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『生贄』同然? 異世界で総帥の妻にされて困っています?!?
(6)-(4)
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社長が入り込む感覚は、記憶を頼りに描かれたものではない。出ようとして、また奥に入り、出ようとして、また奥に入り――今、この時に繰り返されている。
捧げものの妻となったあの日から、毎夜毎夜、私は、社長に貫かれている。時には、機械装置に四肢を縛られ、夫である社長の思うがままに身体を弄られる。
文字で見た事ある。足を大きく開かされて、さらに膝を曲げさせられた状態で完全に固定されたまま行為に臨まされる……ファウンテで新婚生活を送る私には、そのような夜が訪れる事もある。
恥ずかしいと思う部分を隠す為に使う事もできる手は、当たり前のように、枷をはめられ動かせない。怪しげな薬を絶えず身体に注がれ、興奮冷める事が許されていない。
現代日本で、社長の妻となり、文学の舞台になりそうなレトロ洋館で身体を重ねる事はあったかもしれない。だけど、ここはファウンテ。
結婚したいと心から願った人と婚姻届を提出する事になったのは、異世界の地。
「しゃ、しゃちょう……あ、あ、あっ! は、はげしすぎます……ああっ! う、あ……あああっ!」
初めてのあの日の追憶から発されたものではない自分の声が、耳に入ってくる。
あたりに響く水が飛ぶ音が、社長の出入りの激しさをより感じさせてきて、気づくと腰や尻を浮かせていた。
自分が打ちつけられている音が、滴り流れる雫で濡れる。音を鳴らし、社長が、私の足の付け根を抉る。
私と社長の肌が触れる激しさが、ぐちゅっという音になって、何度も何度もあたりに響く。
ぐちゅっ……ぐちゅっ……
べっとりしている癖に水分を多く含んでいそう。
突く杭は、沼の泥にずぶずぶと絡まれているよう。絡まれているのに、杭は、大人しく底に呑まれる事はなく、泥沼であるべとべとの私の大切な部分から、すべてを掻き出すほど激しく動いている。そう、私の生み出す、ねっとりした雫の一滴まで、すべてが、社長のものとして扱われている――
「……天王寺先輩……身を揺らす事で、愛を伝えてくれて嬉しいよ……僕も、心地いい……はあ、はあ……手足を繋いであげないと、注がれる事を恥ずかしがってしまう君も愛おしいが……はあ、はあ……こうして、二人が同じ境地に立てる事、素直に幸せを感じる……このまま時と身体を重ねて、夫婦として生きていこう……二人で力を合わせ、ファウンテの地の……絶対的な支配者に……はあ、はあ……さあ、夫の僕と想いを重ねて……」
目を強く閉じたかと思ったら、社長は、身体を震わせた。
私の身の中心で、今、何が起こっているのか――改めて理解する必要はない。
注がれたものを受け取りながら、ソファカバーをぎゅっとつかんでいる私のおでこに、社長の手が触れる。果てた直後で少し汗ばんでいる手に、頬をゆっくりと撫でられた。優しい雰囲気を漂わせているけど、振る舞い劇の幕の裏側にはジェネの総帥エリオット・ジールゲンがいて、私の心を潰そうと狙っている。
その冷酷さが分かっているのに……社長の頬に手を伸ばし、この愛の芝居のヒロインをこれからも演じられるよう強請ってしまう。
「ふふ。僕の妻は、本当に可愛らしい。大丈夫だよ。天王寺先輩、明日も、明後日も、その次の日も――君は、ずっと、この快楽を得る事ができる。僕の可愛いヒロイン、さあ、薬湯茶を味わいながら、余韻を楽しもう」
学生の頃にプレイした、ちょっとエッチなノベルゲームのバッドエンド。女友達におススメされたものだったし、ハッピーエンドは、円満ムードでヒーローとヒロインが結ばれる内容だと聞いたので、同時期に知ってハマっていたティーンズラブ小説と同じ感覚でプレイしたつもりだった。
友達から、「アンタは、あらすじ冒頭ですでに恥ずかしいかもしれないけど、マジでおススメしたくなった!」と熱心に語られた。
異世界で、一緒に旅をしていたヒーローが行方不明になり、敵に操られて戻ってきて、ヒロインを誘拐しようとする。ヒロインの愛の力で、ヒーローが自分を取り戻す見せ場シーンなのだけど、友達に教えてもらった通りに、選択肢から、『彼を愛している自分を信じる』を選んだ直後にタイトル画面に戻り、キャンセル状態にした。それを数回繰り返すと、違う展開に繋がった。
「裸の君を抱きしめていると、本当に落ち着くよ。温かい。天王寺先輩、愛しているよ」
素裸でソファに座る私の頬に、社長の唇が触れる。社長は、私の髪をしばらく撫でてくれたけど、薬湯茶をカップに注ぐと言い、立ちあがった。
生贄として捧げられた身で、多くの人々を護る為、逃げる事が許されていないと言い訳できる状況なのに、涙があふれてくる。
潔く、水底を目指して沈んで果てようとしているのではなく、女として、この人を愛してしまっているから、溺れているのに足掻いていないのではないか……
カップに薬湯茶を注ぎ終わり、こちらを振り返った社長は、私の涙に気づいたらしい。表情を変えずに、数秒間、動きを止めた。そして、顔を寄せてきて、舌を使い涙を丁寧に拭き取ってくれた。
その舌は、鼻をぺろりと舐め、顎や首もとを通っていった。
鎖骨のあたりを三度ほど舐めた後、社長の舌は、一気に胸の先へと進んできた。
「……あ……あ……しゃ、社長……わ、わたし……ま、まだ……胸の先が……び、敏感で……あは、あは……」
「……薬湯茶を飲むといい。君の身体、これからも大切に扱っていきたい。しっかりと癒やしの一時を過ごしてくれ――この後、寝室に入ったら、もっともっと叫んでもらう事になるからね。今は、ゆっくりしてほしい。楽しい仕掛けや道具の使い方を思いついたんだ。おもちゃがたくさんあるあの部屋で、今夜も喜んでもらえるといいな。そう、天王寺先輩に、悦んでもらえるといいな」
ヒロインは、悪のお城の牢の中。
鎖で繋がれ、ヒーローに弄ばれていた。やがて、「たくさんのおもちゃに囲まれて、可愛い声で鳴く君にお願いがある。僕の妻になり、共に世界を滅ぼそう」と言われる。
ヒーローへの愛を捨て切れないヒロインは、それを受け入れる。
その時、選択肢は表示されなかった。プレイヤーの分身であるヒロインが何も考えられなくなった演出として画面が暗転し、ゲームオーバー。
どんな状況であろうとも、彼を愛する自分の気持ちを信じなくてはいけない。前に進まず、キャンセルが繰り返せるからと様子をさぐるような、心の弱さを晒してはいけないという事だ。
悪のお城でセレブになっても、ヒロインは幸せになれないという事。
* * * * *
顔をあげ、私は、耽っていた考え事の世界から完全に出た。そして、できる限り発言に重みをつけられるように大きく息を吸ってから、通信機に向かって話しかけた。
「社長、業務命令に従い、学生時代に体験した事も踏まえて、事務用品棚係が持っている知識を最大限に使って考えてみました。このファウンテで、ジェネの総帥の妻として生きていくのが私にとって本当に幸せなのか……この場で投降して、クラティアごと社長に抱かれてしまえば、喜ばしい未来に辿り着けるのか……申し訳ありませんが、答えはノーです。社長の事を愛しているから、答えはノーなんです。私は、仲間を裏切るような選択はしません。今、社長の手を握ったら、共に世界を滅ぼそうと言われても、もう何も選べなくなるから。キャンセルを繰り返すような、選択のお試しはできないから――」
『選ぶも何も……アリス姉さん、君には最初から選択肢など用意されていない。戦闘中で、アリストの意識が強まっている君ならすでに気づいていると思うが、僕の腕の中に飛び込んで来るのを拒否するというのなら、イアリーの街に、空中戦艦イレイサの殲滅砲撃レ・イダグが降り注ぐ事になるぞ。砲撃準備は、完了している。君が仲間だと思い込んでいる薄汚い連中の機体が、有効射程圏内に大勢いるようだが……ふふ。いいのかな? 後は、僕が指の力を少し入れるだけ……おっと、これは失礼。そちらには音声しか届いていなかったね。発射スイッチは、すでに僕の手の中にある。いいのかな? この操作は、キャンセルできないぞ! いいんだな!』
「アリストの意識から浮かびあがってくるんです。社長、はったりをかけるのはやめてください。今、空中戦艦イレイサがいる位置から殲滅砲撃レ・イダグを発射したら、イアリーの丘にあるポイン・トバルを巻き込んでしまいます! ポイン・トバルで何をしたいのか知りませんが……過去に、ジェネが調査に執心していたと聞きました。総帥である社長直属の研究機関マグネが取り仕切っていろいろやっていたという話じゃないですか。詳しくは分からないみたいですが、アリストと関係ある重要な場所ではないかと、イアリーの市長さんが言っていました」
『――アリス姉さんとクラティアを回収した後、真っ先にリストラすべきはイアリーの市長か……ふ……はははっ! ジェネに隷属していれば、住民共々、仕事を与えてやったのにな! 野に放り出すのも酷だと思わないか? だから、イアリーの市長には、僕なりに慈悲を与えてやろうと思う!』
「さっきから仲間とは通信できません。電波障害の原因になりそうなものが、クラティアの周りの空間に放射されているんでしょ? でも、機体のコントロールを司る装置を傷つけられている訳ではありません。パイロットスーツも着ています。急激な昇降を繰り返すような戦闘を続けても、私もクラティアもまだまだへっちゃらです! コックピットを集中して狙うような威嚇をしても、私は投降しません! イアリーの街の人たちに、『もう安全になったよ』宣言をする残業時間が来るのが待ち遠しいんです。でっかい半球体のぽっちゃりボディだけど、丘の上でハラハラしながら戦いを見守ってくれているポイン・トバルにも、『もう安全になったよ』と教えてあげる為に、生身でスリスリしてやるつもりです。だから、ゼルロットも、空中戦艦イレイサも、ジェネの機体も、早くお帰りになってもらいます!」
『……アリスト。やはり、行きたいんだな。分かった……クラティアを傷つけて、すまなかった。さあ、僕に抱かれてくれ』
ヒロインは、悪のお城でセレブにならないから、ハッピーエンドに辿り着くんです! ヒーローのお嫁さんになる為、婚姻届にサインをするのは、現代日本にあるヒロインのお部屋。社長、私の愛の力で改心してからもう一度、『さあ、僕に抱かれてくれ』をお願いします。
事務用品棚係の妄想がまじっている台詞が吐かれる事はなかった。代わりに「え?」という、驚きから生じたものが口を衝く。
アリストの意識が、その事態を知らせてくれたけど、反応が間に合わなかった。ゼルロットが単機で突っ込んできたから。
武器を一切構えず、ただ速度を上昇させる事に徹したゼルロットが異常な動きを見せる。
気づけば、クラティアは、加速の勢い止まらぬゼルロットに抱かれる格好になっていた。無理な力が機体にかかるほど勢いがあり、なす術がない。
「こ、このままじゃ、二機ともポイン・トバルに突っ込んで……激突して……しゃ……社長っ! 社長っ!」
『アリス姉さん、意識を集中してほしい。アリストに心のすべてを手渡すぐらいのつもりで願ってくれ。二人で、あの巨大な半球体の中に入りたいと、強く願って――』
選択肢はない……いや、実はこれが、世界も二人も超ハッピーなエンディングに辿り着く為の真っすぐルートなのかもしれない。後は、私が進むだけ。
それは、事務用品棚係の妄想がまじっているものであったけど、おバカな考えが浮かんだ事で、少しだけ恐怖が減った。私は、社長の言う通りにする決意をした。キャンセル操作なんて、どうせできないだろう。
『あの時みたいに――このファウンテの地に来る為、願った時みたいに。僕と二人、これからも生きていきたいと、強く願ってくれ』
……思い出した。
私は、現代日本を去る直前、「僕と二人、これからも生きていきたいと、強く願ってくれ」と社長に言われたんだ。そして、社長に唇を寄せられて……その二つの出来事の間に、「君と僕が、幸せになる未来を引き寄せる為、強く願ってほしい」と言われたんだ。だから、本気で本気で本気で、強く強く強く願った。
あれ……どうして、こんな大切な出来事を忘れていたんだろ。
社長とのキスで幸せになり過ぎて、頭の中が空っぽになった?
そんなバカな……
気づくと異世界にいて、一人になっていて、あのキスを思い出してしまうと辛くなるぐらいに孤独を感じてしまって……ああ。これ以上、愛せないかもしれないと思うと辛い。
ポイン・トバルが迫るにつれ、苦しさが増してくる。あの日の社長室のキスの記憶が、どんどん浮かんできてくれるけど、ひたすら切ない。
社長と敵対関係だと分かった時から、何も変わっていないけど――忘れたくなってしまうほど、『幸せいっぱいのキス』がもう二度とできないかもしれないと思い辛かったんだろう。きっとそう。
まだ『幸せいっぱいのキス』がもう二度とできない状況から脱していない。
今は、社長の唇が近づいてきてくれるのを待っている訳じゃない。命がかかっている。あの時と同じぐらい心臓がバクバクしている。あの時と同じぐらい社長と二人でこれからも生きていきたいと強く願っている。
幸せになれない結末なんて、嫌だ。
ただ強く願おう。
私は、『二人が幸せになる未来を引き寄せる為に強く願う』ルートを真っすぐ進みます。
捧げものの妻となったあの日から、毎夜毎夜、私は、社長に貫かれている。時には、機械装置に四肢を縛られ、夫である社長の思うがままに身体を弄られる。
文字で見た事ある。足を大きく開かされて、さらに膝を曲げさせられた状態で完全に固定されたまま行為に臨まされる……ファウンテで新婚生活を送る私には、そのような夜が訪れる事もある。
恥ずかしいと思う部分を隠す為に使う事もできる手は、当たり前のように、枷をはめられ動かせない。怪しげな薬を絶えず身体に注がれ、興奮冷める事が許されていない。
現代日本で、社長の妻となり、文学の舞台になりそうなレトロ洋館で身体を重ねる事はあったかもしれない。だけど、ここはファウンテ。
結婚したいと心から願った人と婚姻届を提出する事になったのは、異世界の地。
「しゃ、しゃちょう……あ、あ、あっ! は、はげしすぎます……ああっ! う、あ……あああっ!」
初めてのあの日の追憶から発されたものではない自分の声が、耳に入ってくる。
あたりに響く水が飛ぶ音が、社長の出入りの激しさをより感じさせてきて、気づくと腰や尻を浮かせていた。
自分が打ちつけられている音が、滴り流れる雫で濡れる。音を鳴らし、社長が、私の足の付け根を抉る。
私と社長の肌が触れる激しさが、ぐちゅっという音になって、何度も何度もあたりに響く。
ぐちゅっ……ぐちゅっ……
べっとりしている癖に水分を多く含んでいそう。
突く杭は、沼の泥にずぶずぶと絡まれているよう。絡まれているのに、杭は、大人しく底に呑まれる事はなく、泥沼であるべとべとの私の大切な部分から、すべてを掻き出すほど激しく動いている。そう、私の生み出す、ねっとりした雫の一滴まで、すべてが、社長のものとして扱われている――
「……天王寺先輩……身を揺らす事で、愛を伝えてくれて嬉しいよ……僕も、心地いい……はあ、はあ……手足を繋いであげないと、注がれる事を恥ずかしがってしまう君も愛おしいが……はあ、はあ……こうして、二人が同じ境地に立てる事、素直に幸せを感じる……このまま時と身体を重ねて、夫婦として生きていこう……二人で力を合わせ、ファウンテの地の……絶対的な支配者に……はあ、はあ……さあ、夫の僕と想いを重ねて……」
目を強く閉じたかと思ったら、社長は、身体を震わせた。
私の身の中心で、今、何が起こっているのか――改めて理解する必要はない。
注がれたものを受け取りながら、ソファカバーをぎゅっとつかんでいる私のおでこに、社長の手が触れる。果てた直後で少し汗ばんでいる手に、頬をゆっくりと撫でられた。優しい雰囲気を漂わせているけど、振る舞い劇の幕の裏側にはジェネの総帥エリオット・ジールゲンがいて、私の心を潰そうと狙っている。
その冷酷さが分かっているのに……社長の頬に手を伸ばし、この愛の芝居のヒロインをこれからも演じられるよう強請ってしまう。
「ふふ。僕の妻は、本当に可愛らしい。大丈夫だよ。天王寺先輩、明日も、明後日も、その次の日も――君は、ずっと、この快楽を得る事ができる。僕の可愛いヒロイン、さあ、薬湯茶を味わいながら、余韻を楽しもう」
学生の頃にプレイした、ちょっとエッチなノベルゲームのバッドエンド。女友達におススメされたものだったし、ハッピーエンドは、円満ムードでヒーローとヒロインが結ばれる内容だと聞いたので、同時期に知ってハマっていたティーンズラブ小説と同じ感覚でプレイしたつもりだった。
友達から、「アンタは、あらすじ冒頭ですでに恥ずかしいかもしれないけど、マジでおススメしたくなった!」と熱心に語られた。
異世界で、一緒に旅をしていたヒーローが行方不明になり、敵に操られて戻ってきて、ヒロインを誘拐しようとする。ヒロインの愛の力で、ヒーローが自分を取り戻す見せ場シーンなのだけど、友達に教えてもらった通りに、選択肢から、『彼を愛している自分を信じる』を選んだ直後にタイトル画面に戻り、キャンセル状態にした。それを数回繰り返すと、違う展開に繋がった。
「裸の君を抱きしめていると、本当に落ち着くよ。温かい。天王寺先輩、愛しているよ」
素裸でソファに座る私の頬に、社長の唇が触れる。社長は、私の髪をしばらく撫でてくれたけど、薬湯茶をカップに注ぐと言い、立ちあがった。
生贄として捧げられた身で、多くの人々を護る為、逃げる事が許されていないと言い訳できる状況なのに、涙があふれてくる。
潔く、水底を目指して沈んで果てようとしているのではなく、女として、この人を愛してしまっているから、溺れているのに足掻いていないのではないか……
カップに薬湯茶を注ぎ終わり、こちらを振り返った社長は、私の涙に気づいたらしい。表情を変えずに、数秒間、動きを止めた。そして、顔を寄せてきて、舌を使い涙を丁寧に拭き取ってくれた。
その舌は、鼻をぺろりと舐め、顎や首もとを通っていった。
鎖骨のあたりを三度ほど舐めた後、社長の舌は、一気に胸の先へと進んできた。
「……あ……あ……しゃ、社長……わ、わたし……ま、まだ……胸の先が……び、敏感で……あは、あは……」
「……薬湯茶を飲むといい。君の身体、これからも大切に扱っていきたい。しっかりと癒やしの一時を過ごしてくれ――この後、寝室に入ったら、もっともっと叫んでもらう事になるからね。今は、ゆっくりしてほしい。楽しい仕掛けや道具の使い方を思いついたんだ。おもちゃがたくさんあるあの部屋で、今夜も喜んでもらえるといいな。そう、天王寺先輩に、悦んでもらえるといいな」
ヒロインは、悪のお城の牢の中。
鎖で繋がれ、ヒーローに弄ばれていた。やがて、「たくさんのおもちゃに囲まれて、可愛い声で鳴く君にお願いがある。僕の妻になり、共に世界を滅ぼそう」と言われる。
ヒーローへの愛を捨て切れないヒロインは、それを受け入れる。
その時、選択肢は表示されなかった。プレイヤーの分身であるヒロインが何も考えられなくなった演出として画面が暗転し、ゲームオーバー。
どんな状況であろうとも、彼を愛する自分の気持ちを信じなくてはいけない。前に進まず、キャンセルが繰り返せるからと様子をさぐるような、心の弱さを晒してはいけないという事だ。
悪のお城でセレブになっても、ヒロインは幸せになれないという事。
* * * * *
顔をあげ、私は、耽っていた考え事の世界から完全に出た。そして、できる限り発言に重みをつけられるように大きく息を吸ってから、通信機に向かって話しかけた。
「社長、業務命令に従い、学生時代に体験した事も踏まえて、事務用品棚係が持っている知識を最大限に使って考えてみました。このファウンテで、ジェネの総帥の妻として生きていくのが私にとって本当に幸せなのか……この場で投降して、クラティアごと社長に抱かれてしまえば、喜ばしい未来に辿り着けるのか……申し訳ありませんが、答えはノーです。社長の事を愛しているから、答えはノーなんです。私は、仲間を裏切るような選択はしません。今、社長の手を握ったら、共に世界を滅ぼそうと言われても、もう何も選べなくなるから。キャンセルを繰り返すような、選択のお試しはできないから――」
『選ぶも何も……アリス姉さん、君には最初から選択肢など用意されていない。戦闘中で、アリストの意識が強まっている君ならすでに気づいていると思うが、僕の腕の中に飛び込んで来るのを拒否するというのなら、イアリーの街に、空中戦艦イレイサの殲滅砲撃レ・イダグが降り注ぐ事になるぞ。砲撃準備は、完了している。君が仲間だと思い込んでいる薄汚い連中の機体が、有効射程圏内に大勢いるようだが……ふふ。いいのかな? 後は、僕が指の力を少し入れるだけ……おっと、これは失礼。そちらには音声しか届いていなかったね。発射スイッチは、すでに僕の手の中にある。いいのかな? この操作は、キャンセルできないぞ! いいんだな!』
「アリストの意識から浮かびあがってくるんです。社長、はったりをかけるのはやめてください。今、空中戦艦イレイサがいる位置から殲滅砲撃レ・イダグを発射したら、イアリーの丘にあるポイン・トバルを巻き込んでしまいます! ポイン・トバルで何をしたいのか知りませんが……過去に、ジェネが調査に執心していたと聞きました。総帥である社長直属の研究機関マグネが取り仕切っていろいろやっていたという話じゃないですか。詳しくは分からないみたいですが、アリストと関係ある重要な場所ではないかと、イアリーの市長さんが言っていました」
『――アリス姉さんとクラティアを回収した後、真っ先にリストラすべきはイアリーの市長か……ふ……はははっ! ジェネに隷属していれば、住民共々、仕事を与えてやったのにな! 野に放り出すのも酷だと思わないか? だから、イアリーの市長には、僕なりに慈悲を与えてやろうと思う!』
「さっきから仲間とは通信できません。電波障害の原因になりそうなものが、クラティアの周りの空間に放射されているんでしょ? でも、機体のコントロールを司る装置を傷つけられている訳ではありません。パイロットスーツも着ています。急激な昇降を繰り返すような戦闘を続けても、私もクラティアもまだまだへっちゃらです! コックピットを集中して狙うような威嚇をしても、私は投降しません! イアリーの街の人たちに、『もう安全になったよ』宣言をする残業時間が来るのが待ち遠しいんです。でっかい半球体のぽっちゃりボディだけど、丘の上でハラハラしながら戦いを見守ってくれているポイン・トバルにも、『もう安全になったよ』と教えてあげる為に、生身でスリスリしてやるつもりです。だから、ゼルロットも、空中戦艦イレイサも、ジェネの機体も、早くお帰りになってもらいます!」
『……アリスト。やはり、行きたいんだな。分かった……クラティアを傷つけて、すまなかった。さあ、僕に抱かれてくれ』
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事務用品棚係の妄想がまじっている台詞が吐かれる事はなかった。代わりに「え?」という、驚きから生じたものが口を衝く。
アリストの意識が、その事態を知らせてくれたけど、反応が間に合わなかった。ゼルロットが単機で突っ込んできたから。
武器を一切構えず、ただ速度を上昇させる事に徹したゼルロットが異常な動きを見せる。
気づけば、クラティアは、加速の勢い止まらぬゼルロットに抱かれる格好になっていた。無理な力が機体にかかるほど勢いがあり、なす術がない。
「こ、このままじゃ、二機ともポイン・トバルに突っ込んで……激突して……しゃ……社長っ! 社長っ!」
『アリス姉さん、意識を集中してほしい。アリストに心のすべてを手渡すぐらいのつもりで願ってくれ。二人で、あの巨大な半球体の中に入りたいと、強く願って――』
選択肢はない……いや、実はこれが、世界も二人も超ハッピーなエンディングに辿り着く為の真っすぐルートなのかもしれない。後は、私が進むだけ。
それは、事務用品棚係の妄想がまじっているものであったけど、おバカな考えが浮かんだ事で、少しだけ恐怖が減った。私は、社長の言う通りにする決意をした。キャンセル操作なんて、どうせできないだろう。
『あの時みたいに――このファウンテの地に来る為、願った時みたいに。僕と二人、これからも生きていきたいと、強く願ってくれ』
……思い出した。
私は、現代日本を去る直前、「僕と二人、これからも生きていきたいと、強く願ってくれ」と社長に言われたんだ。そして、社長に唇を寄せられて……その二つの出来事の間に、「君と僕が、幸せになる未来を引き寄せる為、強く願ってほしい」と言われたんだ。だから、本気で本気で本気で、強く強く強く願った。
あれ……どうして、こんな大切な出来事を忘れていたんだろ。
社長とのキスで幸せになり過ぎて、頭の中が空っぽになった?
そんなバカな……
気づくと異世界にいて、一人になっていて、あのキスを思い出してしまうと辛くなるぐらいに孤独を感じてしまって……ああ。これ以上、愛せないかもしれないと思うと辛い。
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まだ『幸せいっぱいのキス』がもう二度とできない状況から脱していない。
今は、社長の唇が近づいてきてくれるのを待っている訳じゃない。命がかかっている。あの時と同じぐらい心臓がバクバクしている。あの時と同じぐらい社長と二人でこれからも生きていきたいと強く願っている。
幸せになれない結末なんて、嫌だ。
ただ強く願おう。
私は、『二人が幸せになる未来を引き寄せる為に強く願う』ルートを真っすぐ進みます。
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