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本編
彩りのカモミールクリームソース
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2024年3月21日(木)
「おはようございまーっす!……あれ、珍しいですね、お花なんて飾って」
今日もやってきた後輩は、食卓に飾られた花にすぐ気付いた。花瓶なんてものはないので、酒の一合瓶に挿しただけのものだが。
「おはよう、食べるつもりで買ったんだけど、きれいだから飾っておくのもいいかと思ってな」
「へえ、食用なんですね。なんとなく見覚えはあるんですけど、なんていう花でしたけ?」
「これはカモミール。ハーブティーにするやつだな」
ティーバッグのカモミールティーは何度か飲んだことがあるが、生のカモミールを間近で見たことはあっただろうか。まして、野菜売り場で食品として売っているとは思わなかった。
「それじゃ、先輩もお茶にするために?」
「それもいいけど、試してみたい料理があるんだ」
「もしかしなくても、パスタですね?」
「当たり! さっそく作るか!」
こうして、今日も料理の時間が始まる。
*
「一応聞くけど、アレルギーは大丈夫だよな?」
「ええ、カモミールティーなら何度か飲んだこともあるので」
カモミールを含むキク科の植物にアレルギーを持つ人も少なくないというので、確認は大事である。
「今日はワンパン調理だからな。がっつり食うようなものじゃないから、合わせて200グラムでいいか」
「ということは、お水は550mlってとこですね」
ワンパン調理で使う水分の基本は、乾麺の2倍+150mlである。調理環境にもよるのであくまでも目安であるが。
「だな。ここにカモミールの茎を入れて煮出していく」
瓶から1本を引き抜いて水洗いし、花の部分を取り除いてざっくり3等分した。
「花は使わないんですか?」
「花はそのまま食べられるから、後で乗せようと思う」
カモミールの花はやわらかくてそのまま食べられる。一方で、葉や茎のほうは香りは良いのだが食べるのには向かないと思った。
「なるほど、つまりカモミールティーでパスタを煮込むようなものですね」
「そうそう。このフライパンだと色がわかりにくいけどな」
きっと、白いフライパンで作ればお湯が鮮やかな黄色になっているのがわかるはずだ。
「ワンパンだとくっつかないようによく混ぜるんですよね」
「ああ。ちょっと材料用意してもらえるか。冷蔵庫から牛乳とバター、あとコンソメだな」
「はーい」
ワンパン調理は火が通りやすいほうが安定するので、1.4ミリの細めのスパゲッティーニを選んだ。俺がフライパンをかき混ぜている間、彼女は言う通りに材料を取ってきてくれた上に、言われなくても秤を持ってきてくれた。
「バターは40グラム。まだ入れないけどな」
「結構使いますね。牛乳と混ぜて生クリームにするやつですね」
「そうそう。牛乳は120mlだ」
バターと牛乳による疑似生クリームは、容積比で1:3が基本。バターは牛乳より軽いので、重量比で1:3だとバターがやや多めになる。本来のクリームソースはバター+生クリームで作るので、このくらいでちょうどいいと思う。
*
「だいぶ煮詰まって来ましたね。バターとか入れますか」
「だな。葉っぱは取り除いておくか」
弱火に落として、バターと牛乳を少しずつ入れていく。コンソメはよく混ざるように包丁で刻んで砕いておいた。カモミールを使うのは俺にとっても未知の体験なのだが、コンソメさえ入れておけば味で致命的な失敗をすることもないだろう。
「材料はシンプルですけど、かなりの香りですね」
溶けたクリームソースをスプーンで味見をして彼女が言う。
「ハーブの香り全開だからな。好みが分かれるところかも知れない」
何度も一緒に食事をしている彼女の味の好みはよくわかっているのだが、好みがわからない人に初見で出すのは難しい料理である。ましてスタンダードな調理法ですらないのだから。
「私は十分ありですけど! 先輩の料理に慣らされちゃったってのもあるかもですが」
「結構変わりものも食わせたからなぁ。いつも美味しく食べてくれてありがとな」
「いえいえ、私もいつも楽しみにしてるので!」
一緒に暮らすにあたって、味の好みの一致というのは非常に大事だと色々なところで聞かされている。その点では、俺たちは問題なさそうなのが嬉しい。
*
「そろそろですね」
クリームソースが煮詰まってきた。そろそろ仕上げだ。
「ああ。そうだ、カモミールの花をいくつか摘んできてもらえるか。仕上げにトッピングするんだ」
「はーい。他の茎のところはあとでお茶にでもしましょうかね」
パスタを皿に盛り付けたところに、彼女が花をトッピングする。ついでなので、取り除いたカモミールの茎も飾り付けに添える。
「春の花のクリームソース、完成!」
「こんなこと言っちゃアレですけど、先輩のパスタとは思えないほどかわいいですね。写真撮っちゃおっと」
いつになく「映える」見た目に、後輩のテンションも上っているように見える。
「それじゃ、いただきます!」
*
「カモミールの花を見てると思い出すんですよね。小さい頃、春になると近所の公園でこれに似た花を摘んで遊んでました」
味変として提案したレモン汁をかけたりしつつ、パスタを満喫する彼女がふと口に出した。
「ハルジオンか、ヒメジョオンかな。カモミールとは同じキク科の仲間だな」
スマホを開いて検索した画像を出す。
「これこれ! 真ん中が黄色くて白い花びらがかわいいんですよ」
「俺のところでは、なぜか貧乏草って呼ばれてたな」
「えー、なんだかちょっとひどいですね。先輩は春の花の思い出とかってあります?」
「そうだなあ、一番はクローバーかな。四つ葉を探したりもしたけど、シロツメクサの花も好きだった。モンシロチョウが飛んできたりしてな」
今となっては、蝶は野菜の害虫という印象も強くなったので素直に見られなくなってしまったのだが、春の風景としては単純に美しいと思う。
「いいですねえ、後でお散歩でも行きましょうか。天気もいいですし、春を探しに!」
「そうだな。引っ越したらこのあたりに来ることも少なくなるだろうし」
日差しに誘われて、小さい春を探しに行く。そんな穏やかな昼下がりの時間が、いつか素敵な思い出になることだろう。
「おはようございまーっす!……あれ、珍しいですね、お花なんて飾って」
今日もやってきた後輩は、食卓に飾られた花にすぐ気付いた。花瓶なんてものはないので、酒の一合瓶に挿しただけのものだが。
「おはよう、食べるつもりで買ったんだけど、きれいだから飾っておくのもいいかと思ってな」
「へえ、食用なんですね。なんとなく見覚えはあるんですけど、なんていう花でしたけ?」
「これはカモミール。ハーブティーにするやつだな」
ティーバッグのカモミールティーは何度か飲んだことがあるが、生のカモミールを間近で見たことはあっただろうか。まして、野菜売り場で食品として売っているとは思わなかった。
「それじゃ、先輩もお茶にするために?」
「それもいいけど、試してみたい料理があるんだ」
「もしかしなくても、パスタですね?」
「当たり! さっそく作るか!」
こうして、今日も料理の時間が始まる。
*
「一応聞くけど、アレルギーは大丈夫だよな?」
「ええ、カモミールティーなら何度か飲んだこともあるので」
カモミールを含むキク科の植物にアレルギーを持つ人も少なくないというので、確認は大事である。
「今日はワンパン調理だからな。がっつり食うようなものじゃないから、合わせて200グラムでいいか」
「ということは、お水は550mlってとこですね」
ワンパン調理で使う水分の基本は、乾麺の2倍+150mlである。調理環境にもよるのであくまでも目安であるが。
「だな。ここにカモミールの茎を入れて煮出していく」
瓶から1本を引き抜いて水洗いし、花の部分を取り除いてざっくり3等分した。
「花は使わないんですか?」
「花はそのまま食べられるから、後で乗せようと思う」
カモミールの花はやわらかくてそのまま食べられる。一方で、葉や茎のほうは香りは良いのだが食べるのには向かないと思った。
「なるほど、つまりカモミールティーでパスタを煮込むようなものですね」
「そうそう。このフライパンだと色がわかりにくいけどな」
きっと、白いフライパンで作ればお湯が鮮やかな黄色になっているのがわかるはずだ。
「ワンパンだとくっつかないようによく混ぜるんですよね」
「ああ。ちょっと材料用意してもらえるか。冷蔵庫から牛乳とバター、あとコンソメだな」
「はーい」
ワンパン調理は火が通りやすいほうが安定するので、1.4ミリの細めのスパゲッティーニを選んだ。俺がフライパンをかき混ぜている間、彼女は言う通りに材料を取ってきてくれた上に、言われなくても秤を持ってきてくれた。
「バターは40グラム。まだ入れないけどな」
「結構使いますね。牛乳と混ぜて生クリームにするやつですね」
「そうそう。牛乳は120mlだ」
バターと牛乳による疑似生クリームは、容積比で1:3が基本。バターは牛乳より軽いので、重量比で1:3だとバターがやや多めになる。本来のクリームソースはバター+生クリームで作るので、このくらいでちょうどいいと思う。
*
「だいぶ煮詰まって来ましたね。バターとか入れますか」
「だな。葉っぱは取り除いておくか」
弱火に落として、バターと牛乳を少しずつ入れていく。コンソメはよく混ざるように包丁で刻んで砕いておいた。カモミールを使うのは俺にとっても未知の体験なのだが、コンソメさえ入れておけば味で致命的な失敗をすることもないだろう。
「材料はシンプルですけど、かなりの香りですね」
溶けたクリームソースをスプーンで味見をして彼女が言う。
「ハーブの香り全開だからな。好みが分かれるところかも知れない」
何度も一緒に食事をしている彼女の味の好みはよくわかっているのだが、好みがわからない人に初見で出すのは難しい料理である。ましてスタンダードな調理法ですらないのだから。
「私は十分ありですけど! 先輩の料理に慣らされちゃったってのもあるかもですが」
「結構変わりものも食わせたからなぁ。いつも美味しく食べてくれてありがとな」
「いえいえ、私もいつも楽しみにしてるので!」
一緒に暮らすにあたって、味の好みの一致というのは非常に大事だと色々なところで聞かされている。その点では、俺たちは問題なさそうなのが嬉しい。
*
「そろそろですね」
クリームソースが煮詰まってきた。そろそろ仕上げだ。
「ああ。そうだ、カモミールの花をいくつか摘んできてもらえるか。仕上げにトッピングするんだ」
「はーい。他の茎のところはあとでお茶にでもしましょうかね」
パスタを皿に盛り付けたところに、彼女が花をトッピングする。ついでなので、取り除いたカモミールの茎も飾り付けに添える。
「春の花のクリームソース、完成!」
「こんなこと言っちゃアレですけど、先輩のパスタとは思えないほどかわいいですね。写真撮っちゃおっと」
いつになく「映える」見た目に、後輩のテンションも上っているように見える。
「それじゃ、いただきます!」
*
「カモミールの花を見てると思い出すんですよね。小さい頃、春になると近所の公園でこれに似た花を摘んで遊んでました」
味変として提案したレモン汁をかけたりしつつ、パスタを満喫する彼女がふと口に出した。
「ハルジオンか、ヒメジョオンかな。カモミールとは同じキク科の仲間だな」
スマホを開いて検索した画像を出す。
「これこれ! 真ん中が黄色くて白い花びらがかわいいんですよ」
「俺のところでは、なぜか貧乏草って呼ばれてたな」
「えー、なんだかちょっとひどいですね。先輩は春の花の思い出とかってあります?」
「そうだなあ、一番はクローバーかな。四つ葉を探したりもしたけど、シロツメクサの花も好きだった。モンシロチョウが飛んできたりしてな」
今となっては、蝶は野菜の害虫という印象も強くなったので素直に見られなくなってしまったのだが、春の風景としては単純に美しいと思う。
「いいですねえ、後でお散歩でも行きましょうか。天気もいいですし、春を探しに!」
「そうだな。引っ越したらこのあたりに来ることも少なくなるだろうし」
日差しに誘われて、小さい春を探しに行く。そんな穏やかな昼下がりの時間が、いつか素敵な思い出になることだろう。
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