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しおりを挟むパタパタパタ……
静かな館内に軽やかな足音が響いている。
「ララさん、館内では走らないで下さい」
棚に本を戻していた、眼鏡をかけた壮年の男性が注意する。
「あ、すみません!」
来館者の人が探していた本をようやく見つけて、早く持って行こうと思わず走ってしまったララは、ぴたりと足を止め、足音を立てないように静かに歩き始めた。
王宮の図書館で働くララは、本が好きなことはもちろんだが、静かな環境で働けることが、この仕事を選んだ一番大きな理由だった。
ララはうさぎ獣人で、聴覚がかなり過敏だ。そのため、大きい物音がすれば、危険と察知してビクビクしてしまうし、どんな優しい人でも、大きな声というだけで少し怖く思ってしまう。この図書館という場所は、ララにとって、物音にビクビクせずに安心して過ごせる貴重な場所だった。
ララは、聴覚が過敏なこともあり、人に対して、声で良いなと思うことが多かった。そんなララには憧れの声の人がいた。
それは、騎士団に所属するレオンだ。初めてレオンの声を聞いたのは、作り過ぎた夕飯を、珍しくお弁当にして持って来た日に、天気も良かったので中庭で食べていた時だった。近くの騎士の訓練場から、「1、2」と、数を数える声が聞こえてくる。ざっと剣を力強く振る音と共に聞こえる声が、低音で柔らかいのに語尾は力強く、そんなに大きな声ではないのに、身体に温かく響き渡る様な初めての感覚に、昼食を食べる手を止め思わず聞き入ってしまった。この時間は騎士の人たちも昼休憩だから、自主練かな。熱心な騎士さんだなと感心しながら、聞き惚れた。
それからララは、レオンの声が聞きたくて、お弁当を持ってきて中庭で昼食を食べる様になった。レオンは真面目な性格のようで、毎日必ず剣の素振りをしている。レオンの名前は、騎士仲間がレオンを呼びに来た時に、名前を呼ぶのを聞いて知ることができた。
中庭と騎士の訓練場の間には、高い生垣があり、レオンの姿を見たことはない。レオンの姿を見たいと思ったことはなく、そのくらいの距離感が心地良いとララは感じていた。一方的にだけれど、ただ素敵な声だなあとうっとりし、幸せな気持ちになれる存在がいるだけで満足していた。ララは、レオンの声を聞けるだけで嬉しかった。
そんなある日、図書館に、騎士服を着た体格の良い黒髪の男性が入ってくる。王宮の図書館には、内務関係の仕事をしている人が来ることがほとんどなので、騎士服を着た男性は、図書館の中で少し目立っていた。きょろきょろと館内を見渡した後、ララがいるカウンターのところに向かって来る。緊張した面持ちで、口を開いた。
「あの……、すみません。本を探しているんですが」
あ……と声を発した時点で、ララは衝撃を受けた。
――あ、あの声だ……!!!
それは、間違いなく、毎日こっそりと聞いている、レオンの声だった。
「は、はいっ、ど、どのような本でしょうか?」
ララは、突然の憧れの声の人の来訪に緊張し、噛み噛みになってしまう。
「……図書館なんだから、本なんて当たり前ですね。すみません」
少し顔を赤らめ、レオンが謝る。
――照れてる声も良いー!!
「い、いえっ、図書館には、本でないものもありますのでっ」
図書館には、本にはなっていない、資料やレジュメもたくさん置いてある。仕事関係だと、そっちを必要としている人も多いので、本以外のものを借りに来る人は実際に多かった。
「そうなんですね……」
「お仕事で使われなければ、知らない方も多いですよ?……それで、今日は、どんな本をお探しでしょうか?」
レオンが話すと、声ばかりに集中して、話している内容を理解するのが遅くなってしまいそうだ。ララは、自分の仕事をしなければと、声だけ聞きたい気持ちを抑え、レオンの話す内容に集中した。
「あ、はい。あの……話し方が載っている本はありますでしょうか?」
「話し方……、上手なスピーチの仕方、人の足を止める話し方、緊張しないで大勢の前で話すには……など、目的によって違いますが、何冊かはあったと思います。どの様な目的で使われますか?」
以前、仕事での話し方の勉強をしたいと来館した人がいて、その時に調べたので、全てではないが話し方の本が複数冊あったことを、ララは覚えていた。
「なるほど……実は、私は人と、その、特に女性と話すのが苦手で、上司にお見合いを勧められたのですが、まともに会話をできる気がしなくて……」
レオンがお見合い!
ララは憧れの人のお見合い話に、軽くショックを受けたが、自信のなさそうなレオンの顔を見て、励ましたくなってしまう。
「あの……、今、少しお話させていただいただけですが、お話が苦手のようには感じませんでしたよ?」
「そうでしょうか……? ありがとうございます。おそらく、目的があれば話せるのですが、日常の会話というか、世間話ができる気がしなくて……」
レオンの、控えめだけれど柔らかく深い声に、ララはクラクラしてくる。
――その声だったら、どんな話をしても大丈夫!!!
と、レオンの声の一ファンとして心の中で叫んでしまう。
「……では、そういった本があるか探してみますね」
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