怠惰令嬢の玉の輿計画 昼寝してたら侯爵様と面倒なことになりました

糸掛 理真

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第五話 舞踏会は面倒で逃げ場がありません

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 プリップル・フォン・ラウゼンは、鏡の前で絶望していた。

「……立ってる時間、長くない?」

 王宮舞踏会。
 貴族なら避けて通れない、社交という名の修行場。
 しかも今回は――

「侯爵様の“婚約者候補”としてのご出席です」

 侍女の言葉が、重かった。

「聞いてない……」

「お伝えしました」

「聞いてない……」

 ◇

 舞踏会の会場は、きらびやかだった。
 音楽、光、笑顔、視線。
 プリップルは、入口に立った瞬間、後悔した。

(帰りたい)

 隣には、完璧な立ち姿のアデルバート。

「姿勢を正せ」

「無理です」

「……最低限でいい」

「努力します(しない)」

 ◇

 案の定、視線が集まる。

「あれが侯爵の……」

「随分と、はっきりした顔立ちね」

「噂の怠惰令嬢?」

 プリップルは、笑顔を貼り付けたまま、アデルバートに小声で言った。

「これ、何時間コースですか」

「二時間」

「死にます」

「我慢しろ」

 ◇

 そこへ救世主――と思しき人物が現れた。

「プリップル様!」

 セシリアだった。侍女服姿で、いつもより少し緊張している。

「よかった、知ってる人!」

「大丈夫ですか?」

「もう無理です」

 セシリアは困ったように微笑んだ。

「……少し、裏庭に出ますか?」

「神」

 ◇

 裏庭は静かだった。
 音楽は遠く、空気は涼しい。
 プリップルは即座にベンチに座り込んだ。

「生き返る……」

「舞踏会は、お嫌いですか?」

「立ってるだけで疲れます」

「正直ですね……」

 ◇

 しばらくして。

「……プリップル」

 低い声。
 振り返ると、アデルバートがいた。

「姿が見えなかった」

「逃げました」

「そうだろうな」

 怒ってはいない。
 ただ、少し――落ち着かない顔をしている。

「戻らなくていい」

「え」

「倒れられると、面倒だ」

「優しさですか?」

「合理性だ」

 ◇

 そこへ、最悪のタイミングで。

「おーい! いたいた!」 

 コンティが現れた。
  
「なあ侯爵様! さっき令嬢たちがさ!」

「何だ」

「“怠惰令嬢を連れてくるなんて趣味悪い”って!」

 空気が、凍った。
 プリップルは、別に傷つかなかった。
 昔から言われ慣れている。

「まあ、事実ですし」

 そう言って立ち上がろうとした、そのとき。

「――失礼だな」

 アデルバートの声が、低く響いた。

「彼女は、俺の客人だ」

 それだけだった。
 声を荒げたわけでもない。
 感情的でもない。
 だが、不思議と周囲が静まった。
 プリップルは、少しだけ目を瞬いた。

(……あれ)

 胸の奥が、ほんの少し、温かい。

 ◇

 舞踏会の終わり。

「今日は、助かりました」

 プリップルが言うと、

「倒れなかったからな」

「褒めてます?」

「評価はしている」

 それだけで、十分だった。
 プリップルは、まだ気づいていない。
 この舞踏会が、
 “玉の輿のための関係”から、
 少しだけズレ始めた合図だったことに。
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