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4.顔合わせとウィンロード
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***
晩餐会から直ちに私は王宮の客室の一つを貸して頂いて生活する事になった。更に調査隊の一員にしては驚くべき高待遇で、専属侍女を付けてくれたり、異国の出身である私に教師まで探して付けてもらえる事になったのだ。
それまでのしばらくの間はバムダの王宮での生活に慣れる為初めは自室の窓から沢山の獣人が庭園で作業する様を眺めたり、獣人侍女さん達とお喋りしたりとお客様に徹していた。
正直、沢山の人と会話する事がこの数年は殆ど無く、事業関係の貴族との会食や現地視察は年浅い私の代わりにと侯爵が出しゃばってしていたので、屋敷の離れの執務室に訪れる人としか話をする機会が無かったのだ。歳の近い女性も居らず数人の壮年の通いの使用人ばかりで口数も少ない。黙々と書類を作成する日々の中、いつしか私自身も声を発する事も無くなっていった。
だからなのか、私は人との意思疎通が出来る会話が物凄く新鮮で嬉しい事に改めて気が付いたのだった。
そしてここ、王宮の獣人侍女達はお喋りが大好きで気兼ねなくフレンドリーに私の話し相手になってくれていた。
「コリーン様は本当バムダ語がお上手ですワン」
「大陸では隣り合った国でも言葉や字が違ったりするから子供の時から不思議と興味が湧いたの。お祖父様が色々な国の見栄えのよい書物の商業を営んでいたのもあって。影響されたみたい」
「そうなんですかワン~それで覚えちゃうなんてお勉強がお好きだったんですね!」
「この間城の出入りの商人が言っておりましたが、大陸共通語以外の言語って実は物凄く難しいって話でしたバオ。バムダも独特らしいですけど、言い回しとか同じ言い方でも何種類も違う意味があったりするから中々覚えられなくて、大勢の通訳が居ないと商売出来ないって話でしたバオ」
「私達が他所の国に行く事は無いですけど、大変なんですね~まあ、私達にはコロロコロンがあるから平気ですワン」
「…え?コロロ、コロ…って?」
「あ~コロロコロンって言うのは~──」
その時、コンコンッと自室の扉をノックされララさんが声掛けをして来た。
「失礼致します、コリーン様。以前お話ししておりました文化、歴史学の講師らが到着致しましたので、第四応接室までお越し頂きたくお迎えに上がりました」
すると先ほどまでお茶友をしてくれていた犬獣人とバク獣人の侍女達はサッとテーブル後方で整列。ピシッと手足を揃えキリッとした顔でララさんを迎える。なるほど…序列で言うならばララさんは同僚では無く上司に当たるのだろう。王宮の侍女頭ともなればきっと貴族だろうし…いや、そもそも人間の貴族の規定とバムダ国の定義は違うのかな?やはり知り得ない事が多過ぎる。…この国の事、もっと知りたい。
私は久しぶりに知識欲に飢えムズムズとしていた。こんな気持ちはいつ振りだろうか…。
「…貴女達はコリーン様のお部屋を整えてから今後お使いになる第六執務室の清掃へ。後程晩餐までに浴場の支度も済ませるように」
「畏まりました。ではコリーン様、一旦御前失礼いたします」
そう言って斜め四十五度にお辞儀をし彼女達はそそそと扉から出て行ってしまった。掃除用具を取りに行く様だ。
ちなみに話し言葉のワンとかバオだとか語尾が特徴的な獣人達だが、王宮内では基本付けてはいけないらしい。私の前では気にせず使ってくれたら良いと最初に話してある。可愛いらしくて私は好きなのだ。
「では参りましょう。どうぞわたくしの背にお乗り下さい」
ララさんは優雅にお辞儀をし、スッと私に向かって背を向ける。そう…毎度の事であるのだがこのララさん、私を彼女の背?に乗せて移動してくれるのだ。
「で、でもあ、あの…すみませんが今日は私やっぱり歩きま──」
「コリーン様?(カパッ)」
「ひゃひっ!は、はいぃ」
『ブラックマンバ』とは、コブラ科マンバ属の大型種、猛毒を持つ蛇である。
並外れたスピードで知られ、陸生の蛇としては世界最速の種の一つで敏捷性があり全長が四メートルを超えることもあるのだが、巨体でありながら爆発的な加速とスピード、その正確性により確実に外敵から逃れどんな地形であろうと獲物を追い詰めることが出来るハンターだ。
そして一番厄介なのは適切な抗毒血清を投与しないかぎり、三十分で死に至るというところだろう。強力な即効性の神経毒をもつ事で恐れられている。
…と幼い頃に見た爬虫類図鑑に書いてあったのを彼女を見るたびに思い出す。それはなぜかというと…
ララさんは色白で、美しいグレーに光る涼し気で澄んだ目元。艶のある黒髪に真っ赤な口紅が良く似合う薄い形のキリリとした上品な唇。ハッキリ言えば気品のあるシュッとした美人だ。
獣人である彼女には腕があり、胸の前できちっと添えられた長い指先も相まり光沢のある黒い侍女頭らしい服を着こなす姿からもとても清廉な印象を受ける。だが…
「どうぞお乗り下さい(カパッ)」
そう言って時折カパッと口を開けるララさんの口の中は…
真っ暗闇、いや…真っ黒だった。牙も揃った歯までも黒いのだ。これは名前の由来になったブラックマンバの特徴の一つで、私はこれを目撃する度に心臓が飛び跳ねビクンッと慄いてしまう。たとえ提案を拒んでも噛まれる事は無いだろうが、これは多分強制だ。と言うか…本能が逆らうなと警告をしてくる。まあ、歩くより速いし王宮内で何から護るのかは分からないが護衛も兼ねているといわれているし…仕方がないのかもと毎回諦める。
ちなみにヘビ獣人の下半身は一般の蛇と変わらない。つまり足は無い。私は言われるがままその硬い背?にビクビクしながら足を掛ける。動き出しはグネッと筋肉が波打ちはするものの蛇行して動くのは長い尾?の部分だけでスルスルと前に進んで行くので後は快適に移動出来るのだ、が…
ただ、ヒールがある靴の時は幾ら鱗があるとは言え申し訳なさ過ぎて断りたいのだ。口をカパッとする前に分かって欲しいのララさん…
「はぁ~…あ、そう言えばコロロコロンって結局なんだったんだろう?聞き損ねてしまったわ」
*
その後紹介された先生はオランウータン女史と鹿獣人のご老体だった。彼らとの出会いはかなり衝撃的なものだった。
話によると元々御二方は研究者で、長い間バムダ国の進化の歴史や各年代の地層からの出土品や遺跡からどの様な文化が根付いていたのか、考古学からの観点より考察したり古文書を読み起こしたりとかなり深いところから研究をされていた様だ。高齢の為第一線からは退いたがその功績から今でも国王に進言出来る程の地位と権利をお持ちだとララさんから経歴を聞かされていた。
「…あの…その様な偉い方々に私なんかが教えをいただいてよろしいのでしょうか?」
対面で並んでソファに座り紅茶を啜っているお二人に私は恐る恐るお伺いを立てた。肩書きもそうなのだが、何と言うか…オーラがすごい。貫禄と言うのか…そんな萎縮している私に鹿老人、もといチャロ先生がお優しい声で話しかけてくださったのだが…
「ふむ…貴女は…ココココリーン嬢と仰いましたかな?」
「え??…あ、いえ…コリーンです」
「コココリーン…」
「コが多いですね…ただのコリーン…です」
「ふむ。ゴリンじゃな」
「え?ゴリン?あ、いえ…コリで…す」
あれ?私の名前なんだっけ?
「なるほど、コリじゃな?短くて良い名じゃ。長い名は面倒くさいからのぉ。改めて初めましてお嬢さん。人族と話すのは四年と九ヶ月振りじゃ。今回ミミの調査に参加するらしいのぉ」
いや…まあコリはともかくミミって?あ!ミミルキーの事かな?
「あ、はいそうなんです。ウィンダム第一王子と共にこの度ミミルキーの生態調査をする事になりまして──」
すると隣でお茶を啜っていたオランウータン獣人の女性の目がカッと見開いた瞬間、突然目の前のテーブルがドバァンッッと鳴った。そのあまりの音と風圧と吹き飛ぶ茶器セットに頭が真っ白になり、横でとんでもないスピードで浮いたポットやカップをキャッチしていくララさんの後ろへとピャッと逃げる私。
オランウータン獣人…彼女のそれは足より長い巨大な手である。それをまるで鞭の様にビシャーンビシャーンと振り上げては振り下ろして重厚な大理石製のテーブルを殴打し、更に悶えながら雄叫びを上げているその野生味溢れた姿に私はララさんにしがみ付いて固まるしか無かった。
「なんて素晴らし──────ぃぃゔぁぁぁあ!!」
「ひぃ──ぃぃ!ララさーんっっ」
「あらまあ、アリスカーラ女史、どうぞ落ち着いて下さいませ(カパッ)」
「全くアリは相変わらずうるさいのぉ」
「あの我らのミミルキーがようやく調査対象になるのですよチャロ!これで我がバムダ国の歴史の一ページが白日の下に!!ヴバァ!」
バスーンッバスーンッ
(ピキピキピキ…バカンッ)
「きゃー!テーブルが割れたぁぁ!!」
「ヴバァではないわ馬鹿者!分かっとるから一々叩くんじゃない。全くお主はどれだけの机や椅子を壊すつもりじゃ。また腕と足を紐で縛り付けて道端に転がすぞ!ハァ…此奴は普段は大人しいのに興奮すると手が無駄に暴れよるんじゃ、驚かせてすまぬなぁゴリよ」
「…いえ私は…コリ…ーンです」
名前を二文字(しかも正確ではない)分しか覚えようとしない鹿のご老体はテーブルを叩き割る三倍以上体格差のある熱血オランウータン女史を捕縛出来るらしい…獣人のパワーバランスはどうなっているのか。見た目では図り知れない様だ。
そしてもう一つ。王宮内で護衛は要らないなんて認識は甘かった。予期せぬ危険が降って来る(茶器セット)事を身をもって体感した日でもあった。
そんなこんなでわちゃわちゃカオスな初対面を果たした私は、パワー漲る個性豊かなこの御仁達とバムダ国の歴史や文化などを楽しみながら?学んで行く事になったのだった。
***
「ハハハッ!やっぱりアリスカーラ博士もチャロ博士も面白いな」
「はい、アリスカーラ女史はミミルキーを愛していらっしゃるので。いつもマサラヤマン島の浜辺で彷徨っているミミルキーに近づき過ぎては中腹までたどり着けず倒れてしまわれるそうですが」
「ミミルキーの起源を探れればバムダの創世の新たな歴史に触れる事が出来ると考えているみたいだから…まあ、間違ってはいないだろうけど。魔力が少ないのが残念だな…」
そう言ってウィンダムはパラリと経歴書類を見つめる。先程家庭教師としてコリーンに紹介された博士二人は王太子であるウィンダムが直々に推薦した。一番純粋で向上心を持ち、へこたれない生粋の研究者。そしてその研究機関の権力争いから群を抜いて突出している者達だ。王家権力による多少の無理強いはご愛嬌。
「…今のコリーンには何も気にせず頭を空っぽにして過ごして欲しいからな。お二人は人望もあり勤勉な者にはお優しいし、うるさいくらいの授業の方が楽しめるだろう…ふふっ」
「少々刺激が強い気もしますが…このまま様子見でよろしいでしょうか?」
「ああ何かあれば助けてやってくれ。コリーンには不自由させない様に。俺は調べ物があるから暫く頼むよ…まあ、早急に整える」
「いつものらりくらりとこの手の事を避けられていた方が…変わるものです」
「…ああ、不思議だな。俺もビックリしてる」
ウィンロードは男系の魔法使いだ。獣人も魔力を持ってはいるが術を使えるわけではない。魔素による遺伝子の変異で出来た種族である為魔力出力経路の構造が普通の獣人とは異なるのだ。もちろんウィンロードではあっても魔力の保有量や上手く術を操作出来る者、そうでない者もいる。だが彼らは数が少ないとは言え派閥がある程には存命している。
ウィンダムには既に番を迎えた兄弟もおり、王家の血筋の中で伴侶の居ないウィンロードは諦めた者、まだ年若い数人、それと年端も行かない子供達くらいだ。
年に一度の王室主催のパーティーで適齢期前の獣人女性を招集。国王の雷気にて魔力耐性がある女性がたまに見つかる。つまりその女性とウィンロードはお見合いをして惹かれ合う者がカップルになる訳である。ここで大事なのは惹かれ合うと言う事だ。
そう、ウィンロードの番は特別だ。自身の魔力で子を成す前に相手の命を奪う危険性を女性の身に負わせる事になる。実は耐性能力と魔力が均衡しており、惹かれ合い心の絆を強く深めた相手であれば番同士で長寿が延び、更に魔力量の多い優れたウィンロードが誕生すると言うのが歴代王による裁定だ。
そんな中ウィンダムは幼少期より何度もバムダ国内の魔力耐性のある貴族子女や平民に至るまで顔合わせをしていた。だが彼の魔力量に見合う相手は現れなかった。本来であれば番も見つからない王子など王位継承を頂くまでに至らないとされるだろう。
だがそれでも彼が第一王子と言う安易な立場からでは無く、全てのウィンロードから満場一致で『王太子』に認定されたのにはバムダ王国王権の象徴に値する明確な理由があった。
「まあ…今更急いでも仕方が無い。時間は確保出来たんだ。ゆっくり行くさ」
晩餐会から直ちに私は王宮の客室の一つを貸して頂いて生活する事になった。更に調査隊の一員にしては驚くべき高待遇で、専属侍女を付けてくれたり、異国の出身である私に教師まで探して付けてもらえる事になったのだ。
それまでのしばらくの間はバムダの王宮での生活に慣れる為初めは自室の窓から沢山の獣人が庭園で作業する様を眺めたり、獣人侍女さん達とお喋りしたりとお客様に徹していた。
正直、沢山の人と会話する事がこの数年は殆ど無く、事業関係の貴族との会食や現地視察は年浅い私の代わりにと侯爵が出しゃばってしていたので、屋敷の離れの執務室に訪れる人としか話をする機会が無かったのだ。歳の近い女性も居らず数人の壮年の通いの使用人ばかりで口数も少ない。黙々と書類を作成する日々の中、いつしか私自身も声を発する事も無くなっていった。
だからなのか、私は人との意思疎通が出来る会話が物凄く新鮮で嬉しい事に改めて気が付いたのだった。
そしてここ、王宮の獣人侍女達はお喋りが大好きで気兼ねなくフレンドリーに私の話し相手になってくれていた。
「コリーン様は本当バムダ語がお上手ですワン」
「大陸では隣り合った国でも言葉や字が違ったりするから子供の時から不思議と興味が湧いたの。お祖父様が色々な国の見栄えのよい書物の商業を営んでいたのもあって。影響されたみたい」
「そうなんですかワン~それで覚えちゃうなんてお勉強がお好きだったんですね!」
「この間城の出入りの商人が言っておりましたが、大陸共通語以外の言語って実は物凄く難しいって話でしたバオ。バムダも独特らしいですけど、言い回しとか同じ言い方でも何種類も違う意味があったりするから中々覚えられなくて、大勢の通訳が居ないと商売出来ないって話でしたバオ」
「私達が他所の国に行く事は無いですけど、大変なんですね~まあ、私達にはコロロコロンがあるから平気ですワン」
「…え?コロロ、コロ…って?」
「あ~コロロコロンって言うのは~──」
その時、コンコンッと自室の扉をノックされララさんが声掛けをして来た。
「失礼致します、コリーン様。以前お話ししておりました文化、歴史学の講師らが到着致しましたので、第四応接室までお越し頂きたくお迎えに上がりました」
すると先ほどまでお茶友をしてくれていた犬獣人とバク獣人の侍女達はサッとテーブル後方で整列。ピシッと手足を揃えキリッとした顔でララさんを迎える。なるほど…序列で言うならばララさんは同僚では無く上司に当たるのだろう。王宮の侍女頭ともなればきっと貴族だろうし…いや、そもそも人間の貴族の規定とバムダ国の定義は違うのかな?やはり知り得ない事が多過ぎる。…この国の事、もっと知りたい。
私は久しぶりに知識欲に飢えムズムズとしていた。こんな気持ちはいつ振りだろうか…。
「…貴女達はコリーン様のお部屋を整えてから今後お使いになる第六執務室の清掃へ。後程晩餐までに浴場の支度も済ませるように」
「畏まりました。ではコリーン様、一旦御前失礼いたします」
そう言って斜め四十五度にお辞儀をし彼女達はそそそと扉から出て行ってしまった。掃除用具を取りに行く様だ。
ちなみに話し言葉のワンとかバオだとか語尾が特徴的な獣人達だが、王宮内では基本付けてはいけないらしい。私の前では気にせず使ってくれたら良いと最初に話してある。可愛いらしくて私は好きなのだ。
「では参りましょう。どうぞわたくしの背にお乗り下さい」
ララさんは優雅にお辞儀をし、スッと私に向かって背を向ける。そう…毎度の事であるのだがこのララさん、私を彼女の背?に乗せて移動してくれるのだ。
「で、でもあ、あの…すみませんが今日は私やっぱり歩きま──」
「コリーン様?(カパッ)」
「ひゃひっ!は、はいぃ」
『ブラックマンバ』とは、コブラ科マンバ属の大型種、猛毒を持つ蛇である。
並外れたスピードで知られ、陸生の蛇としては世界最速の種の一つで敏捷性があり全長が四メートルを超えることもあるのだが、巨体でありながら爆発的な加速とスピード、その正確性により確実に外敵から逃れどんな地形であろうと獲物を追い詰めることが出来るハンターだ。
そして一番厄介なのは適切な抗毒血清を投与しないかぎり、三十分で死に至るというところだろう。強力な即効性の神経毒をもつ事で恐れられている。
…と幼い頃に見た爬虫類図鑑に書いてあったのを彼女を見るたびに思い出す。それはなぜかというと…
ララさんは色白で、美しいグレーに光る涼し気で澄んだ目元。艶のある黒髪に真っ赤な口紅が良く似合う薄い形のキリリとした上品な唇。ハッキリ言えば気品のあるシュッとした美人だ。
獣人である彼女には腕があり、胸の前できちっと添えられた長い指先も相まり光沢のある黒い侍女頭らしい服を着こなす姿からもとても清廉な印象を受ける。だが…
「どうぞお乗り下さい(カパッ)」
そう言って時折カパッと口を開けるララさんの口の中は…
真っ暗闇、いや…真っ黒だった。牙も揃った歯までも黒いのだ。これは名前の由来になったブラックマンバの特徴の一つで、私はこれを目撃する度に心臓が飛び跳ねビクンッと慄いてしまう。たとえ提案を拒んでも噛まれる事は無いだろうが、これは多分強制だ。と言うか…本能が逆らうなと警告をしてくる。まあ、歩くより速いし王宮内で何から護るのかは分からないが護衛も兼ねているといわれているし…仕方がないのかもと毎回諦める。
ちなみにヘビ獣人の下半身は一般の蛇と変わらない。つまり足は無い。私は言われるがままその硬い背?にビクビクしながら足を掛ける。動き出しはグネッと筋肉が波打ちはするものの蛇行して動くのは長い尾?の部分だけでスルスルと前に進んで行くので後は快適に移動出来るのだ、が…
ただ、ヒールがある靴の時は幾ら鱗があるとは言え申し訳なさ過ぎて断りたいのだ。口をカパッとする前に分かって欲しいのララさん…
「はぁ~…あ、そう言えばコロロコロンって結局なんだったんだろう?聞き損ねてしまったわ」
*
その後紹介された先生はオランウータン女史と鹿獣人のご老体だった。彼らとの出会いはかなり衝撃的なものだった。
話によると元々御二方は研究者で、長い間バムダ国の進化の歴史や各年代の地層からの出土品や遺跡からどの様な文化が根付いていたのか、考古学からの観点より考察したり古文書を読み起こしたりとかなり深いところから研究をされていた様だ。高齢の為第一線からは退いたがその功績から今でも国王に進言出来る程の地位と権利をお持ちだとララさんから経歴を聞かされていた。
「…あの…その様な偉い方々に私なんかが教えをいただいてよろしいのでしょうか?」
対面で並んでソファに座り紅茶を啜っているお二人に私は恐る恐るお伺いを立てた。肩書きもそうなのだが、何と言うか…オーラがすごい。貫禄と言うのか…そんな萎縮している私に鹿老人、もといチャロ先生がお優しい声で話しかけてくださったのだが…
「ふむ…貴女は…ココココリーン嬢と仰いましたかな?」
「え??…あ、いえ…コリーンです」
「コココリーン…」
「コが多いですね…ただのコリーン…です」
「ふむ。ゴリンじゃな」
「え?ゴリン?あ、いえ…コリで…す」
あれ?私の名前なんだっけ?
「なるほど、コリじゃな?短くて良い名じゃ。長い名は面倒くさいからのぉ。改めて初めましてお嬢さん。人族と話すのは四年と九ヶ月振りじゃ。今回ミミの調査に参加するらしいのぉ」
いや…まあコリはともかくミミって?あ!ミミルキーの事かな?
「あ、はいそうなんです。ウィンダム第一王子と共にこの度ミミルキーの生態調査をする事になりまして──」
すると隣でお茶を啜っていたオランウータン獣人の女性の目がカッと見開いた瞬間、突然目の前のテーブルがドバァンッッと鳴った。そのあまりの音と風圧と吹き飛ぶ茶器セットに頭が真っ白になり、横でとんでもないスピードで浮いたポットやカップをキャッチしていくララさんの後ろへとピャッと逃げる私。
オランウータン獣人…彼女のそれは足より長い巨大な手である。それをまるで鞭の様にビシャーンビシャーンと振り上げては振り下ろして重厚な大理石製のテーブルを殴打し、更に悶えながら雄叫びを上げているその野生味溢れた姿に私はララさんにしがみ付いて固まるしか無かった。
「なんて素晴らし──────ぃぃゔぁぁぁあ!!」
「ひぃ──ぃぃ!ララさーんっっ」
「あらまあ、アリスカーラ女史、どうぞ落ち着いて下さいませ(カパッ)」
「全くアリは相変わらずうるさいのぉ」
「あの我らのミミルキーがようやく調査対象になるのですよチャロ!これで我がバムダ国の歴史の一ページが白日の下に!!ヴバァ!」
バスーンッバスーンッ
(ピキピキピキ…バカンッ)
「きゃー!テーブルが割れたぁぁ!!」
「ヴバァではないわ馬鹿者!分かっとるから一々叩くんじゃない。全くお主はどれだけの机や椅子を壊すつもりじゃ。また腕と足を紐で縛り付けて道端に転がすぞ!ハァ…此奴は普段は大人しいのに興奮すると手が無駄に暴れよるんじゃ、驚かせてすまぬなぁゴリよ」
「…いえ私は…コリ…ーンです」
名前を二文字(しかも正確ではない)分しか覚えようとしない鹿のご老体はテーブルを叩き割る三倍以上体格差のある熱血オランウータン女史を捕縛出来るらしい…獣人のパワーバランスはどうなっているのか。見た目では図り知れない様だ。
そしてもう一つ。王宮内で護衛は要らないなんて認識は甘かった。予期せぬ危険が降って来る(茶器セット)事を身をもって体感した日でもあった。
そんなこんなでわちゃわちゃカオスな初対面を果たした私は、パワー漲る個性豊かなこの御仁達とバムダ国の歴史や文化などを楽しみながら?学んで行く事になったのだった。
***
「ハハハッ!やっぱりアリスカーラ博士もチャロ博士も面白いな」
「はい、アリスカーラ女史はミミルキーを愛していらっしゃるので。いつもマサラヤマン島の浜辺で彷徨っているミミルキーに近づき過ぎては中腹までたどり着けず倒れてしまわれるそうですが」
「ミミルキーの起源を探れればバムダの創世の新たな歴史に触れる事が出来ると考えているみたいだから…まあ、間違ってはいないだろうけど。魔力が少ないのが残念だな…」
そう言ってウィンダムはパラリと経歴書類を見つめる。先程家庭教師としてコリーンに紹介された博士二人は王太子であるウィンダムが直々に推薦した。一番純粋で向上心を持ち、へこたれない生粋の研究者。そしてその研究機関の権力争いから群を抜いて突出している者達だ。王家権力による多少の無理強いはご愛嬌。
「…今のコリーンには何も気にせず頭を空っぽにして過ごして欲しいからな。お二人は人望もあり勤勉な者にはお優しいし、うるさいくらいの授業の方が楽しめるだろう…ふふっ」
「少々刺激が強い気もしますが…このまま様子見でよろしいでしょうか?」
「ああ何かあれば助けてやってくれ。コリーンには不自由させない様に。俺は調べ物があるから暫く頼むよ…まあ、早急に整える」
「いつものらりくらりとこの手の事を避けられていた方が…変わるものです」
「…ああ、不思議だな。俺もビックリしてる」
ウィンロードは男系の魔法使いだ。獣人も魔力を持ってはいるが術を使えるわけではない。魔素による遺伝子の変異で出来た種族である為魔力出力経路の構造が普通の獣人とは異なるのだ。もちろんウィンロードではあっても魔力の保有量や上手く術を操作出来る者、そうでない者もいる。だが彼らは数が少ないとは言え派閥がある程には存命している。
ウィンダムには既に番を迎えた兄弟もおり、王家の血筋の中で伴侶の居ないウィンロードは諦めた者、まだ年若い数人、それと年端も行かない子供達くらいだ。
年に一度の王室主催のパーティーで適齢期前の獣人女性を招集。国王の雷気にて魔力耐性がある女性がたまに見つかる。つまりその女性とウィンロードはお見合いをして惹かれ合う者がカップルになる訳である。ここで大事なのは惹かれ合うと言う事だ。
そう、ウィンロードの番は特別だ。自身の魔力で子を成す前に相手の命を奪う危険性を女性の身に負わせる事になる。実は耐性能力と魔力が均衡しており、惹かれ合い心の絆を強く深めた相手であれば番同士で長寿が延び、更に魔力量の多い優れたウィンロードが誕生すると言うのが歴代王による裁定だ。
そんな中ウィンダムは幼少期より何度もバムダ国内の魔力耐性のある貴族子女や平民に至るまで顔合わせをしていた。だが彼の魔力量に見合う相手は現れなかった。本来であれば番も見つからない王子など王位継承を頂くまでに至らないとされるだろう。
だがそれでも彼が第一王子と言う安易な立場からでは無く、全てのウィンロードから満場一致で『王太子』に認定されたのにはバムダ王国王権の象徴に値する明確な理由があった。
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