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最終章
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しおりを挟む―― 暗い森の中で、男の子の声が聞こえる
これは、夢だろうか?と思う。
こめかみの辺りが強く痛み、血管がどくどくと動いているのを感じる。
「ごめん、ごめんなさい。僕が、あんな願い事をしたせいで……」
知らない男の子が、泣きそうな顔で、覗き込んでいる。
あれ、そういえば、と、ぼんやり思い出す。
私の家は、坂を上がった高台にあり、坂を下りた所にある商店街に向かっていた。
急な長い坂を下ろうとした所で、転けてしまった女の子が泣いている。母親らしき女性は女の子にかかりきりで、横にあった赤ちゃんの乗ったベビーカーが、坂を下って行くのに気がつかない。
私は慌ててベビーカーを追う。スピードが上がってしまい、中々追いつけない。
焦って周りが見えていなかった。坂の一番下まで来て、ベビーカーが車道の真ん中で止まってしまう。焦って、ようやく追いついたベビーカーを押し、車道から出た、と思った瞬間に、けたたましいクラクションの音が真横から聞こえる。
目を瞑った瞬間に、衝撃があり、そこからの記憶が無かった。
なんで、森? アスファルトの道路の上のはずなんだけど……。と、ぼんやりとする頭で考える。
目が霞んでいて、そう見えるんだろうか……?
あの赤ちゃんは、大丈夫だったのかな……?
男の子にぎゅっと手を握られる。
「ごめん。僕がマイラ様に願い事をしたから、あなたは、ここに来てしまったのかもしれない……どうして、怪我をしているの?」
「……それは、車に、ぶつかってしまって……」
「……くるま? 何かに頭をぶつけたの? ……この近くに、マイラ様の神殿があるんだ。そこに行けば助けられるかもしれない」
「……大丈夫だよ。救急車……は呼べない、かな?」
「……きゅうきゅう、しゃ? それは、何? ……僕はあなたを運ぶ事ならできるから、神殿は、ここよりも安全な所だから、移動するね……」
救急車を知らない? 運ぶことはできるって、どうやって?と、疑問ばかり浮かんでくる。
手を握られたまま、
「転移」
と、男の子が口にする。
気がつくと、湿った土の感触だったのが、石の様な硬い場所に寝転がっていた。
先程の場所よりも、暖かくて、ふんわりとした空気に包まれている様に感じる。
「ここは、マイラ様の力が働いているから、魔物も寄ってこないし、身体が弱っていれば、少しなら回復する事もできるんだよ。どうかな? 痛みは無い?」
と、男の子に、心配そうな顔で覗かれる。
確かに、さっきよりも痛みがマシになっている。
「うん、大丈夫。……ありがとう」
「良かった……」
さっき、この男の子が口にしていた、マイラ様や、神殿、魔物というのは、なんなんだろう? やっぱり夢なのかな。
でも……夢にしては、感覚がリアル過ぎる。それに、この子は自分のせいで、私がここに来てしまったと思っているみたいだった。……ここは、どこなんだろうか。
「……願い事? を、あなたがしたら、なぜ私が現れると思ったの?」
「……僕は、ある力を持った女の子がいないと、大人になるまで生きられないんだ」
「……ある力?」
「うん。マイラ様と同じ、聖属性の力だよ。……あなたは、その力を持っているんじゃないの?」
「私は……、ごめん、その力を持っていないと思う。それに、女の子じゃなくて、もう大人なんだよ」
日本人は若く見られると言うけど……、この子には、私がいくつに見えているんだろう?
「そう、なんだね……」
男の子が、少しほっとした顔をする。
「じゃあ、マイラ様は、あなたを助ける為に、ここに呼んだのかな?」
「……私は、その、マイラ様を知らないのだけれど、怪我や病気を治せる方なの?」
男の子が少し驚いた顔をする。
「マイラ様を知らないんだね。……うん、大昔に、冥界の神と結婚されて、神の力を授かり、その聖なる力を、人々の為に使われた方なんだよ。今も、この神殿には、その力が残っているんだ」
冥界って、死後の世界の事だよね。……じゃあ、ここは天国なのかな。
「……その、聖属性の力を、持っていなくて、ごめんね」
「どうして、あなたが謝るの?」
「だって、きっと、一生懸命お願いしたんでしょう? それなのに、私が来てしまったから……」
「それは、僕が、勘違いをしただけだから……。今すぐにでは無くても、きっと、ちゃんと聞いて下さってると思うから……」
この男の子の、願いが叶いますように。と強く思う。
「あ……、頭の傷が消えているよ」
「え、本当?」
確かに、痛みが無くなって、意識もはっきりしているし、身体が軽くなっている。
「……すごいね。マイラ様の力。……ここに、連れて来てくれて、ありがとう」
「ううん、全然。……あなたの名前は、なんて言うの?」
「私? 私は、友香だよ」
「ユカ? 僕の名前と似てるね」
「本当? あなたの名前は?」
「ルカだよ」
「ほんとだ。似てるね」
二人で顔を合わせて、笑い合う。
「……いつか出会う、聖属性の女の子が、あなたみたいな人だったら良いな」
「えっ、私? どうして?」
「話してると、なんだか心があったかくなる」
と、男の子が微笑んで言う。
「……きっと、私なんかより、優しい素敵な子と出会えるよ。あなたが、とても優しい子だから。……マイラ様がきっと出会わせてくれるよ」
「そうかな……、あれ、光ってる」
「え?」
「身体が、」
自分の手を見ると、身体が透けて薄くなり、その周りが光っている様に見える。
「あ……」
やっぱり、天国に行くのかな。行けたら良いな。父さんと母さんにも会えるのかな。
男の子を見ると、驚いた顔をして、段々と薄くなっていく私の姿を見て、少し淋しそうな顔をしていた。
「……また、会えるかな?」
「どうかな……、また、会えたら、良いね」
男の子の淋しそうな顔を見て、思わず、そう言ってしまう。
男の子が、嬉しそうに微笑む顔が、見えた気がした。
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