最強魔術師とリス令嬢〜君の全てを手に入れるまで〜

平川

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第七章    あなたと信じる心

115.優しい試練⑴

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 再び光の空間に戻る。


「おかえり。大地の娘達」
「《妖精王》様」
「どうだった?彼の愛は。とても深かっただろう?」
「はい。とても。とても.........」
「人の身で有りながらまるで精霊のように清らかだ。残念だよ。生まれ変わる事が出来ないなんて」
「《妖精王》様。どうか彼の魂をお助け下さい。何でもします。どうか.................彼を解放したい。こんなに優しい人が、私の為に罪を犯して。私は何も出来ないのですか?何か......彼の魂の為にさせて下さい」
「......ふーむ。彼の罪は世界を犯した罪。簡単では無いよ。判っているだろう?いくら私でもね。でも、そうだな.......。まずはバジュアルの樹を元に戻してもらおう」
「はい。《妖精王》様」
「あ、そう言えば言ってなかったんだけど。ここは魂の産まれる地なんだよ。だから......」

 白い男はスッと右手を上げる。その瞬間ブワッと身体がぶれる。

「!」

 身体が二つに分裂した。
 ガクンと足の力が抜け、2つの身体がコテンと地に尻餅をついた。

「痛.........は?何?」
「あら?」
「魂が2つあるんだから身体も2つに別けられるよ」
「.................ええ!」
「あ、わたくしの髪一房だけ.......元の色.....」
「殆ど混ざり合ってたんだね。でも、顔は少し違うみたいだよ?身体は......うーん。年齢差?」

 ミリアーナの身体はほぼ元のままだった。だが、薄紫に右の顔の横に一房だけミルクティー色の髪が混ざっていた。顔も小さなミリアーナが成長して大人になった顔をしていた。妖美な精霊の様な美しさはそのまま。勿論瞳の色は濃いアプリコット色。お胸も健在だった。

 シーラは15歳の時の容姿をしていた。薄紫色の髪は変わらず、大きな瞳は澄んだ青緑色。だが、身長はミリアーナよりも少し低く、まだ少女を脱したばかりの透けるような白い肌と可愛さと可憐な儚い美しさを湛えた容姿だった。

 2人は良く似通っていたが、まるで姉妹のように少しずつ違っていた。

「はっ...... シーラっ!胸の傷!」
「! ............」
「それは魂の傷だから。簡単には消せないかな」

 シーラの胸には短剣を刺した跡が残っていた。

「構わない。ミリアーナ。初めましてね?多分この服装は死んだ時の姿ね。覚えがあるわ」
「シーラ。ええ。わたくしの姿は.......違いが判らないけど。前はもっと小さかったわ」
「ミリアーナの器は一度魂が一緒になった事によって固定されているよ。合わさった時はシーラの力が強かったからシーラの容姿寄りになったみたいだけど。今は同じくらいかな。元に戻ればまた前と同じ姿になる」
「どうして姿を分けたのですか?」
「2人になれば相談出来るからさ。これから君達は試練を乗り越えなければならない。大地の娘達よ。まずはバジュアルの樹を元に戻す事。次に、シーラがばら撒いた大地の魔力によって歪んだ規律を正す事。その上で三界の管理者にシャルの魂の存続の許可を得る事だ」
「歪んだ........規律?」
「三界?管理者?」
「まずはその魂から妖精達を解放してくれるか」

 シーラは頷き、胸に抱く自身の魔力で包んだシャルの魂に語りかける。

「....シャル。貴方の中の妖精達を解放しましょう。彼等には役割があるの。怖くはないわ。私が付いてる。さあ、心を解放して。バジュアルの樹に返しましょう」

 シーラはシャルの魂に微笑む。すると丸く澄んだ青緑に光る球体から小さな白い光が溢れ出した。ふわりふわりと少しずつ。徐々に無数の光が飛び出して行く。行き先はバジュアルの樹の枯れた枝へ。自分達の場所を知っているかのように吸い込まれて行った。

 しばらく後、丸まっていた金の葉がパラリと開き始める。徐々に徐々にパラリパラリと広がりピンッと伸び切る。最後の葉が開き切ると、虹色の光が溢れ出した。


「うん。良くやった。これで一つ、世界の秩序が元に戻ったね」
「シャル。良かった」
「彼はちゃんと君の声に応えてたね。心を寄せ合えた証拠だ。偉かったね」
「《妖精王》様。歪んだ規律とは.....どう言う事ですの?」
「シーラが魔力を放出した後、身体の中に魔力が残ってしまった人間がどうなるか知ってるかい?」
「........魔力過多症になる、ですか?」
「そうだ。本来無いはずの魔力が身体の中から出て行けなくて内部から壊し始める。毒みたいなものだよ。上手く使えれば魔術師のような力を使えるが、血潮に混ざる魔力は常に溜まり続ける。誰もが出来る訳じゃ無い」

「......申し訳ありません。私があんな事をしなければ....」
「だから君達の力で魔力を大地に返すんだ。因みに大地の力で儚くなった者達の魂は大地が取り込んで近しい者の所へ転生させているはずだよ。これがシーラを助けられなかった大地の贖罪さ。だが、何度と無く繰り返す。これを止められるのは強い力で呪いを掛けた君だけだよ、シーラ」

「!」

「呪い..........」
「苦しめる為の強い呪いだよ。そうだっただろ?」
「......はい。そうです。あの時何もかも許せなかった」
「大地の娘が呪いを掛けたんだ。簡単には正せない。歪んでしまった。世界の規律を捻じ曲げた。罰を与え続けているようなものだ。だが、今の君はどうだい?」
「.....ええ。もう、大丈夫です。私には心配してくれた人や、叱ってくれる人 。ずっと愛されていた事を知りました。勿論悲しいし、悔しいけれど。誰も恨んでなんていません」
「なら、答えは一つだね。さあ、バジュアルの樹に触れてごらん。この樹の根は深く、大地の中心から力を得ている。だが、それだけじゃ無い。大地もまたこの樹から吸い込んでいるんだ。この世界の【愛】を。強く思ってごらん。『許す』とね」


 シーラはバジュアルの樹に近づき、その白い太い幹に触れる。

 ミリアーナはシーラの背後からシーラを優しく抱き締めた。
 まだ16歳だったシーラ。壊された信頼と愛。逃げ場の無い悲しみと悔しさ。心無い策略に振り回され恨んでしまった過去。普通の少女だった。違うのは《大地の聖なる娘》の力があっただけ。使い方も分からずただ翻弄されただけ。

 不幸の連鎖を断ち切る為に生まれ変わり、一つ一つ元に戻して行く。それが自分の役割だった。

 だが、もう1人じゃ無い。今世でシーラはミリアーナと言う魂の半身を手に入れた。計らず、シャルがシーラを想って分けた半身が。


「ミリアーナ。一緒に願ってくれる?私の罪。消してしまえるように」
「勿論よ。シーラ。わたくしの全身全霊で貴方と人々を許すわ。誰が何と言おうとも」
「.................うん。ありがとう。ミリアーナ」
「さあ、大地に返しましょう。シーラ。一緒に」

 2人は目を閉じて願う。


『罪を犯しました。悲しみに負けて人を呪いました。彼等に罰を与えてしまいました。でももう終わり。全て元へは戻らないけれど、この悲しみの連鎖を断ち切ります。大地よ。許しを。私も.................許します』


 沢山泣いた。胸が痛んだ。何度も何度も壊れてしまえば良いと思った。でも、いつもどこかで愛されていた。きっと一歩だけ後ろを向けば気づけたかも知れない。
 もう、その事を知ったから。逃げずに前へ行ける。

 次、また悩んだら、打ちのめされたら、また振向こう。見えなかったものが見えて来るかも知れないから。あの方が私を引き戻してくれたから。勝手に行くなと、1人じゃ無いって言ってくれたから。


 ..............心に空いた穴を両手で力強く塞いでくれた。.......嬉しかった。嬉しかったの。



『許します。もう一度人を。愛を信じます』



 バジュアルの樹が眩い光を発し、虹色の煌めきが噴き出した。その煌めきは太い根に染み込み大地に注がれる。次第に暖かなそれでいて清涼な春の若葉の様な瑞々しい魔力が、許しと共に地上を包み込んで行った。







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