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しおりを挟むかろうじて保っていた理性で、司書としての仕事を遂行する。以前貸し出した、話し方の本が置いてあった、言語の棚を探しに行く。
棚の端の方に、『たった10秒で女性を口説く』や、『女性にモテる話し方』、『その気にさせる口説き方』など、思っていたよりも、女性と会話するため?の本があったが、これは、お見合いで使えるのか? と疑問が生まれる。というか、こういった本が意外と需要があるのだなと、よく来る真面目そうな利用者の面々の、新たな一面を見た気がする。
「一般的な、世間話の仕方が載っている本は、無さそうですね……」
「そうですよね……」
「お役に立てず、申し訳ありません……」
「いえ! 同僚に相談したら、実践に勝るものはないと口々に言われたのですが、実家も遠く仕事人間なので、近くに女性の知り合いがいなくて……。こちらこそ、お手数をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」
レオンの申し訳無さそうな声を聞き、なんとかしてあげたくなってしまう。それに、ただただ声が良過ぎる。ずっと聞いていたい。ララは、レオンの役に立ちたいという良心と、自分の欲望の両方を満たす素晴らしい案を思いついてしまう。
「…………あの、も、もしっ、私で良かったら、お話の練習相手、になりましょうか……?」
レオンが軽く目を見張り、驚いた顔をする。
――わ、引かれた? ですよね。いきなり何言い出すんだ、この女は。ですよね!
と、一瞬で提案したことを後悔する。
「……良いんでしょうか……?」
「えっ、は、はい。私も一応女ですので! 練習にはなると思います」
レオンがキョトンとした顔をする。
「……どこからどう見ても、女性ですが……? あ、もしかして、心は女性の方……」
「違います!」
慌てて食い気味に答える。
「あの、騎士様のお見合い相手でしたら、貴族の方になりますでしょうか? もし、そうでしたら、練習相手としては、かなり力不足ですが、一応女ですので、女性と話す練習にはなるかと思いますの、一応です!」
誤解されたくなくて、息継ぎなしで必死に説明する。
「なるほど……勘違いしてしまい、申し訳ありません。そこまで考えてくれて、提案して下さったんですね。ありがとうございます」
レオンが優しい声で、微笑みながら答える。
――ぐっ
元々柔らかな声が、更に丸味を帯びて甘くすら聞こえる。この声を近くで聴き続けたら、自分の心臓は堪えられるのだろうかと不安になる。それでも、ララの日常に彩りを与えてくれているレオンに、少しでも恩返しができればと、レオンの声のせいで力が入らなくなった身体に喝を入れる。
「いえっ、あの、昼休憩の時間はどうでしょうか? 私はいつも中庭で昼食をとるのですが、食事を頂きながら話す練習にもなりますし……」
お見合いなら、食事をしながら相手と話す可能性は高い。それに、中庭なら、他にも昼食を食べたり、休憩している人がいるので二人きりにはならないし、周りから変に勘繰られることも無いだろう。
「貴重な休憩時間を奪ってしまうことになりますが、良いんでしょうか?」
「1人でぼんやりと食べていたので、私も、お話相手がいて下さるのは嬉しいです!」
以前は食堂で、職場の同僚と一緒に食べていたが、他にお弁当を持って来ている人がおらず、中庭で1人で食べるようになった。レオンの声を、誰にも邪魔されず堪能することができて、1人でもララにとっては楽しい時間だったが、その憧れの声の人と1対1で話せるのである。願ったり叶ったりだ。
「では……、お言葉に甘えさせて頂いても?」
少し困った様な表情で、レオンが聞く。
「はい! もちろんです」
「ありがとうございます。自己紹介が遅れて申し訳ありません。私は騎士団第ニ部隊所属の、レオン・オニールと言います」
「私は、ララ・ミラーといいます。この図書館で司書をしております」
「ララ、さん、とお呼びしても? 私のことはレオンと呼んで下さい」
自分の名前をレオンが口にし、ララはドキッとする。また力が抜けそうになり、お腹に力を入れ返事をする。
「レオンさん、よろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
レオンが目を細め、微笑みながら言い、今更ながらレオンの目が深い青色だということに気づく。
――声ばかりに集中してしまっていたけど、整った顔をされているのね。
レオンの、短くて清潔感のある黒髪と、切長の目は、一見すると厳しそうな印象を与えるけれど、柔らかな声と表情のおかげで、優しい人だというのが伝わってくる。ララは、やっぱりレオンの声が好きだと、改めて思っていた。
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