平凡令嬢の、コンプレックスと恋の夢

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4. 友情とキスと ※

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 ――ど、どんな顔をして、ラルフに会えば良いのかしら?

 この間までは、ラルフのことを、身体の悩みさえ打ち明けられるような、気の置けない友人だと思っていた。それなのに、先週ラルフに胸を吸ってもらってから、ラルフのことを考えると、心臓がドキドキして平静でいられなくなってしまっていた。いつものように練習室へと向かうけれど、足元がふわふわとして心許なく感じてしまう。会いたいけれど、会うのに緊張してしまう。メリッサはこんな気持ちになるのは初めてで、どうしたらいいか分からないでいた。

 一瞬迷ったあと、えいやっと思い切って練習室の扉を開く。扉が開いた瞬間、パッと顔を上げたラルフの目と合ってしまう。無言で見つめ合ったあと、思い出したように、二人同時に口を開いた。

「ラルフ」
「メリッサ」

 名前を呼ぶ声が重なる。

「「あの」」
「……ふふ、何? ラルフ」
「…………いや、あの、メリッサが元気かなと思って」
「元気よ。ラルフは?」
「良かった……僕も、元気だ」

 笑ったことで緊張が緩み、いつものように、ラルフの隣の椅子に座る。

「……一週間が、とても長かった」
「そうね。なんだか、ラルフに会うのが久しぶりな気がするわ」
「…………あの、先週は、すまなかった」
「……どうして謝るの?」
「あんなになるまで、その、止めずにしてしまって」
「い、いいえ! だって、その方が効果があるから、してくれたんでしょう? それに、あのあと、少し、良くなった気がするの」
「そうか……、なら、良かった」

 ラルフがホッとしたような表情を浮かべる。

「…………今日は、その、どうする?」
「っ、そ、そうねっ……」

 どうしよう……。効果があったのは本当。自分で何度触っても、出てきたか出てきてないか分からないくらいだったのが、あの一回で、ぷくりと先が出てきているのが分かるくらいの変化があった。

「お、お願い、しても、良い……?」
「っ、もちろん」

 連弾の練習を終え、椅子を向かい合わせにして座る。ブラウスのボタンを外し、胸を露わにすると、ラルフに真剣な目で胸をじっと見られ、なんだかソワソワとしてしまう。

 ――ラルフは、私の胸を治すために触ってくれるんだから、変な気持ちにはならないようにしなきゃ……。

 ラルフが胸を持ち上げるようにし、迷いなく胸の先に吸い付く。

「っ」

 メリッサは、声が出てしまいそうになるのを、必死で我慢する。ラルフの舌で舐めては、ちゅうっと吸われるのを繰り返され、メリッサは、びくびくと身体を震わせる。

「んっ、ぅん、ぁ」

 我慢できずに、声が出てしまった。ラルフの舌の動きが激しくなり、胸を扱くように持たれ、じゅっじゅっと強く吸い付かれる。

「あっ、や、ラルフっ」

 びくんっと腰が跳ねるように反応してしまう。これ以上されたら、おかしくなってしまう。

「も、もぉ、大丈夫……」

 ラルフの頭を力の抜けた手で、弱く押し返す。ラルフの唇が離れ、は、と息を吐いた。

「ごめん、メリッサ、痛かった?」
「う、ううん……」
「……反対も、するよ?」
「……う、ん、お願い、します」

 もう片方の胸も吸われ、自分の胸をふと見ると、ラルフの唾液でぬらぬらと光り、ぷっくりと立ったピンク色の先が見える。その光景が、酷く淫らに思えて、メリッサは動揺してしまう。

 ――このままだと、ラルフと友達でいられなくなるかもしれない。

 メリッサは、突然そんな不安に駆られる。

「っ、ラルフ」
「なんだい? メリッサ」

 ラルフのメリッサの名前を呼ぶ声が、酷く甘く聞こえる。

「も、もう、大丈夫そう。ほら、こんなになってるもの」
「そうだね。ピンク色の先が、ツンと立ってる」
「っ、そ、そう」

 ラルフが嬉しそうに言い、顔が燃えるように熱くなってしまう。

「これで、もう大丈夫よ。きっと、もう、ラルフに触ってもらわなくても、大丈夫」

 ラルフが怪訝な顔をする。

「もう、大丈夫?」
「ええ、そう、そうよ」

 こくこくと必死で頷く。

「僕は、もう、必要がないってこと?」
「いいえ! 違うわ! もう、吸ってもらわなくても、大丈夫ってこと!!」

 ラルフが、なぜかショックそうな顔をする。

「そうか……」

 これで、以前の「友達」に元通りのはずだ。変な気持ちになることもない。ぎゅうっと胸が苦しくなることもない。



◇◇◇



 一週間が経ち、また練習室へと向かう。いつものように連弾の練習をするけれど、一度もラルフと目が合わず、ぎこちない空気のまま練習が終わってしまう。二週間後には発表会があるのに、演奏は大丈夫だろうかと不安になる。

 家に帰り、自分の部屋でぼんやりとしていると、扉を叩く音がした。

「メリッサ、私だ」

 兄の声だ。

「どうぞ」
「いま大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ」
「メリッサ、卒業パーティーのことなんだけれど、大事な予定が入ってしまって、メリッサと一緒にパーティに出るのが難しくなったんだ」

 メリッサには、恋人や婚約者がいなかったため、卒業パーティーのエスコートを、兄に頼んでいた。
 
「……分かったわ。お兄様はお忙しいもの。仕方ないわ」
「今から相手を探すのも難しいだろうから、私の友達に頼んだけれど、良かったかい?」

 メリッサは、一瞬ラルフのことが頭をよぎり、慌てて打ち消す。

「ええ、ありがとう、お兄様」



 来週には発表会が控えた、ラルフとの最後の練習の日、メリッサは真剣な面持ちで練習室へと向かう。自分の悩みを相談し、変なことにラルフを巻き込んでしまった。ピアノを通して仲良くなった、気の置けない唯一の男友達を、メリッサは失いたくなかった。卒業して、あまり会えなくなったとしても、こんな変な気持ちのままで、ラルフと離れ離れになりたくなかった。最後の練習、ちゃんと息を合わせて弾かなきゃ。以前のように……。

 練習室の扉を開けると、ラルフはすでに来ていて、椅子には座らずに、ピアノの前に立って待っていた。

「ラルフ? どうしたの?」

 ラルフの思い詰めたような表情に、メリッサは心配になり声をかけた。

「……メリッサは、卒業パーティーは、誰と出るの?」
「えっ、と、兄と出るつもりだったのだけれど、兄が出られなくなってしまって、兄の友人と出ることになったの」

 兄の学生時代からの友人で、メリッサも良く知っている優しい真面目な人だ。

「……なんていう人?」
「ラルフも知ってると思うわ。私達よりも2年上の、ハドソン様」
「……ああ、あの、由緒ある伯爵家の……真面目な良い先輩だよね……」
「そうね。とても優しい良い方よね。兄が学生時代から、仲良くさせてもらってるのよ」
「そうなんだね……」

 ラルフが、いつになく元気のない声をしていて、メリッサは心配になり、ラルフの顔を覗き込んだ。

「ラルフ、大丈夫……? 具合が悪いんじゃない?」

 ラルフが、びくっと反射的に身体を仰け反らせた。

「あ……、ごめんなさい。突然、近づいてしまって」

 ラルフから距離を取られ、なぜか悲しい気持ちになってしまう。最近、ラルフとの距離感が分からなくなっている。距離が近過ぎたんだろう。気をつけなければとメリッサは反省する。

「いや、違うんだ……」

 ラルフの顔が赤らむ。ラルフが何か言おうとして口を開きかけて、ぎゅっと口を噤む。ラルフと目が合い、熱っぽい目で見つめられ、視線を外せなくなってしまう。

「メリッサ……」

 掠れたような声で、名前を呼ばれる。ラルフの大きな手が背に回り、ラルフの方へ引き寄せられる。頸を手の平で包むよう持たれ、上を向かされる。熱っぽいラルフの目が見えたと思ったら、唇に柔らかいものが当たった。

 ――キスされてる。

 ラルフに、唇を喰むように貪られながら、どこかで冷静にそう思っている自分がいた。
 ラルフの唇は、柔らかくて温かくて気持ちが良い。頸と背中に当てられた手も、大きくて安心する。メリッサは、このまま身を委ねてしまいたくなったけれど、視界の端に、黒い艶やかなピアノが映った。

 だめだ。私達は違う。友達だ。こんなキスは、友達とのキスじゃない。このままでは友達でいられなくなってしまう。メリッサは、ラルフとの間に手を入れ、グッと力を込めた。ラルフの動きが止まり、唇が離れる。

「……ラルフ?」

 ラルフが呆然とした表情で、メリッサを見つめる。一瞬の間があり、ラルフはメリッサの身体に回していた手をパッと離した。

「っ、すまない!! 勝手に、キスを、してしまって……」
「い、いえ……」

 女友達にも、こんなことをするくらいだ。ラルフは、こんなことには慣れてるのだろうか。メリッサは、一瞬でも身体を委ねそうになった自分を恥じた。
 そのあとの練習は、散々だった。お互いに不自然に距離を置いて座り、いつもと違う距離感で弾き始め、ミスタッチの連続だった。けれども、何度も合わせる気力が続かず、早々に解散となってしまった。

 

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