【完結】美女と岩

平川

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 俺は12歳から王都にある寄宿学校に入った。
 それまで割と頻繁に伯爵家に連れて行かされていたが、流石にこの歳になるとそうはいかない。学校があるしな。それでも長期休暇などはアンジュに会うよう言われ、馬車を用意される。歳を重ねる毎に酷い時は2人で別荘に共に行くよう言われたり、「仲が良い」アピール作戦に拍車が掛かる。なぜこんな事になっているかと言えば勿論アンジュの為だ。

 前にも言ったが俺は顔が怖いらしい。訓練で日に焼け肌が浅黒くなると更に強面になった。身長もすでに父の背を越す程だった。魔術剣士でもあり、更には侯爵家跡取りの俺が婚約者だと周知させる目的だ。つまりは虫除けの役割だった。近い歳で俺を超える奴はそうそう居ない。
 伯爵も俺が居る時以外にアンジュを領地外に出さなかった。

 同様にアンジュが12歳になると、俺の容姿と反比例するかの様にそれは美しく育っていった。濃いピンクの瞳は煌めいて、艶のある淡いオレンジがかった髪は幻想的だ。肌は透ける様な色白で小さい唇はピンク色だ。細い鎖骨に薄い肩。もう舌足らずでも無いしお喋りでも無くなった。
 小さい頃は構って構ってと引っ付いてきたが、気付くと一歩下がって歩くようになっていた。

 その時俺は17歳。身体はどんどんと大きくなり、恐らく寄宿学校の中で1番背が高く、赤い髪も相まってかなり厳つくなってしまった。
 友人はそこそこ出来たと思う。俺は口数は少ないが強いので割と人が寄って来たのだ。作戦勝ちだな。
 このまま18歳になれば卒業だ。その後は軍の官僚候補生になる予定。勿論昇格試験がある。


「アンジュ。これ」
「はい。何ですか?」
「誕生日のプレゼント」
「わあぁ!ありがとうございますダリ様!嬉しいです」
「アンジュも13歳か…早いな」
「ダリ様も18歳になられるんですね。試験があると聞きました」
「ああ。もうすぐだ。まあ、別に心配するような内容でも無いんだけどな」
「そうですね。ダリ様は優秀な方ですもの」
「大した事は無いよ」
「何かわたくし卒業のお祝いにプレゼントをご用意させて頂きたいのですが、何か欲しい物は有りませんか?」
「うーん。今は思いつかないな」
「そうですか。では、何か考えておきますね」
「ああ、それと卒業までは暫く此処には来れないんだ。アンジュも女学校が忙しいだろう?じゃあ、俺はこれを届けに来ただけだから。もう帰るよ」
「え?もう?あ、あの…あ、…いえ、わざわざありがとうございました。ダリ様」

 俺は用事がある時だけもう1人でこの伯爵邸に行き来していた。馬車では無く馬で。その方が断然早い。

 アンジュに軽く別れを告げ、俺は馬に跨がり伯爵邸を後にした。

 何か忘れているような気がしたけど、その時は思い当たらなかったのでそのまま振り向かず帰った。


 後からふと気付く。掛けるべき「言葉」を忘れていたんだ。言い淀んだ彼女に掛ける言葉を。

「…おめでとうって言ったかな?」

 俺は彼女に渡して来なかった。優しい言葉を、態度を。形だけでも婚約者だ。もっと気遣いくらいはするべきだった。いや、本当は違う理由があったのだが。
そんな事が積み重なって…言葉が足りないのは常に自覚はあったのに…

 いつの間にか周りが勝手に俺を解ってくれていると勘違いしていたのだ。

 ****

 俺は18歳になり、軍の官僚候補生になった。
 試験も何の問題も無く合格し、軍所属になりそのまま王都のタウンハウスで暮らしている。いずれ侯爵家当主として領地に戻らねばならないが暫くは二足の草鞋、父と同じ道を歩む事になった。
 だが俺が目指す最終目標は軍司令官だ。

 それからは本当に忙しい毎日で、剣術訓練の間に本格的な攻撃魔術の訓練、更に本官僚の昇格試験の勉強だ。まあ、俺にとっては大した問題では無かったが。淡々と日々を過ごして行った。

 そして官僚試験に受かり20歳になったある日、友人達と連んで夜の街に息抜きに酒を飲みに行く。この歳になると騒がしいが割と酒場などには行くようになっていた。
 最近他国の者が酒場に多く居る。理由は恐らくだが隣国が大国との戦争が始まるのでは無いかとの事だった。その噂に恐れて逃れて来たと言う訳だ。まあ、そんな奴らは喧嘩っ早い。治める事もしばしばある。隊役の俺達の腰にはいつ何時も帯剣する義務があった。

 この剣の鞘はアンジュが18歳の誕生日に俺の為に特別に作らせた物だ。試験の合格と併せてのプレゼントだと言う。どう言う知り合いかは知らないがその技師が作ったそれは、あまりに巧妙な技巧で作られた装飾が美しく、ゴテゴテしていないのに華美で相性が良かったので剣を新調する事があっても変わらず愛用している。

 彼女はもう直ぐ16歳になる。今は季節の変わり目などに数回伯爵領を訪れる程度しか行かなくなった。しかし訪れる度に変わらない笑顔で迎えてくれている。

 今度会う時俺は…どうすれば良いんだろうな…このまま結婚してしまって良いのか……俺で良いのか?

 地位や身分、能力なら申し分無い俺だが、遺憾せん容姿が悪い。幼い頃から兆候はあった。今では…岩の様だとも言われる程だ。
 それに比べてアンジュときたら…

「あまりにも釣り合わん。岩と美女じゃぁな…」

 16歳を目前に迎えた彼女は本当に女神の様だった。短く小さなあの赤子の手は今は形良くスラリと伸び、すっかり女性の身体つきに成長していた。腰は折れそうな程細く胸は膨らみ、鎖骨から伸びる長い首。艶かしい小さな唇から覗く綺麗な白い歯。そして煌めくピンクの瞳…人間でない様なそんな神々しさが彼女にはある。

 俺には何もかも似合わない。胸に抱けば壊してしまいそうで…だからって他の誰かに奪われてしまえばきっと辛いし苦しい。最近はそんな思いにグチャグチャと頭の中を掻き回されている。
 婚約した時は唯の虫除けだと自分でそう解っていた筈なのに、それを肯定されるといやに落ち込む。
 これは何という感情なのか…

 婚約解消をするならもう言わないといけない。彼方からも何も言って来ない。
 名ばかりとは言え深くは無いが浅くも無い。そんな関係を自ら下す…終わりの選択の時間が近づいていた。


「ようリダリオス!飲んでるか?」
「ん?ああ」

 話し掛けてきたこいつはブルー。寄宿学校からの腐れ縁で商家の生まれの次男で平民だ。同じ魔術剣士で今は俺の任されている部隊の主力の1人だ。官僚には成れないが近い内に高位貴族の専属騎士にもなれるだろう。…あれさえ無ければだが。

「お前明日は出仕か?」
「いや、違うが…なんだ?」
「なあ、じゃあさ…ちょっと行こうぜ?ラムズ通りに新しく良い店が出来たってよ」
「ラムズ通り?なぜあんな場所…娼館がある筋だろ?」
「その娼館に行くんだよ。噂によると変わった髪色を持った娘ばっかり扱ってるらしいぞ?」

 サラッと言いやがって…これさえなきゃ貴族からお呼びが掛かるのに。女遊びと娼館通いが二つ名になるなんて呆れる。

「変わった髪色?…閨は暗いだろ?意味あるのか?」
「それがさ、明るい照明がある部屋でやるらしいぞ?最近出回り始めた『カカナン』って照明石がはめ込まれているらしい」
「カカナン…光を浴びて吸収すると淡いピンクに光るあれか。へぇ…」

 ゴード伯爵の領地は洞窟が多くて照明石も採れる。普段は光の当たらない場所でしか見つからないと言われている魔石で色はなぜかピンク色…て、明るい部屋で?馬鹿言うな!俺の容姿を気遣え!

「なぁ、行こうぜリダリオス~」
「なんで男と連れ立って行かないといけないんだよ。遠慮する」
「頼むよ~…実はさ、貴族が行くと可愛い子を優先して紹介してくれるらしいんだよ~」
「…そんな事だろうと思った。ラムズ通りの娼館は貴族の奴らは行かないだろう。あんな所に行ったら一気に噂が広まるだろうな」

 ははっと吐き出しエールを腹に流し込む。

 基本平民が利用する娼館はそう言う行為だけをする所だ。俺も詳しく知らないが閨は暗くしてあるらしい。
 高位貴族が行くような高級娼館はまず場所から違う。馬車で行くような少し王都の外れにある。警備隊を雇っている所もある程だ。厳重に名が流出しないようにされているらしい。

 らしい、と言う聞き齧りだ。……俺はそう言う場所を利用した事など無い。以前にも誘われた事は何度もある…勿論興味はあったが俺の目立つ容姿じゃ絶対行った事がバレるだろうし、周りに茶化されるのも面倒臭い。

 それに知らない女を抱けるとは思わなかった。と言うよりも……やっぱり…


 アンジュが理由なんだろうなぁ。
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