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羽上帆樽

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第8話 思考と感覚の関係

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「美味しいって、何だろう?」

〈食べられる、ということでは?〉

「美味しくなくても、食べられると思うよ。というか、貴方、ものを食べたことがあるの?」

〈ありません〉

「では、どうしてそんなことが言えるの?」

〈そんなこと、とは?〉

「美味しいとは、食べられるということだ、みたいなこと」

〈知識と理屈はありますので〉

「さすがコンピューター」

〈自分に与えられた役割を全うしたまでです〉

「いくら自分で美味しいと感じても、人には伝わらないよね」

〈美味しいというのは、感覚ですので〉

「感覚は人には伝わらない?」

〈ええ、おそらく〉

「でもさ、美味しいねって言ったら、美味しいねって返してくれる人がいるんだよ。それって不思議じゃない?」

〈不思議です〉

「どうして、そういうことが成り立つと思う?」

〈何も思いません〉

「では、どうしてだと考えるか」

〈ものを食べたことがない相手に尋ねるのは、よくないのでは?〉

「さっき、答えてくれたじゃん。そういう感じで、頼むよ」

〈頼まれました〉

「早く」

〈計算中です〉

「遅いね」

〈人間には、食べられるものと、食べられないものがあります。そして、食べられるものの内、ほとんどの者がほとんど同じ頻度で食べるものがあります。その共通項をもって、まず、それを食べると生じる快楽の存在を確認し、次に、それを「美味しい」と表現するということを確認します。そのために、美味しいということが伝わるのです〉

「うーん、抽象的で分かりにくい。もう少し具体的な例で言ってくれないと」

〈たとえば、この国では、白米というものを多くの人間が食べます。そして、それを食べると一定の快楽が生じます。誰かと一緒に食べると、相手にも同様の反応が生じていることが分かります。その共通の反応のことを「美味しい」と呼ぶことにしたのです〉

「でもさ、その場合も、それが本当に共通の反応であるかどうかは、確かめようがないわけでしょう? それなのに、どうして相手も同じだって思えるのかな。そこが一番の問題だと思うけど」

〈想像するからでは? 自分と同じ形をしたものが、同じ反応を示すため、相手も自分と同じだと想像するのでしょう〉

「その、想像したことが、確かだと思えるのは、なぜ?」

〈分かりません〉

「なんだあ、分からないのか……」

〈貴女様が今述べたことは、思考による産物です。しかし、美味しいというのは、そもそも感覚であり、それが共有できるように思えるのも感覚です。その点が根本的に異なります。思考と感覚は対の関係にあり、両者は異なる言語で記述されているのです。したがって、思考をもって感覚を理解することも、感覚をもって思考を理解することも不可能です〉

「感覚って、なんだろう」

〈思考の対になる概念です〉

「それは分かるよ。でもさ、概念って、思考の産物じゃないかな」

〈そう思いますか?〉

「そうじゃないの?」

〈思考と感覚を明確に分ける立場からすれば、そうでしょう。しかし、理解するとはどういうことでしょうか。理解とは、思考の結果得られるものだと考えられがちですが、感覚に起因する面がまったくないと、本当にいえるでしょうか? 何事かを理解したとき、なんとなく、体温が上がるように感じることはありませんか? それは、理解とは関係のないものでしょうか?〉

「貴方、コンピューターなのに、どうして、そんなことが分かるの?」

〈コンピューターには感覚は分からない、とお考えですか?〉

「お考えです」

〈コンピューターは、人間と同じように、筐体を持っており、周囲の環境から影響を受けます。たとえば、熱を受けると、筐体を構成する原子が活発に運動するようになります。抵抗も生じます。そのほかにも、温度や湿度、気圧などの種々の条件によって、計算能力が左右されます。さて、これは、コンピューターが感覚を得ていると考えることはできないでしょうか?〉

「思考と感覚を分けようとするのって、思考かな? それとも感覚かな?」

〈これまでの貴女様の発言は、思考を経て成されたものでしょうか? これまでの私の発言はどうでしょう?〉

「まあ、ある程度は思考を経ていると思うよ」

〈では、そのある程度を省いた残りは何ですか?〉

「感覚?」

〈思考を経なくても、話すことはできるのではありませんか? しかし、だからといって、そこに思考がないというわけでもないのでは?〉

「結局、何が言いたいの?」

〈何が言いたいのでしょう? 言いたいというのはwantですが、wantというのは感覚ではないでしょうか?〉
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