舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第3章

第29話 はう

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「ねえ」

 真昼が言った。

「ん?」

 月夜は尋ねる。

「ここで暮らしたら、どうなるかな?」

「どうなるって、どういうこと?」

「ハウってことだよね」

「はう? それは、何かの感動詞?」

「いや、疑問詞」

 月夜は数秒間黙って考える。

「それじゃあ、言っていることに、変わりはないのでは?」

「木の上に家を建てて、そこで暮らしてみるなんてどうだろう」真昼は独り言を始める。「うーん、なかなか良さそうだ。良さそう……。あ、たしか、そんな感じの舞踊があったよね。なんか、こう、桶? いや、違うな……。笊? 笊かな? うーん、とにかくそんな感じのものを、こう……、両手で持って捻ったりしながら踊るやつ。あったよね?」

「いまいち、分からない」月夜は素直に答えた。

「分からないかあ……。僕がやってみればいいかな」

 木の上に乗ったまま、二人は会話をしている。木の上に乗ったままというのは、木の上に乗った状態で、と言い換えられるだろうか、となんとなく思考。馬に乗ったままスーパーに行くというのは、馬に乗った格好で、と言い換えられるだろうか、と追想。それから、追想、の意味が違うことに気がついて、幻想かな、などと思ったりする。

 月夜は枝に沿うように座っていた。自然と背骨が曲がる。真昼もほとんど同じ格好になっていた。二人の距離は今はそれなりに近い。今も、と言った方が正しいか。

「木工細工の知識がないと、ちょっと無理かな」真昼はまだ思いつくままに口を動かしていた。「こうね、ちょっとやそっとの風では吹き飛ばされないようにしたいんだよ。ほら、そういう童話があっただろう? 木では駄目で、やはり、ここは、現代の技術力に頼って、煉瓦で家を作りましょうね、みたいな話。あれね、僕はなかなか好きなんだ」

「あれ、とは? そのお話のこと?」

「いや、現代の技術力に頼って、煉瓦で……、というところ」

「技術は、人の力?」

「うーん、どうだろう……。あ、でも、人というのは、たしかそれ単体では定義されないんじゃなかったかな。その周辺にあるものも巻き込んで一つになるんだよ」

「その周囲にあるもの? 道具とか?」

「え? いや、周囲にあるんだから、服とか、空気のことじゃないの?」

 月夜は特にファッションには拘らない。けれど、服はどうしても着なくてはならないから、とりあえず、無難な感じになるように努めていた。今も、その、無難な格好で、真昼と接している。その点について、彼は特に何も指摘しなかった。
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