舞台装置は闇の中

羽上帆樽

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第15章

第150話 突然怪異

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 月夜の首もとから手を離し、巨大な瞳の少女はルゥラの方を振り返った。

 少し咳き込みながら、月夜は彼女に向かって声をかける。

「ルゥラに手を出さないで」

「なんで?」

「傷つけてほしくない」

 月夜の答えを聞いて少女は笑う。

「傷つけなんかしないよ。ま、あいつの身体が弱くて、勝手に傷つくってんなら仕方がないけど」

 二人の足もとを通り抜けて、フィルがルゥラの傍へと向かう。彼はルゥラの頬に触れると、舌で皮膚の表面を舐めた。

 それを見ながら、月夜は無自覚に自分の首に手をやる。彼女もまた皮膚が裂けて血を流していた。大した傷ではない。しかし、怪我をするのが久し振りなので、少々精神が揺らいだのも事実だった。

「お前、ルンルンだな」

 フィルが少女に向かって声をかける。

「そうだよ」大袈裟に身を翻し、瞳を大きく瞬かせて少女が応える。「お前も物の怪だろう? よかったな、乗っ取られるのがお前じゃなくて」

「ルンルン?」月夜はフィルに尋ねる。「彼女を知っているの?」

「知らなかったら、名前なんて口に出さないさ」状況に対して、フィルには余裕があるみたいだった。「まあ、知っているのは名前くらいのものだが」

「その子、気を失っているだけだよ」床に横たわるルゥラを指さして、ルンルンと呼ばれた少女が話す。「でも、幾分度が過ぎたみたいだ。可愛そうに。そんな小さな子が物の怪になるなんて」

「彼女に手を出すな」フィルが黄色い瞳を細めて忠告する。

「面白そうだから、きっとまた来る」少女はフィルの前でしゃがみ込むと、満面の笑みを浮かべた。「それまでの間お幸せに」

 数秒の間、フィルとルンルンは見つめ合っていたが、やがてルンルンは立ち上がると、窓から滑るように立ち去っていった。身体の形状が変化して、黒い気体とも液体ともとれる何かが尾を引いた。

 月夜はルゥラの傍に向かう。フィルの傍にしゃがんで彼女の顔を覗き込んだ。

「お前は? 怪我は大丈夫か?」

 フィルに問われ、月夜は頷く。

「大丈夫」

 暫くの静寂。

 窓の外は大分暗くなっている。

「リビングに運ぼう」月夜は提案した。「ソファなら、皿を退かせば使えるようになる」

 フィルは頷いた。
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