが悪かったと聞く。思うに、「食べながらのアレンジ」というのは、普段料理をしない人にとっては苦手なんだと思う。胡椒を振る程度ならまだしも、本格的なタイ料理では砂糖やナンプラーすらも食べる側が加減する前提となっているのだ。

手料理でも外食でも、タイ料理を一緒に美味しいと言って食べてくれる、つまり食に対する意識や好みが合う人というのは貴重であると、改めて実感する。これからも彼女の喜ぶ顔を見るために、色んな料理を作ってやるとしよう。
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