天井人は気象にて

羽上帆樽

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第4部 呼び、付ける

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 俺とキラ・ソラとの日々は続いた。

 あいつにとっては、それは続いたのではなく、続けたのかもしれない。俺の方からあいつに構うことはなかったが、あいつが俺に構わない日はなかった。学校があろうとなかろうと、あいつは必ず俺の前に姿を現した。まるで天気みたいな奴だと思う。自分が望もうと望まないと関係なく、その影響をただ一方的に受けるしかない。

 季節が移って、夏になった。涼しかった春が愛おしい。俺は夏が一番嫌いだった。気温が高いのも嫌だし、蝉の声も聞きたくない。静かに生きたかった。だから、いつも一方的に話しかけてくる頭の中にいるもう一人の俺のことも、好きではなかった。

 一日の中で唯一涼しくなる夕方くらいは一人で過ごしていたかったのに、いつも通り、インターホンの音がそれを壊した。今日は珍しく家にいた母親がそれに応じる。やり取りをする声が階下から聞こえたときから、俺は嫌な予感がしていた。間もなく階段を上る音が聞こえたかと思うと、母親がノックもなしにドアを開いた。ドアノブに手をかけたまま、彼女は一言、

「お友達」

 と言った。

 友達じゃない、と俺は胸の内で悪態を吐く。

 玄関の先にあいつの姿があった。ただ、いつもと服装が違っていた。

 着物姿のあいつがそこに立っていた。

 水色を基調とした生地に、白い花が咲いている。

「なんだよ、それ」俺はすでに出かける用意を済ませてあったから、そのままサンダルを突っかけてドアの外に出た。

「着物だウよ」あいつは少しだけ笑って答える。

「なんでそんなの着てるんだよ」

「お祭りだウよ」あいつは言った。「知らないムの?」

 知らなかった。ただ、遠くの方から妙な音が聞こえていることには気づいていた。それを祭りの音と認識できないほどに、俺は現実に興味がなかったのかもしれない。

「行こうム」あいつは俺に背を向けて言う。「綿飴と、ヨーヨーと、射的と、リンゴ飴」

「それが?」

「付き合ってよ」と、あいつは振り返って言った。

 祭りは、スーパーマーケットに隣接する公園で行なわれている。敷地内に入ると、すでに多くの人でごった返していた。この中に入るのかと思うと、俺は自然と溜め息が出た。いつも教室で馬鹿なことをしている周りの連中も紛れているに違いない。一方で、あいつはそんなことはまったく気にかけていないみたいだった。そんなことよりも、早く、綿飴と、ヨーヨーと、射的と、リンゴ飴を、という顔をしている。

 宣言のとおり、あいつは綿飴と、ヨーヨーと、射的と、リンゴ飴の屋台を回った。それから、追加で焼き蕎麦も買った。そのすべてに俺はついていった。俺は綿飴だけ買って、買った傍からその場で食べた。あいつは、買ったものは食べずに、両手の中に抱えていた。

「落とす」と俺が指摘すると、

「それがいいウんじゃん」と言って、あいつは少しだけ笑った。抱えるほどの食べ物を所持しているという感覚が堪らないらしい。

 祭りの中心地から少し離れた場所にある、公園の外にあるベンチに座って、あいつは買ったものを一つずつ食べた。あいつは食べるのが遅い。これもあいつが馬鹿にされる理由の一つだ。昼休みになってもずっと一人で給食を食べている。

「楽しいムね」綿飴を千切りながら、あいつが言った。

「あそう」俺は適当に答える。

「楽しくないム?」

「知らない」

 二人分の沈黙の隙間を、夜風が通り過ぎる。

 彼女に問われたその質問に、どう答えるのが正解だったのかと、俺は考えた。どうしてそんなことを考える必要があるんだと思ったが、頭の中にいるもう一人の俺が、きちんと考えておけと命令を出した。抵抗しようと思ったが、できなかった。俺の声よりももう一人の俺の声の方がずっと大きい。

 そうだね、楽しいね、と同意すれば良いというものでもないだろう。そんなにシンプルな回答で良いものか。でも、それだけシンプルな回答の方が、気持ちが正確に伝わるのかもしれない。どちらが良いのか、分からなかった。そんなことを選択する必要のある関係というものを、俺は今まで持ったことがなかった。

 あいつが、初めてだった。

 自分に向かって笑顔を向けられるのも、誰かと一緒に祭りに行くのも、すべて。

 何でも良いから何か口にすべきかと思って口を開きかけたが、それより先にあいつが声を発した。

「食べ終わったら、付き合ってほしい所があるウんだ」

 あいつは焼き蕎麦を箸で引き延ばしながら言う。

「どこまで付き合えばいいんだよ」

 俺は、まだ形になっていない空気の塊を飲み込んでから、尋ねた。

「高い所だウよ」あいつは答える。「この町の全部が見える、とってもいい所なウんだ」
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