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 おお、物凄い殺気!流石にオバさん呼びは失礼だったかな?顔に保存の陣まで描いてるくらいだし年齢は分からないが気にしてるんだろう。

「…アタシ…可愛いでしょ?スタイルも抜群だしそりゃモテモテだわよ?情夫も沢山いるし足蹴にして欲しいって男は尽きないんだから!はあ、聞き間違いかしら?こんな良い女他に居る?居ないわよねぇ?ふふ、素直じゃ無いのね貴方。あ!そうか、照れてるのね?それならそうと言ってよ~もう!ちょっとイラッとしちゃ…」
「ん?アンタ可愛いかな?格好は何か奇天烈で凄いけど…まあ、俺の妻の方が何倍も良い女だし、肌もぴちぴち、化粧しなくてもぱっちりお目々で色白で華奢で柔くて、唇も艶々。出るとこ出て腰は細いし、勿論シミも皺も無く…ああ、でも歳をとってもきっと可愛らしいな。老後の楽しみまでくれるなんてなんて良い女なんだろ!俺に一途だし素直だし可愛いし働き者だし笑顔も最高だし声も優しくて心地良いし、うん、良いとこしか無い…あれ?やっぱり俺世界一幸せじゃない?」
「知らないし長いわよ!てか貴方結婚してんの!何それ生意気!」

 思わず本日二度目の可愛いレシェの事を思い浮かべてしまいつらつらと妻自慢をしてしまった。事実だからしょうがないが、女魔術師は鬼の形相だ。結婚したかったのか?すれば良いのに。魔術師なら女の言う通り男なんて入れ食いだろうに。まあ、それを上回る何かがあるのかも知れんが。

「そんな訳で妻以外はお断りだ(回帰前も回帰後ももし…次があっても、な)じゃあ、そろそろ始めようか、盗賊の親玉さん」
「……!」
「コリコット村を襲ったろ?許す訳にはいかないなぁ。あそこは俺の大事なものでいっぱいなんだよ。さて、お前達が選べる選択肢は二つだ。素直に捕まって王家管理の牢獄行きか、ここで再起不能にされて放置されるかだ。実に簡単だろ?ああ心配するな、王都には連れて行ってやるよ。最速でな」
「…へぇ、殺さないの?」
「直接はな」
「甘いのね?」
「死んだ方がマシだと俺は思うけどな。どちらが良い?」

 魔術師は殆どがそれぞれの国で王家に仕える。宮廷魔術師となり普段は陣の研究や厄介事に駆り出され、戦時には否応無く軍事に配備される。給金も良いし地位も上がるが自国のみの移動に限られ追跡の魔術式陣を身体に彫られる。それだけ魔術師は希少で数が少なく、力の強い者も大して多くは無い。

 そんな魔術師達が罪を犯した場合に入る牢獄が王城内にある。書館に通っていた頃文献で読んだのだが、罪人魔術師の扱いは酷い。
 希少な魔術操作が出来る者が犯罪者になれば被害は絶大。なので強力な魔力放出の首輪を付けられ常に体内に魔力を枯渇状態にされて警備の厳重な牢の中で実験体として短い一生を過ごす。釈放の温情はほぼ無いと言われているそうだ。
 
 フゥンと風切りの音と共に風の刃が俺の周りを包む。サラッと右目を覆う長い前髪がフードの中で鼻先を掠めた。

 牢獄の事は知ってるんだな。目付きが変わった女と老人がこちらに向かい陣を構築しながら杖をかざしている。

「ああ悪い、考え事してたよ。だけど…問題無い」

 そう言いながらこちらに目掛け飛んで来る鋭い風の一つ一つを身一つ動かさずスパンッと相殺する。風の陣や火炎など今更恐れる俺では無い。

 何故なら…

「ふぅん、じゃあ二人共再起不能案で良いんだな?まあ、俺は楽だけど。ああ、いつ来ても良いぞ?もう直ぐ日暮れになっちまうから早く夕飯作りに帰りたいんだ。あ、逃げても無駄だから。もうお前らの姿も魔力の質も確認したから追跡出来るし、逃げられないし逃さないから」


 そう、何故なら俺は回帰前、伯爵家に居た四年間暗殺して生きていたのだから…

 ****

「ただいま~レシェ」
「あ、お帰りなさいリル!」

 台所で椅子に座りながらレシェが芋を剥いている。玄関に居る俺に顔を向けてニコリと微笑んだ。机には野菜が入った籠が置いてある。えらくトマトが多いな。

「すまん、少し遅くなったな。今日は何を作る予定?」
「えっとね~、トマトとひき肉の重ね焼きとトマトとひよこ豆のスープと蒸かし芋にするよ。へへっ、お母さんがトマト沢山持って来てくれたの。消費しなくちゃ。リルもそれで良い?」
「ふふ、勿論。支度手伝うよ。服汚したから着替えて来るな」
「うん、分かった。待ってるね」

 フンフン~と鼻歌を唄いながら野菜の処理をしているレシェの横を少し早足で通り過ぎ階段を上がる。

 はあ、ギリギリ間に合ったな。

 全身を覆っていたフードは倉庫で脱いで置いて来た。下の服は別に汚れてはいなかったが、気分の問題だ。

 俺は今日、五十人近くを地中深く生き埋めにし、地上に残った数人に暗示を掛けて身一つで荒野に放った。

 もう俺の手は汚れている…直接では無いが死に向かわせた。だが後悔はしていない。一度は村を襲った奴らだ。護る為に狩る。それが俺の出来る事。

 上下を着替え腰にレシェが機織りで編んだ俺専用のエプロンを巻いて下腹辺りでギュッと紐を絞めた。ちゃんと「リル」と刺繍で名前が入っている。濃い黄色に染めた糸でレシェが入れてくれたのだ。
 
「まったく…可愛いよな、レシェは」

 ふふっと笑いながら指でそれをなぞってみる。

 そう、俺はリルだ。リーゼンウルトでもリアルトでも無いただのリル。それ以外は要らない。
 レシェの夫のリルであれば良い。

「さ、やるか~」

 パチンと両頬を軽く叩き、彼女の待つ台所へ向かった。

 そう言えばあの『流れの魔術師』、やっぱりアイツだったんだな…妙に知ってる様な魔力だと思ったが。

 奴は俺を公爵家から連れ去った魔術師だったのだ。元は大貴族である侯爵家の三男で宮廷魔術師だったが、ギャンブル好きだった奴は一度身を滅ぼす。宮廷魔術師をしながら借金の為『流れの魔術師』として裏で汚い仕事を請け負い、同じ賭博場で懇意にしていた伯爵からの依頼を受けた様だ。
 誘拐と俺が暴れない様に記憶操作を担っていた。同じ魔術師には大して効果が無いが、弱った子供相手に術がしっかり掛かったのだろう。あの日赤い背表紙の本を見つけるまであの伯爵が実の父では無いと全く疑わなかった。

「爺さんだと勘違いしたが、伯爵より歳下だとは思わなかったな…」

 奴はその後魔力の痕跡から事件の首謀者に挙げられ指名手配を受けた。魔術師である為一度でも牢獄に入れられればもう出る事は叶わない。伯爵から金を融通してもらい助けを借りて国外へ逃げ仰た、が、気の緩みからかまた賭け事に嵌り…渡り歩きながら今度は盗賊団へ。盗賊団は元はあのオバさん、もとい隣国の伯爵家の令嬢だったと言う女魔術師が作った無法者の集まりだった。人より魔力が強く術を構築出来る驕りから当時の王太子と婚姻しようと色々やり過ぎた様だ。王太子の婚約者を暗殺しようとした所で御用となり、一族は爵位を廃され女は老化の術印を刻まれ、その後魔力放出の首輪を付けられ牢獄に入れられそうになるが予め用意していた魔術陣を発動させ辛くも逃亡。
 潜伏しながら復讐の機会を伺っていたが、先立つ物が無かった為仲間を集いながら盗賊団を結成し村や町を襲いながら移動して来たと言う訳だ。

 女は結局復讐は果たせないまま。図らずも代わりに俺が過去の復讐を果たしてしまった。

 奴らは…二度と魔術師として生きられない様に喉の奥に陣を施した。言葉を発せなくし魔術を一切構築出来ない様にしたのだ。あの若い盗賊団の下っ端達がコリコット村襲撃時に舌に入れられていたものよりもより強力なのを。
 優しいか?と聞かれればそれは無い。魔術師が魔術を使えなくなると言う事はそれまでの人生を全否定した事になる。出来ていた事が出来なくなる虚しさや焦り憤りそして後悔。存分に味わってもらおう…
 ついでに片足の神経を切って其々遠くに転移させておいたのでまあ、残りの人生苦労するだろう。

 何処かで俺より力の強い心優しい魔術師が治療してくれたら幸運だな。



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