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第一章
2.厄災
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目覚めてから3ヶ月が経った。
何も思い出せないことに変わりないが、この世界で生きることには少しずつ慣れてきている。
傷が癒えて間も無く、シモンは俺に家事をするよう命じた。
料理、掃除、シモンの起床補助。
働かざる者食うべからず、だそうだ。
まあ、命を救ったもらった上に宿代も払ってもらっているシモンには感謝してもしきれないので、大人しく従うしかない。
ということで本日も早朝、決まった時間にシモンを起こしに行く。起こしに行くと言っても、彼はいつも俺よりも早くに目覚めている。でも、起こしにくるよう頼まれているもんだから、意味がないと分かりつつも従っているのだ。
どうせ今日も起きてるんだろうな。
そう思いながらシモンの部屋の扉をノックする。そして返事を待たず部屋に入ると、シモンは起きていた。
「おぉ、レイ。今日も早いな」
「はい、おはようございます」
「どうだ、何か思い出したか?」
朝、シモンに会うと彼はいつもこの質問をする。何か思い出したか?何か変わったことはあるか?と、俺の変化についてよく気にしている。
記憶が無い俺のことを気にかけてくれているのだろう。
でも、俺が返す言葉いつも同じだ。
「いえ、何も分かりません」
“覚えていない”ではなく“分からない”。
思い出すも何も、思い出すこと自体がないような感覚。
だから“分からない”という表現の方が今の俺の状況には合っているように感じた。
「そうか、何かあったらすぐに伝えろ」
シモンはそう言うと、大きく息を吐いた。
ーーー
ある日の晴れた朝、外で洗濯物を干していると、シモンがタバコを咥えながら宿から出てきた。
大きな荷物を持っている。
「外出ですか?」
「あぁ、仕事だ」
いつもこのような感じで、シモンには突然の仕事の依頼が入る。仕事といってもただの仕事ではない。
彼専門の仕事、厄災退治だ。
シモンは厄災と戦うために必要な力に覚醒している。だから彼は覚醒者と呼ばれ、各地で出現する厄災という化け物を退治するのために各地を飛び回っているのだ。
俺も彼に助けられた1人。なので何か彼の手助けをしたいが、シモンは頑なに俺を仕事に連れて行かない。だから俺に出来るのはシモンを笑顔で送り出すことだけ。
「そうですか、気をつけて」
「お前も来い」
「え?」
この前連れて行ってくれと頼んだ時は無理だ、の一点張りだったのに。
なんだ、この突然の気の変わり様は。
「俺ですか?」
「お前以外に誰がいる」
「でも...、いいんですか?」
「傷も完治しただろう?」
「まあ...、はい」
「なら、来い」
「わ、分かりました。すぐ準備します」
洗濯を後回しにして、俺は急いで準備に向かった。
準備といっても、少し動きやすい服装に着替えるだけだが。
急いで準備を終えると、宿の前に馬車が停まっていた。
既に乗っているシモンが顔を出す。
「何してる。早くしろ」
「は、はい!」
馬車に乗り込むと同時に馬車が走り出した。
「小1時間かかる。今のうちに休んどけ」
「いえ、初仕事ですから。集中します」
とはい言いつつ、ガラガラと進む馬車の揺れが心地よく、今から厄災退治だというのに少し眠くなった。
宿から1時間ほどだろうか、うとうとしていると、シモンが俺の頭を叩いて起こした。
「おい、着いたぞ」
「んんっ..、はい...、すぐ降ります」
馬車は教会の前に停まっていた。
馬車から降り、教会の中に入ると、大勢の人がいた。
おそらく、ここに避難しているのだろう。皆の様子から何かに怯えていることが感じ取れる。
シモンが俺に続いて教会に入ってくると、聖職者のような身なりをした老人が1人、シモンの前に歩いてきた。
「覚醒者様でしょうか?」
老人がシモンに尋ねる。
シモンが軽く頷くと、老人はシモンに向かって手を合わせ、拝むように礼を伝えた。
「ありがとうございます。嗚呼...、どのような御礼をすればよいのか...」
「礼はいい。そんなことより早く厄災の場所を教えろ」
シモンがそう言うと、老人は1枚の地図を取り出し、シモンに手渡した。
「この町の地図でございます。この教会から東に少し行くと、大きな丘が見えます。ここに住む青年が突然...」
「今どこにいる?」
「一通り暴れたあと、丘にある古い屋敷に戻って行きました。今は静かですが、またすぐに欲望が溢れ出すことでしょう」
「分かった。おいレイ、行くぞ」
ーーー
老人に屋敷の詳細な位置を教えてもらい、俺とシモンはもう一度馬車に乗って向かった。
「シモン、1つ質問いいですか?」
「なんだ?」
「先ほどの老人の話ですけど、青年が厄災に変わったと言ってました」
「それがどうした?」
「人が厄災に変わったということですか?」
「そうだ。前にも説明したが、厄災は神の肉片から産まれる」
「人に化けれるということですか?」
「違う。その逆、人が厄災になるんだ。神の肉片は人間の欲望を増幅させ、魅了する。ただの人間が神の肉片を手に取れば、それを取り込まずにはいられない。そして取り込んだが最後、厄災になってしまう」
「ということは、厄災は...」
元人間。
その事実を知った瞬間、心臓がキュッとなるのを感じた。
じゃあ、俺たちは今から人を殺しに...。
いくら化け物に変わっているとはいえ、元人間となると、戸惑ってしまう。
手が震え始めた。
そんな俺の様子にシモンが気づく。
「なんだ?怖いのか?」
「いえ、えっと...まぁ、はい」
「別におかしいことじゃない。だが、だがらって手を抜くなよ。向こうは全力でお前を殺しにくるからな。油断するな」
「えっと..、はい。気をつけ...ます」
手を抜くなよ?
もちろん、手を抜く気なんてないが、今から厄災と戦うのはシモンだ。俺ではない。
まぁ、一応気をつけてろってこと...か。
そんな会話をしていると、馬車が停まった。
屋敷からは少し離れた位置だ。
これ以上、御者を連れていと、彼の身にも危険が及んでしまう。
シモンが御者に代金を払うと、馬車は山を下っていった。
降りたところから少し進むと、老人の言う通りの場所に古い屋敷があった。昔の貴族の別邸とかだろうか。
「この中だ。気を引き締めろ」
「は、はい!」
この中に厄災がいる。
少し緊張してきた。
俺が戦う訳ではないが、できればサポートくらいはしたい。囮くらいになら、なれるのではないだろうか。
極力邪魔しないようにしないと。
「入るぞ」
シモンが邸宅の扉を開けると同時に、禍々しい気配が飛び出してきた。
シモンは顔色1つ変えないが、吐き気を催すくらい気持ちの悪い空気が邸宅の中には漂っている。
なんだ、これ。
寒気がとまらない。
明らかに何かがいる。
厄災がいるのはおそらく2階。階段の上から特に嫌な気配を感じる。
俺はシモンの背中に隠れながら、ゆっくりと階段を上った。
一段一段上がるごとに息が苦しくなっていくのを感じる。
「この部屋だな」
シモンが階段のすぐ左にある両開きの扉の前で立ち止まった。
「この中に厄災が...」
「あぁ、入るぞ」
シモンが扉を開けると、大きな部屋の中心で頭を抱えてうずくまる人影が1つ見えた。
ぶつぶつと何か喋っており、明らかに普通の状態じゃない。
俺たちに気づく。
「グルルルッ」
まるで獣のような唸り声。
まだ人の形をギリギリ保っているが、それが人外の何かであることは一目で分かった。
は、早く逃げないと。
しかし、足が震えて動かない。
「レイ、死ぬぞ」
そう言って、シモンは俺の首根っこを掴んで持ち上げた。
その瞬間、黒い何かが一閃、俺がいた場所に突き刺さった。
「え...」
「ウガァァァッ!!」
先ほどの人影はもう完全に人の形をしていなかった。ボコボコと体は膨れ上がり、手足は黒く長い触手になっている。
まさに異形の怪物だ。
シモンはこんな化け物と戦っていたのか。俺を連れていってくれない訳だ。
囮にくらいは、と思ったが絶対に無理。
ここはシモンに任せて、俺は邸宅の外でゆっくり待つとしよう。
「シモン!」
「なんだ?」
「やっぱり、外で待っています。それでは、頑張ってくだっ..うわっ!!」
サポートを諦めてシモンを送り出そうとした時、何を思ったのか彼は俺を厄災の前にぶん投げた。
厄災が放つ殺気が全て俺に向けられる。
「グルルルッ!!」
「え...、シモン?これは、え!?」
「レイ、お前が倒せ」
「はい!?俺が!?」
シモンが何を考えているのか、俺には一つも理解できなかった。
厄災を倒せ?俺が?
ノアの力に覚醒しないと、厄災とは戦えないって自分が言ってたじゃないか!
もちろん、俺は覚醒者じゃない。なんなら人間の中でも弱い部類ではないだろうか。そんな俺に厄災が倒せるわけがない。
そんなことを考えている間にも、厄災の触手のような腕が俺へと降りかかってきていた。
ギリギリでそれをかわす。
頬が少し切れた。
痛い。怖い。
シモンは一体どういうつもりなのだ。
厄災からひたすら逃げ回る俺を助ける様子は一切ない。
腕を組み、ただ見ている。
「シモンッ!無理です!助けてください!」
そう叫んでも、シモンからの返答はない。
俺は厄災に追いつかれないよう、ただひたすら走った。
まずい、まずい、まずい!
本当に死ぬ!
なぜ、まだ厄災の触手が俺を貫いていないのか分からないが、運良く致命傷をかわしている。
しかし、何度避けても厄災は俺を殺すことを諦めない。
頭を狙った攻撃を避けた時、前屈みになりすぎた俺は顔面から滑るように転けた。
「ぐうっ、うっ、くそっ!」
その隙を厄災は見逃さない。
2本の触手が確実に俺の命を奪うために迫ってくる。
1本は俺を捕まえ、もう1本は俺の心臓へと狙いを定めた。
ダメだ、逃げられない。
俺は全てを諦め、目を瞑った。
ああ、死ぬのか。
結局何も分からないまま...。
享年3ヶ月とちょっと。
短い人生だった。
歯を食いしばり、これから来る激痛に意味のない抵抗をする。
触手が俺の心臓を貫こうとした瞬間。
「グアウウァッッ!!」
厄災の苦しむような叫び声が屋敷中に響いた。音で空間がビリビリと揺れる。
「な、なんだ!?」
驚いて目を開けると、厄災が炎に包まれていた。それも赤ではなく、白い炎。厄災に捕まる俺も一緒に包まれているが、なぜか熱くない。寧ろ心地良い。
炎はどんどん勢いを増し、厄災を焼く。
一瞬、厄災の力が緩んだ。
いまだ。
俺は力を振り絞り、触手を振り解こうとした。しかし、抜け出す前に厄災は俺を壁めがけて投げ飛ばした。
もの凄いスピードで壁に激突する。普通ならペシャンコになる程の衝撃が身体中に走るはずだ。普通なら確実に即死。しかし、驚いたことに壁にめり込んだ俺は死んでいなかった。
そして立ち上がった時、俺はあることに違和感を覚えた。
「けほっ、けほっ...あれ...?」
厄災から炎が消えている。
しかし、俺の身体から炎は消えていない。俺を燃やしている...いや、俺から白い炎が溢れ出している。
白い炎は俺から...?
理解できないことが理解できないまま連続して起こる。しかし、厄災は待ってくれない。
厄災が飛びかかってくる。
さっきよりも早い。
「受け止めろ」
そう呟いたのは、シモンだった。
「えっ!?」
あの異形の怪物の攻撃を黙って受け止めろだと!?
シモンのその言葉はどういう意図なのか、全くもって意味不明だ。
もちろん、シモンは無視。俺は厄災の攻撃を避ける事に全力で意識を注ぐ。しかし、この一瞬の躊躇の間に厄災は目の前まで迫ってきていた。
触手が俺の腹めがけて飛んでくる。
避けられない。
そう思った俺は、やはりシモンの言う通りに受け止める事にした。腹に目一杯力を込める。
次の瞬間、体から物凄い勢いで白い炎が溢れ出し、俺を包んだ。そして同時に厄災の攻撃が直撃する...
「ウガァァァァッッッッ!!!」
はずだった。
俺の腹を目掛けて飛んできていたはずの触手は俺に届くことなく、消し飛んでいた。
厄災は苦しみ、叫び声をあげている。
「ん...?」
厄災が傷ついている。
俺から溢れ出した白い炎で。
俺はシモンの話を思い出した。
厄災にダメージを与える方法はただ1つ。
それはノアの力による攻撃。
ノアの力は覚醒した一部の者にしか扱えない。
これはつまり...。
おそらく...いや、間違いない。
俺の中にある違和感が確信に変わる。
俺はノアの力に覚醒した。
何も思い出せないことに変わりないが、この世界で生きることには少しずつ慣れてきている。
傷が癒えて間も無く、シモンは俺に家事をするよう命じた。
料理、掃除、シモンの起床補助。
働かざる者食うべからず、だそうだ。
まあ、命を救ったもらった上に宿代も払ってもらっているシモンには感謝してもしきれないので、大人しく従うしかない。
ということで本日も早朝、決まった時間にシモンを起こしに行く。起こしに行くと言っても、彼はいつも俺よりも早くに目覚めている。でも、起こしにくるよう頼まれているもんだから、意味がないと分かりつつも従っているのだ。
どうせ今日も起きてるんだろうな。
そう思いながらシモンの部屋の扉をノックする。そして返事を待たず部屋に入ると、シモンは起きていた。
「おぉ、レイ。今日も早いな」
「はい、おはようございます」
「どうだ、何か思い出したか?」
朝、シモンに会うと彼はいつもこの質問をする。何か思い出したか?何か変わったことはあるか?と、俺の変化についてよく気にしている。
記憶が無い俺のことを気にかけてくれているのだろう。
でも、俺が返す言葉いつも同じだ。
「いえ、何も分かりません」
“覚えていない”ではなく“分からない”。
思い出すも何も、思い出すこと自体がないような感覚。
だから“分からない”という表現の方が今の俺の状況には合っているように感じた。
「そうか、何かあったらすぐに伝えろ」
シモンはそう言うと、大きく息を吐いた。
ーーー
ある日の晴れた朝、外で洗濯物を干していると、シモンがタバコを咥えながら宿から出てきた。
大きな荷物を持っている。
「外出ですか?」
「あぁ、仕事だ」
いつもこのような感じで、シモンには突然の仕事の依頼が入る。仕事といってもただの仕事ではない。
彼専門の仕事、厄災退治だ。
シモンは厄災と戦うために必要な力に覚醒している。だから彼は覚醒者と呼ばれ、各地で出現する厄災という化け物を退治するのために各地を飛び回っているのだ。
俺も彼に助けられた1人。なので何か彼の手助けをしたいが、シモンは頑なに俺を仕事に連れて行かない。だから俺に出来るのはシモンを笑顔で送り出すことだけ。
「そうですか、気をつけて」
「お前も来い」
「え?」
この前連れて行ってくれと頼んだ時は無理だ、の一点張りだったのに。
なんだ、この突然の気の変わり様は。
「俺ですか?」
「お前以外に誰がいる」
「でも...、いいんですか?」
「傷も完治しただろう?」
「まあ...、はい」
「なら、来い」
「わ、分かりました。すぐ準備します」
洗濯を後回しにして、俺は急いで準備に向かった。
準備といっても、少し動きやすい服装に着替えるだけだが。
急いで準備を終えると、宿の前に馬車が停まっていた。
既に乗っているシモンが顔を出す。
「何してる。早くしろ」
「は、はい!」
馬車に乗り込むと同時に馬車が走り出した。
「小1時間かかる。今のうちに休んどけ」
「いえ、初仕事ですから。集中します」
とはい言いつつ、ガラガラと進む馬車の揺れが心地よく、今から厄災退治だというのに少し眠くなった。
宿から1時間ほどだろうか、うとうとしていると、シモンが俺の頭を叩いて起こした。
「おい、着いたぞ」
「んんっ..、はい...、すぐ降ります」
馬車は教会の前に停まっていた。
馬車から降り、教会の中に入ると、大勢の人がいた。
おそらく、ここに避難しているのだろう。皆の様子から何かに怯えていることが感じ取れる。
シモンが俺に続いて教会に入ってくると、聖職者のような身なりをした老人が1人、シモンの前に歩いてきた。
「覚醒者様でしょうか?」
老人がシモンに尋ねる。
シモンが軽く頷くと、老人はシモンに向かって手を合わせ、拝むように礼を伝えた。
「ありがとうございます。嗚呼...、どのような御礼をすればよいのか...」
「礼はいい。そんなことより早く厄災の場所を教えろ」
シモンがそう言うと、老人は1枚の地図を取り出し、シモンに手渡した。
「この町の地図でございます。この教会から東に少し行くと、大きな丘が見えます。ここに住む青年が突然...」
「今どこにいる?」
「一通り暴れたあと、丘にある古い屋敷に戻って行きました。今は静かですが、またすぐに欲望が溢れ出すことでしょう」
「分かった。おいレイ、行くぞ」
ーーー
老人に屋敷の詳細な位置を教えてもらい、俺とシモンはもう一度馬車に乗って向かった。
「シモン、1つ質問いいですか?」
「なんだ?」
「先ほどの老人の話ですけど、青年が厄災に変わったと言ってました」
「それがどうした?」
「人が厄災に変わったということですか?」
「そうだ。前にも説明したが、厄災は神の肉片から産まれる」
「人に化けれるということですか?」
「違う。その逆、人が厄災になるんだ。神の肉片は人間の欲望を増幅させ、魅了する。ただの人間が神の肉片を手に取れば、それを取り込まずにはいられない。そして取り込んだが最後、厄災になってしまう」
「ということは、厄災は...」
元人間。
その事実を知った瞬間、心臓がキュッとなるのを感じた。
じゃあ、俺たちは今から人を殺しに...。
いくら化け物に変わっているとはいえ、元人間となると、戸惑ってしまう。
手が震え始めた。
そんな俺の様子にシモンが気づく。
「なんだ?怖いのか?」
「いえ、えっと...まぁ、はい」
「別におかしいことじゃない。だが、だがらって手を抜くなよ。向こうは全力でお前を殺しにくるからな。油断するな」
「えっと..、はい。気をつけ...ます」
手を抜くなよ?
もちろん、手を抜く気なんてないが、今から厄災と戦うのはシモンだ。俺ではない。
まぁ、一応気をつけてろってこと...か。
そんな会話をしていると、馬車が停まった。
屋敷からは少し離れた位置だ。
これ以上、御者を連れていと、彼の身にも危険が及んでしまう。
シモンが御者に代金を払うと、馬車は山を下っていった。
降りたところから少し進むと、老人の言う通りの場所に古い屋敷があった。昔の貴族の別邸とかだろうか。
「この中だ。気を引き締めろ」
「は、はい!」
この中に厄災がいる。
少し緊張してきた。
俺が戦う訳ではないが、できればサポートくらいはしたい。囮くらいになら、なれるのではないだろうか。
極力邪魔しないようにしないと。
「入るぞ」
シモンが邸宅の扉を開けると同時に、禍々しい気配が飛び出してきた。
シモンは顔色1つ変えないが、吐き気を催すくらい気持ちの悪い空気が邸宅の中には漂っている。
なんだ、これ。
寒気がとまらない。
明らかに何かがいる。
厄災がいるのはおそらく2階。階段の上から特に嫌な気配を感じる。
俺はシモンの背中に隠れながら、ゆっくりと階段を上った。
一段一段上がるごとに息が苦しくなっていくのを感じる。
「この部屋だな」
シモンが階段のすぐ左にある両開きの扉の前で立ち止まった。
「この中に厄災が...」
「あぁ、入るぞ」
シモンが扉を開けると、大きな部屋の中心で頭を抱えてうずくまる人影が1つ見えた。
ぶつぶつと何か喋っており、明らかに普通の状態じゃない。
俺たちに気づく。
「グルルルッ」
まるで獣のような唸り声。
まだ人の形をギリギリ保っているが、それが人外の何かであることは一目で分かった。
は、早く逃げないと。
しかし、足が震えて動かない。
「レイ、死ぬぞ」
そう言って、シモンは俺の首根っこを掴んで持ち上げた。
その瞬間、黒い何かが一閃、俺がいた場所に突き刺さった。
「え...」
「ウガァァァッ!!」
先ほどの人影はもう完全に人の形をしていなかった。ボコボコと体は膨れ上がり、手足は黒く長い触手になっている。
まさに異形の怪物だ。
シモンはこんな化け物と戦っていたのか。俺を連れていってくれない訳だ。
囮にくらいは、と思ったが絶対に無理。
ここはシモンに任せて、俺は邸宅の外でゆっくり待つとしよう。
「シモン!」
「なんだ?」
「やっぱり、外で待っています。それでは、頑張ってくだっ..うわっ!!」
サポートを諦めてシモンを送り出そうとした時、何を思ったのか彼は俺を厄災の前にぶん投げた。
厄災が放つ殺気が全て俺に向けられる。
「グルルルッ!!」
「え...、シモン?これは、え!?」
「レイ、お前が倒せ」
「はい!?俺が!?」
シモンが何を考えているのか、俺には一つも理解できなかった。
厄災を倒せ?俺が?
ノアの力に覚醒しないと、厄災とは戦えないって自分が言ってたじゃないか!
もちろん、俺は覚醒者じゃない。なんなら人間の中でも弱い部類ではないだろうか。そんな俺に厄災が倒せるわけがない。
そんなことを考えている間にも、厄災の触手のような腕が俺へと降りかかってきていた。
ギリギリでそれをかわす。
頬が少し切れた。
痛い。怖い。
シモンは一体どういうつもりなのだ。
厄災からひたすら逃げ回る俺を助ける様子は一切ない。
腕を組み、ただ見ている。
「シモンッ!無理です!助けてください!」
そう叫んでも、シモンからの返答はない。
俺は厄災に追いつかれないよう、ただひたすら走った。
まずい、まずい、まずい!
本当に死ぬ!
なぜ、まだ厄災の触手が俺を貫いていないのか分からないが、運良く致命傷をかわしている。
しかし、何度避けても厄災は俺を殺すことを諦めない。
頭を狙った攻撃を避けた時、前屈みになりすぎた俺は顔面から滑るように転けた。
「ぐうっ、うっ、くそっ!」
その隙を厄災は見逃さない。
2本の触手が確実に俺の命を奪うために迫ってくる。
1本は俺を捕まえ、もう1本は俺の心臓へと狙いを定めた。
ダメだ、逃げられない。
俺は全てを諦め、目を瞑った。
ああ、死ぬのか。
結局何も分からないまま...。
享年3ヶ月とちょっと。
短い人生だった。
歯を食いしばり、これから来る激痛に意味のない抵抗をする。
触手が俺の心臓を貫こうとした瞬間。
「グアウウァッッ!!」
厄災の苦しむような叫び声が屋敷中に響いた。音で空間がビリビリと揺れる。
「な、なんだ!?」
驚いて目を開けると、厄災が炎に包まれていた。それも赤ではなく、白い炎。厄災に捕まる俺も一緒に包まれているが、なぜか熱くない。寧ろ心地良い。
炎はどんどん勢いを増し、厄災を焼く。
一瞬、厄災の力が緩んだ。
いまだ。
俺は力を振り絞り、触手を振り解こうとした。しかし、抜け出す前に厄災は俺を壁めがけて投げ飛ばした。
もの凄いスピードで壁に激突する。普通ならペシャンコになる程の衝撃が身体中に走るはずだ。普通なら確実に即死。しかし、驚いたことに壁にめり込んだ俺は死んでいなかった。
そして立ち上がった時、俺はあることに違和感を覚えた。
「けほっ、けほっ...あれ...?」
厄災から炎が消えている。
しかし、俺の身体から炎は消えていない。俺を燃やしている...いや、俺から白い炎が溢れ出している。
白い炎は俺から...?
理解できないことが理解できないまま連続して起こる。しかし、厄災は待ってくれない。
厄災が飛びかかってくる。
さっきよりも早い。
「受け止めろ」
そう呟いたのは、シモンだった。
「えっ!?」
あの異形の怪物の攻撃を黙って受け止めろだと!?
シモンのその言葉はどういう意図なのか、全くもって意味不明だ。
もちろん、シモンは無視。俺は厄災の攻撃を避ける事に全力で意識を注ぐ。しかし、この一瞬の躊躇の間に厄災は目の前まで迫ってきていた。
触手が俺の腹めがけて飛んでくる。
避けられない。
そう思った俺は、やはりシモンの言う通りに受け止める事にした。腹に目一杯力を込める。
次の瞬間、体から物凄い勢いで白い炎が溢れ出し、俺を包んだ。そして同時に厄災の攻撃が直撃する...
「ウガァァァァッッッッ!!!」
はずだった。
俺の腹を目掛けて飛んできていたはずの触手は俺に届くことなく、消し飛んでいた。
厄災は苦しみ、叫び声をあげている。
「ん...?」
厄災が傷ついている。
俺から溢れ出した白い炎で。
俺はシモンの話を思い出した。
厄災にダメージを与える方法はただ1つ。
それはノアの力による攻撃。
ノアの力は覚醒した一部の者にしか扱えない。
これはつまり...。
おそらく...いや、間違いない。
俺の中にある違和感が確信に変わる。
俺はノアの力に覚醒した。
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今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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