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「ふーん、竜巻の術式か。こいつが盗賊団を率いる主力の魔術師か?威力の限界は解らないが中級も扱えるって事だな。魔力は高いって事か?」

 現れた魔術師らしき女をフードの隙間から盗み見る。
 ピンクブロンドの髪。白い腹までの長さのケープに腰辺りまでのヒラヒラしたブラウス?足は丸出しで膝までの高いヒールの付いた皮の編み上げブーツを履いている。奇抜な格好だ。歳は二十前か、いやもう少し上かも知れない。デカイ白樺の杖の頭の部分に金色で陣が描かれている。ここからでは角度が悪く何の陣かは確認出来ないが、周りに小さな宝石が幾つか嵌め込まれている様でキラキラしてる。兎に角無駄に派手に見えた。
 更に何故か女の左頬にも顔料で陣が描かれていた。あれは…保存の陣だ。劣化、腐敗を遅らす為に俺も家の食物庫の扉に配している初級程度の魔術陣だ。
 …顔に陣を描き込むとは可笑しな奴だな…

「あんた達なにしてんのよ!!何この状況…え?…何?な、何これ!キラキラしてる…宝石!?え?なんで?」

 何故?と言いながらキャーと喜び柱に抱き着く女魔術師。…性格は現金で単純な様だ。あんな柱が突然現れたら警戒して無闇に抱き付かず普通もっと怪しむだろ?

 更にはきゃあきゃあ騒いでいたが、やがて術式を唱え風の陣から空気の刃を出して宝石の柱に向かい放ち出した。後先考えない思考をしている様だ。周りの盗賊達に刃が当たり更に周りが血に濡れていく。

 仲間意識は無いんだな…やっぱり大半は寄せ集めかも知れない。なら好都合だ。魔術は術者の思いで威力が強くなる場合がある、と本にも書いてあったし。
 さて…出来ればもう一人の魔術師が現れてくれれば早く済むんだけど…これ以上は人が集まらない、時間の無駄かな?

 俺はすっと右手を前に出し宝石で出来た柱に向かい握り込む。

「成形解除」

 そう唱えた途端、天辺からバラバラと精製した宝石の柱が地面に向かって崩れ、盗賊達に降り注いだ、

 頭から降ってくるキラキラした石を痛がりながらも必死に掻き集める盗賊達と牽制する女の金切り声。そしてぐちゃぐちゃと踏まれる仲間だった筈の死体達。

「全く醜いな…なんて汚いんだろう。まあ、お似合いか」

 ゴゴゴゴ…と宝石と死体が散らばる地面に振動が走り轟音が鳴り始める。

「柱の成形を解いたからな…その下は空洞なんだよ。流石に何も無い所からは精製も成形も出来ないんだ」

 ゴバァッと地面に穴が空き重力と共にその空洞に引き摺り込まれる盗賊達の阿鼻叫喚を聴きながら事の顛末を静かに見守った。
 穴はかなり深い。道具無しでは人間には上がって来れないだろう。もし、此処から出られるのだとしたらそれは、多人数で引き揚げるか、魔術師の力が必要だ。

 この国で浮遊の術は俺と王しか使えないらしい。なら東から流れて来た魔術師は脱出するのに何の術を使うのか、どの程度使えるのか。ちょっとした興味があった。

 屋根から穴の側に降りて中を覗き込む。闇しかないポッカリと空いた空間に生存者の呻き声が微かに響いている。

「やあ、綺麗になったな。後は元通り埋めれば問題無い。魔術師はと…強い魔力の反応が感じられ無い…押し潰されたか?」

 なんだ、魔術師同士二対一では不利かと思っていたが使える術が少ないのかも知れないな。竜巻を作り出せるなら何とでも脱出出来るかと思ったのに。
 …まあ、良いや。戦力は削ったし、『流れの魔術師』は警戒しているのか来なかったな…取り敢えず魔力感知で探すとしよう。

 魔力感知は相手にも俺の存在を悟られる可能性があるのであまり得策では無いのだが、面倒なのでこちらから行く事にした。

 早く帰ってレシェと夕飯の支度をしないと。左足が思う様に動かない彼女が心配だからこれからは極力手伝ってやらないとな。滑って転んではいけないし、風呂にも一緒に入って…なんなら俺が隅々まで全部洗ってやろう。別にやましい考えでは決して無い!が、…そうなったらそうなったで…

 思わずホワホワと風呂でレシェと絡み合っている姿を想像してしまう。

「…ゴホンっ雑念が…逃げられては面倒だ。一時間で片を付ける、急ごう」

 パタパタと手を頭の横で軽く振り、煩悩を遠ざけつつ魔力感知の術式を唱えようとしたその時、地に赤い光が走る。パンッと小石が弾けたのを目の端で目視した瞬間、俺は咄嗟に地を蹴って飛び上がった。

「──っ!」

 バリ、パパッと小さな弾ける音が鳴り同時に地面が赤く燃え上がる。

「火炎…」

 グルっと身体を回転させながら炎の追跡を逃れ、浮遊の術で宙に留まった。先程まで立っていた場所、穴の縁から道を挟んだ二階建ての民家の壁にまで火が広がっている。その揺らめく炎の中からゆっくりと黒い影が現れた。

「なんだ、そっちから来てくれたのか。手間が省けた」

「…ふん。浮遊とはな。高明な高い魔力を持つ魔術師でも精密に術式を構築しない限りその陣を組むのは難しいと言われているのに…それにこの穴…お前さん何者だ?」
「そう言うお前は高明な魔術師では無いのか?ああ…愚問か。盗賊共と行動しているって言う『流れの魔術師』ってのはお前だな?」

 宙から見下ろした先に見えるのは随分縦に細長い男だ。歩き方からして若くは無い。顔は俺と同じく黒いフードを深く被り隠している。だが首元には赤い大粒の魔石が幾つも付いた金の首飾りをしていた。流浪の者は身体に全財産を着けて旅をする。恐らくこいつも身体中に貴金属を付けているのだろう。女の持っていた様な杖は無いようだが。

「まあ、儂は名前など無いからな。それで良い。で?お前さんは皇国の追手か?ん?…なんだ?…この魔力…昔何処かで…」

 皇国?へぇ…そう言えばあそこは皇王が急死して皇族兄弟で揉め事があったって聞いた事あるな。じゃあ、やっぱりその内の関係者か?

 流れの魔術師は何か独り言を話しつつ、炎を操り俺に向かって幾つも陣を構築しながら火炎を放って来る。
 狙いは正確だ。一通りそれを避けたり弾いたりしながら俺はそいつを観察していた。余裕を見せながらしっかりと俺に追撃して来る。かなり慣れている様だ。魔術師じゃ無かったら簡単に焼かれているだろうな。流れの、と言う事は実力があるから留まらないのか、それとも犯罪者で貴族でも囲って置くのが難しいのか…

 それにしても……何だろう?俺…こいつの魔力を知っている気がする。

 最近だと城に入った時か?王都か?…違うな。盗賊団に雇われていたなら寄り付かないだろう。なら…いつ?
 コリコット村や近隣の街には魔術師は居ない。と、言う事は…

 もっと…前?前って…


「ふむ。これは埒が開かないな。おい、いつまで隠れているつもりだ…手伝わんかマリン」
「ちょっと!私の名前はマーリカジェリターリリンシカって最高に可愛い名前があるのよ!!勝手に愛称付けないでって言ってるでしょ!ジジイ!!」

 穴の中からヒュッと身を翻し、先程の女魔術師が飛び出て来た。

「! …へぇ?逃れてたのか。凄いな、気付かなかった」

 よく見ると隠蔽の術式陣が杖に彫られている。成る程。精度は悪いがその場凌ぎ程度には効果がある様だ。

「何が凄いよ!!あの穴…いや、宝石は貴方が作ったの?どうやって!?」

 まず正体を知るとかじゃ無く精製方法聞くんだ…何かズレてるな。

「宝石の作り方を知りたいのか?だが俺はお前の仲間じゃないぞ。優しく教えてやる義理も無い」

 ニヤリと口角をあげ挑発してみる。まあ、教えたところで出来るとは思えないが…何せあの本の中のこの研究された魔法陣は組み合わせが五もある。到底普通の魔術師では魔力が足りないだろう。

 そんな俺の姿を腰に手を当てジロジロと見てくる女魔術師。しかしこいつ、本当変な姿だ。しかも二十代…でも無いかも知れない。首の辺りに隠せない弛みが…

「…貴方…フードに半分隠れてるけど…綺麗な唇してるわね?薄いのに艶があって歯並びも良い。それに声も男なのに澄んでるし。きっと美形ね?決めた!!アンタと結婚してあげる!だからいっぱい宝石作って!!」

 あ、こいつはあれだ…後先考えない系か

「…何だそりゃ…阿保だろ。ちょっとは頭使えよオバサン」

 あまりに呆れてしまった反動で本音が脳を一瞬で通過してスラスラと口から出てしまった。

「え?今…何て?」
「ちょっとは頭使えよ」
「…その後…」
「オバサン」

「あ"?」

 その瞬間、空気が凍る様な念の篭った声が女の口から漏れ出た。
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