1 / 34
第一章 崩れ行く日々
雨の記憶と祈り
しおりを挟むsideユリカ
あの日の音は、今でも忘れられない。
家が、土砂に呑まれていく音。崩れる柱の軋み。祖父の叫び。
背を強く押され、雨の地面に転がった。
轟音の中で祖父の姿は消えた。
何年経っても、土に沈んだ声は胸の奥に残り続ける。
石の影に一輪の白い花を添え、立ち上がる。
小道を歩く黒い外套の人影が視界をかすめた。
振り向かず、すれ違っていく。
(……誰だったんだろう)
顔を知らないはずなのに、不思議と懐かしさが疼いた。
小さな家の玄関を開けると、ほんのりと木の香りがした。
祖父が暮らしていた家の跡地に、少しずつ手を加えて建て直したもの。
教会の横手にあるせいか、今でもふとした風に鐘の音が届く。
「……ただいま」
誰もいない部屋に、小さく声を落とす。
誰かに聞かせるわけでもなく、けれど長く染みついた癖のように。
昼間訪れた祖父の墓前のことが、まだ頭の片隅に残っていた。
風に揺れる花、重たい空気。
そして――すれ違った、あの人の背中。
あれは誰だったのだろう、と胸の奥に引っかかりが残る。
顔をきちんと見たわけではない。
けれど、どこか懐かしくて、胸の奥が少しだけ疼いた。
椅子に腰掛け、窓辺に目をやる。
光の角度が、日が落ちかけていることを告げていた。
静かな時間。
誰に邪魔されることもなく、けれど心はどこか落ち着かない。
教会に戻るたび、無意識にあの人の姿を探してしまう自分に気づく。
きっと気のせいだと言い聞かせたことは何度もある。
今さらどうこうなるわけじゃないと分かっているのに。
距離を置こうとしたはずなのに――気づけば目で追ってしまっている。
ルアルクは、今や“教会の直系”として立場を持つ神官。
真面目で、誠実で、誰にでも優しい。
だからこそ、自分が近づいてはいけない気がした。
(好きになっていい人じゃない。それでも……好きだと思ってしまう。)
どれだけ距離を置こうとしても、他の誰かに向ける微笑みさえ、目が離せなくなる。
彼の前では“誰でもない私”でいられたら――。
そんなことばかり考えてしまう。
昔のように気軽に言葉を交わすことも、笑い合うことも、本来ならもうできないのに。
そう思えば思うほど、ぎこちなくなる自分が嫌だった。
教会には毎朝祈りにいき、今も時々お手伝いをしている。
シスターの手伝いをしたり、祈りの場に立ち会ったり――
けれど、あの場所はもう、自分の居場所ではないと感じることも増えた。
(こんな風に思うの、きっと間違ってる……)
心にしまっておけるなら、それでよかった。
ただ、抑え込めるほど、自分の気持ちは器用ではなかった。
ふと、外で風が吹き、窓の隙間から葉擦れの音が聞こえる。
その音に混ざって、遠くの空から、かすかな雷鳴のような響きが届いた。
1
あなたにおすすめの小説
たとえ夜が姿を変えても ―過保護な兄の親友は、私を逃がさない―
佐竹りふれ
恋愛
重なる吐息、耳元を掠める熱、そして——兄の親友の、隠しきれない独占欲。
19歳のジャスミンにとって、過保護な兄の親友・セバスチャンは、自分を子供扱いする「第二の兄」のような存在だった。
しかし、初めてのパーティーの夜、その関係は一変する。
突然降ってきた、深く、すべてを奪うような口づけ。
「焦らず、お前のペースで進もう」
そう余裕たっぷりに微笑んだセバスチャン。
けれど、彼の言う「ゆっくり」は、翌朝には早くも崩れ始めていた。
学内の視線、兄の沈黙、そして二人きりのアパート――。
外堀が埋まっていくスピードに戸惑いながらも、ジャスミンは彼が隠し持つ「男」の顔に、抗えない好奇心を抱き始める。
「……どうする? 俺と一緒に、いけないことするか?」
余裕の仮面を被るセバスチャンに、あどけない顔で、けれど大胆に踏み込んでいくジャスミン。
理性を繋ぎ止めようとする彼を、翻弄し、追い詰めていくのは彼女の方で……。
「ゆっくり」なんて、ただの建前。
一度火がついた熱は、誰にも止められない。
兄の親友という境界線を軽々と飛び越え、加速しすぎる二人の溺愛ラブストーリー。
石ころの結婚
有沢楓花
恋愛
――政略結婚。
ぼんやりものでその辺の石ころを自認する、子爵令嬢ハリエットの婚約者・ルークは、第三王子の婚約者である伯爵令嬢・イーディスを見つめ続けていた。
あろうことか婚約式で恋に落ちたハリエットは、彼の視界に入るためにとイーディスの取り巻きになる。
しかしそこにあったのは、一見仲睦まじく見える第三王子とイーディス、その義弟からのイーディスへの片思いと、大人の事情に振り回されるばかりの恋だった。
ハリエットは自分の想いは秘めたまま、ルークを応援しようと決めたが……。
この作品は他サイトにも掲載しています。
『すり替えられた婚約、薔薇園の告白
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。
社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に
王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~
景華
恋愛
「シリウス・カルバン……むにゃむにゃ……私と結婚、してぇ……むにゃむにゃ」
「……は?」
そんな寝言のせいで、すれ違っていた二人が結婚することに!?
精霊が作りし国ローザニア王国。
セレンシア・ピエラ伯爵令嬢には、国家機密扱いとなるほどの秘密があった。
【寝言の強制実行】。
彼女の寝言で発せられた言葉は絶対だ。
精霊の加護を持つ王太子ですらパシリに使ってしまうほどの強制力。
そしてそんな【寝言の強制実行】のせいで結婚してしまった相手は、彼女の幼馴染で公爵令息にして副騎士団長のシリウス・カルバン。
セレンシアを元々愛してしまったがゆえに彼女の前でだけクールに装ってしまうようになっていたシリウスは、この結婚を機に自分の本当の思いを素直に出していくことを決意し自分の思うがままに溺愛しはじめるが、セレンシアはそれを寝言のせいでおかしくなっているのだと勘違いをしたまま。
それどころか、自分の寝言のせいで結婚してしまっては申し訳ないからと、3年間白い結婚をして離縁しようとまで言い出す始末。
自分の思いを信じてもらえないシリウスは、彼女の【寝言の強制実行】の力を消し去るため、どこかにいるであろう魔法使いを探し出す──!!
大人になるにつれて離れてしまった心と身体の距離が少しずつ縮まって、絡まった糸が解けていく。
すれ違っていた二人の両片思い勘違い恋愛ファンタジー!!
身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~
ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。
彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。
――死んだはずの彼女が、生きている?
同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。
「今さら、逃げ道があると思うなよ」
瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。
秘された皇子と、選び直した愛。
三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?
* * *
後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。
無臭の公爵様は香りの令嬢を手放さない~契約婚約のはずが、私の香りで極甘に覚醒しました!?~
黒崎隼人
恋愛
前世で香水の研究員だった記憶を持つ見習い調香師のリリアーナ。
彼女の持つ特別な能力は、眠ると「運命の相手の香り」を夢で予知できること。
ある日、王命によってクロフォード公爵エリオットの元へ派遣される。
彼はあらゆる香りを拒絶する特異体質で、常に無表情な「鉄仮面公爵」として恐れられていた。
しかも、彼自身からは何の匂いもしない「無臭」だった。
リリアーナの作る自然な香りだけがエリオットの痛みを和らげることが判明し、二人は体質改善のための「偽りの契約婚約」を結ぶことに。
一緒に過ごすうち、冷徹だと思っていたエリオットの不器用な優しさに触れ、リリアーナは少しずつ心を開いていく。
そして、彼女の調合した「解毒の香り」が、公爵の体に隠された恐ろしい呪いと陰謀を解き明かし――!?
匂いを感じない公爵が、やがて愛しい人の香りに目覚め、極上の溺愛を見せる。
香りに導かれた二人が紡ぐ、甘く切ない異世界ラブファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる