6 / 10
5.アンダワ
しおりを挟む星が消え、灯りはエリカが杖先に灯した小さな光だけ。
しんとした暗闇の中で、ずっと話をしていた。家族の話がほとんどだった。
喉の渇きを覚えるころ、ふと、どちらともなく黙って耳を聳そばだてた。
―――――足音がする。
「……そこにだれか、いるのですか? 」
問いかけてきたのが淡々とした子供の声だったので、ぼくらは困惑して互いに手を強く握り返す。
「ここはどこですか? 」
「……ああ、よかった」感情の色がしない子供の声は不気味だ。電話案内の音声に似ていて、心から『よかった』と言っているような感じはしない。
「……ついてきてください。ここには誰もいないのです。ぼくが気が付いてよかった」
ガサガサと草が動く気配がする。声の主が先導して移動を始めたのだ。
エリカがぼくの袖を引いた。
「行きましょう。……たぶんここは、まだ『本の国』の中よ」
「『どこか』じゃあないの? 」
「『本の国』には、外からの攻撃を防ぐために結界が張ってあるんですって。異世界人の侵入を防ぐ結界よ。扉をくぐったとき、いつもと少し違ったわ。きっと、その結界ってやつに当たったのだと思う。理論的に考えて、わたしの力で管理局の結界を破れるわけがないもの」
「じゃあここは、管理局所有の施設のひとつってことかな」
「……その通りです」
「ギャッ! 」
「エリカ!? どうしたの! 」
「なんでそんなに近くにいるの! さっきまであっちにいたじゃない! 」
「……ごめんなさい。ついてきていないようだったので……でも、ほんとうに、ここにはぼくしかいないんです。ぼくと離れたら帰れなくなります。ぼくは、あまり人と会ってはいけないのです。ここから出てもらわないと、ぼくはとても困ります。あなたたちも、きっと怒られると思うのです。困ります……」
「あまり明かりをこちらに向けないでください。音を頼りにぼくのあとをついてきてくれると助かります」
そんな不思議な指示に従って、杖明かりを足元に向け、ぼくらは先導者の姿を見ないようにして歩き出した。
足が埋まるほどよく繁った草の影のおかげで、相手のかかとすら見えない。ぼくらは指示通り、前方の足音と気配を頼りにあとを追った。
二百歩ほど歩いて行き止まりに辿り着く。それが広いのか、思っていたよりも狭いのか、ぼくにはまだ判断がつかない。
『……少し、ここで待っていてください。具体的には四十秒ほどです』
ふいに目の前の壁の一部が、淡い緑色に発光した。誘導灯だろうか。しばらくぶりに隣のエリカと目をあわせ、首をかしげる。
「誰もいない……どこに行ったんだ……? 」
「待ちましょう。……ちょっと不気味だけど」
どこかにあるスピーカーが咳払いをするように唸り、あの『声』がする。
『お待たせしました。どうぞお入りください』
プシュ、と目の前のライトがスライドして、ぼくらへ四角い口を開ける。
「通路を明かりに従って進んでください」
内部は人工的な白い壁面がまっすぐ続いており、扉にあったのと同じ薄緑の誘導灯が、ラインになって伸びている。
踏み入れてすぐに植物と土の香りが消え、人工物の中にいるという実感がする。微かな空調の駆動音。適温に保たれた清潔な空間。ここは、隅々まで管理しつくされた建物だ。
明らかに外よりも長く廊下を歩かされた。道はひたすらまっすぐで、後ろを振り返ると小さく入口が見える。
ようやくたどり着いた扉は、入口と全く同じつくりだった。
プシュ
扉が開く。
薄緑に照らされた薄暗い室内だった。壁が楕円を描き、吹き抜けのある二階構造になっている。中心に、貯水槽に似た円柱型の物体があった。その上に、今度は分かりやすくスピーカーがあり、あの声がする。
『……おつかれさまでした。管理局の渡航管理部門に連絡したところ、あなたがたの身元の確認も終えています。エリカ=クロックフォードさん、ニルさん。迎えが来るまで、もう少々お待ちください』
手が早い。
いや、あの爆発だ。あちこちに連絡がまわっていた可能性もある。
ぼくはあの塾の生徒だし、彼女はあの塾が目的地だった。管理局側が探していたとしても、何もおかしくない。
「すこし訊いてもいいかな。ここって、どういう施設なんですか? 」
『管理局の訓練実験施設です。人が多い都市部ではできない実験をするため、郊外にあります』
道案内のときと違い、回答がよどみない。ほんとうに案内音声のようだ。スマホの音声認識の人工知能も、たしかこんなふうな喋り方をしていた。
『いまは施設内に危険物はないので安心してください。実験もおこなっていません』
「そんなところで、あなたは何を……あ、いや、すみません」
『いいえ。かまいません。質問してください。答えられないことはあまりありません。ここはいま、ぼくが、ひとりで暮らしています。寝室兼学校で、ぼくはイレギュラーです。訓練をしないと、外に出ることができません。ぼくは、おとうさんとおかあさんと、おにいさんと離れて、ひとりでここで暮らしています。ほかの人がいると、訓練ができないので』
「じゃあ……ぼくらは訓練の邪魔をしてしまったんだね」
『いいえ。ぼくの訓練は、ふつうの生活を送ることです。こういったトラブルを、できる範囲で解決することも、ぼくの訓練になります。ぼくは、ほかの人と顔を合わせてふつうの生活をできるようにならないと、家族と暮らすことができませんから』
「名前を聞いても? 」
『…………』
スピーカーが沈黙した。
「……ごめん。聞いてはいけないことだったんだね」
『……いいえ。違います。ぼくの姿を見ると、あなたはおそらく、経験上、あまり良い気がしません。それで』
「名前を言うのも憚られる? 』
『……はい。そうです。ぼくの名前を、あなたが知っているかはわかりません。でも、きっと、会うのはこれで最後だとおもいます。あなたが嫌なきぶんになることは無い』
「ねえ、いいかしら。その『あなた』というのは、ここにいるニルだけを指しているのではなくて? 」
沈黙してぼくらの会話を聞く体制だったエリカが、天井を見上げて言った。
『はい』
「なら、嫌なきぶんに『なるかもしれない』のはこの人だけってことでしょう? わたし、恩人の名前も知らないのは嫌です。マナー違反だわ」
腰に手をあてて、ふんぞり返るようにも見える恰好で彼女は言う。
「ちょっと、エリカ……」
「それに、この人だってそうよ。嫌なきぶんになるかもしれないのは、貴方がわたしたちを助けてくれた恩人だってことと、なんの関係もないことよ。不快に思ったとしても、この人は失礼な態度を取ったりはしないと誓うでしょう。違うかしら」
「まあ、そうだけど……マナーとしては、そりゃあ、ぼくらはお礼を言う立場だから」
「そうよ。その通り。わたしもイレギュラー。外から来た人間です。そこは貴方と同じです。名前が駄目ならお年は? おいくつなの」
『……ことしで13歳です』
「ねえニル、貴方、12歳って言っていなかった? わたしはもうすぐ9歳になるわ。お兄さんね」
「うんそうだね。って、あのね、エリカ。人には事情というものが」
「事情? ここにはひとつの事情しかないわ。わたしは貴方にお礼が言いたい。そして、恩人の名前を死ぬまで覚えておきたい。魔女は約束を違いません。恩は死ぬまで忘れず、必ず返す。これもわたしの事情ですわ。ですから、そう……わたしには、名前を教えてくださらないかしら。できればお顔を見てお話もしたいけれど」
「あ、あのねぇ! これは―――――」
「残念ながら、わたしまだこの世界のマナーは修めていません。無礼でしたら、多めに見てくださるとうれしいわ。でもわたし、ここで一人でも味方がほしいの。9歳の女の子が一人、うまくやっていくには、まずお友達をほしいのね。ニル、貴方が一号。目の前にはもう一人、お友達になれそうな人がいるわけよね。お友達になるには、お話するときにお互いを呼び合う必要があるわね。わたしはエリカ。貴方はニル。それで貴方は恩人さん。……ねえそれって……。ああ、何を言いたかったのかしら。そう、わたしは魔女のマナーなら完璧なの。それによると、恩人の名前は死ぬまで覚えておかなくては。ニル、もちろん貴方もよ。わたしのこと、庇って逃げてくれたもの。あれはすごかったわ。とても心強かったもの」
「エリカ、論点がブレブレだよ。それじゃあ屁理屈だ」
「あら。そう? そうでもないわ。論点は、『どうすれば恩人の名前を握れるか』だもの」
「にぎ……っ!? ブレるどころか脱線してるじゃあないか! 」
「あら。魔女だからって、誓って恩人に名前を握って呪いをかけたりはいたしませんわ。感謝の気持ちに、簡単なおまじないはするつもりだけど。貴方にもするわよ。それが魔女のマナーだもの」
『マナー……そう、そうですね……』
ぼくの耳に、何かの前置きのようにしてスピーカーが口を開く。
『……そうですね。マナー……。それを考えていませんでした。助けたほうにも、マナーはありますよね。あなたたちは、顔も見えないぼくのあとを、信じてついてきてくれた。……そうですね。ぼくは訓練ばかりで、勉強不足だったようです。気が利かなくてすみません』
「あの……無理強いするつもりは無いんです。顔や名前を知られたくないのは察しています。そりゃあ、顔を言ってお礼を言えたらこっちはスッキリするけど、きみが不快に思ったら、それはお礼になりません」
『……いいえ』
語尾が揺れていた。
……笑っている?
『もうすぐ、お迎えが到着するそうです。その前に、顔を合わせて自己紹介させてください』
そう言って、スピーカーはぶつんと音を立てて沈黙した。
貯水槽に似たその物体は、『彼』の私室だったようだった。円柱の上部のランプが回転し、軽い音を立てて扉が横にスライドする。軽やかにいくつかの段差を降りてくる華奢な体には、『本』の装束を纏っていた。
真っ白な髪の下、血の気の無い白い貌の中、輝くように青い両眼が、緊張したようすで上目遣いにこちらをうかがっている。13歳には見えなかった。
「名前は……その。……ビス=ケイリスクと申します」
ぼくは、その顔をした人を知っていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました
小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。
しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!?
助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、
「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。
幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。
ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく!
ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー
レベル1の地図士は、世界の裏側を知ってしまった
あめとおと
ファンタジー
異世界に転移した主人公が得たスキルは【地図作成】。
戦闘能力ゼロ、初期レベル1。
冒険者ギルドでは「外れスキル」と笑われ、
新人向けの雑用クエストしか回ってこない。
しかしそのスキルは、
ダンジョンの隠し通路、未踏破エリア、消えた古代文明の痕跡まで“地図に表示する”
という、とんでもない能力だった。
生き残るために始めた地味な探索が、
やがて世界の秘密と、国家すら動かす大冒険へ――。
これは、
戦えない主人公が“冒険そのもの”で成り上がる物語。
同作品を「小説家になろう」で先行配信してます。
1歳児天使の異世界生活!
春爛漫
ファンタジー
夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。
※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる