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第三話 意外と高評価なんて謎ですね
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プリップル・フォン・ラウゼンは、侯爵家に通い始めて三日目にして悟った。
(ここ、居心地いい……)
理由は簡単だった。
誰も、彼女に何も期待していない。
掃除? しない。
勉強? しない。
社交? 必要最低限。
使用人たちは最初こそ戸惑っていたが、プリップルが本当に何もしないと理解すると、妙に扱いが楽になったらしい。
「プリップル様、お茶をお持ちしますか?」
「お願いします。濃いめで」
「かしこまりました」
変に気を遣わなくていい、というのは双方にとってありがたいことだった。
◇
一方その頃。
アデルバートは、執務室で異変を感じていた。
(……仕事が、進む)
静かだ。
誰も邪魔しない。
無意味な会話も、感情的な訴えもない。
これまで婚約候補として屋敷に出入りしていた令嬢たちは、何かにつけて彼の時間を奪ってきた。褒めてほしい、構ってほしい、不安だ、寂しい――すべて非合理的だ。
だが、プリップルは違う。
廊下で見かけても、
「こんにちは」
「……ああ」
それだけで終わる。
それなのに。
(なぜ、気になる)
気配がする。
邪魔ではないのに、存在はある。
アデルバートは、ペンを止めた。
「……無駄だな」
そう言いながら、彼は窓の外を見た。
庭の木陰で、プリップルが寝ていた。
堂々と。
クッションを抱えて。
(なぜ寝ている)
注意すべきだ。
そう判断し、立ち上がる。
だが、近づいてみると――
彼女は、驚くほど穏やかな顔をしていた。
計算も、企みも、焦りもない。
ただの、怠惰。
「……」
アデルバートは、何も言わずに踵を返した。
注意する合理性が、見つからなかった。
◇
その日の夕方。
「ねえねえ!」
コンティが、楽しそうにやって来た。
「侯爵様、最近機嫌いいよな!」
「そうなんですか?」
「仕事片付ける速度、上がってる!」
プリップルは紅茶を飲みながら頷いた。
「よかったですね」
「君のおかげだろ!」
「え、何もしてませんけど」
「そこだよ!」
コンティは指をさして笑った。
「何もしないのに、空気を悪くしないって才能だぞ?」
プリップルは少し考えた。
「褒められてます?」
「めちゃくちゃ!」
◇
夜。
アデルバートは、執務机に肘をつき、考えていた。
(彼女は、有害ではない)
結論は、それだった。
害がない。
要求がない。
感情を押し付けてこない。
合理的に考えれば、屋敷に置いておいて問題はない。
――問題は。
(なぜ、いなくなる想像をすると、落ち着かない)
それは、計算できない感情だった。
アデルバートは書類を閉じ、深く息を吐いた。
「……厄介だな」
その頃、プリップルは自室で布団にくるまっていた。
(ここ、ずっといられたらいいな)
玉の輿。
その目的は、まだ変わっていない。
ただし。
彼女はまだ、自分が「楽」を求めるあまり、
誰かの心を静かに侵食していることを、知らなかった。
(ここ、居心地いい……)
理由は簡単だった。
誰も、彼女に何も期待していない。
掃除? しない。
勉強? しない。
社交? 必要最低限。
使用人たちは最初こそ戸惑っていたが、プリップルが本当に何もしないと理解すると、妙に扱いが楽になったらしい。
「プリップル様、お茶をお持ちしますか?」
「お願いします。濃いめで」
「かしこまりました」
変に気を遣わなくていい、というのは双方にとってありがたいことだった。
◇
一方その頃。
アデルバートは、執務室で異変を感じていた。
(……仕事が、進む)
静かだ。
誰も邪魔しない。
無意味な会話も、感情的な訴えもない。
これまで婚約候補として屋敷に出入りしていた令嬢たちは、何かにつけて彼の時間を奪ってきた。褒めてほしい、構ってほしい、不安だ、寂しい――すべて非合理的だ。
だが、プリップルは違う。
廊下で見かけても、
「こんにちは」
「……ああ」
それだけで終わる。
それなのに。
(なぜ、気になる)
気配がする。
邪魔ではないのに、存在はある。
アデルバートは、ペンを止めた。
「……無駄だな」
そう言いながら、彼は窓の外を見た。
庭の木陰で、プリップルが寝ていた。
堂々と。
クッションを抱えて。
(なぜ寝ている)
注意すべきだ。
そう判断し、立ち上がる。
だが、近づいてみると――
彼女は、驚くほど穏やかな顔をしていた。
計算も、企みも、焦りもない。
ただの、怠惰。
「……」
アデルバートは、何も言わずに踵を返した。
注意する合理性が、見つからなかった。
◇
その日の夕方。
「ねえねえ!」
コンティが、楽しそうにやって来た。
「侯爵様、最近機嫌いいよな!」
「そうなんですか?」
「仕事片付ける速度、上がってる!」
プリップルは紅茶を飲みながら頷いた。
「よかったですね」
「君のおかげだろ!」
「え、何もしてませんけど」
「そこだよ!」
コンティは指をさして笑った。
「何もしないのに、空気を悪くしないって才能だぞ?」
プリップルは少し考えた。
「褒められてます?」
「めちゃくちゃ!」
◇
夜。
アデルバートは、執務机に肘をつき、考えていた。
(彼女は、有害ではない)
結論は、それだった。
害がない。
要求がない。
感情を押し付けてこない。
合理的に考えれば、屋敷に置いておいて問題はない。
――問題は。
(なぜ、いなくなる想像をすると、落ち着かない)
それは、計算できない感情だった。
アデルバートは書類を閉じ、深く息を吐いた。
「……厄介だな」
その頃、プリップルは自室で布団にくるまっていた。
(ここ、ずっといられたらいいな)
玉の輿。
その目的は、まだ変わっていない。
ただし。
彼女はまだ、自分が「楽」を求めるあまり、
誰かの心を静かに侵食していることを、知らなかった。
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