【完結】「ごめんなさい」よりも「ありがとう」を

Ringo

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僕は君を手放せない

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「こちらが調査書です」


執事から渡された書類を受け取り、その内容に怒りが込み上げてくる。


「この三ヶ月、女と関係を持ったとされる男は把握しているだけで六名。その内のひとりは、嘗て婚約関係にあった者です」

「……元男爵家嫡男…ね」

「女は男爵家に嫁ぐ予定でしたが、男が借金を重ねたことにより立ち行かなくなった男爵家は爵位を返上、その結果婚約も解消されました」


調査書によれば、その借金も女に貢ぐ為のもの。爵位をなくした事ですげなく振られるも、体の相性だけはいいのか肉体関係は続いたまま。


「随分と奔放だな…仮にも貴族の娘が」


地方の子爵家次女、それが女の肩書き。

嘗ては弱小とも言える家督だったものの、商才ある父親の手腕で財を築きあげ、それは視察目的のひとつでもあった。

娘の奔放さには気付いているのか、滞在中も幾度となく咎めている場面を目にし、悪夢の一夜のあとは父親が頭を下げた。


『あの薬は不妊治療にも使われるものでして…その…男性が飲めば子種を強壮し、女性が飲めば妊娠の可能性を高めます』


非常に高価な異国のもので、一部の貴族に請われて取り寄せていたものを盗み出したらしい。

強烈な情欲を沸き立てる媚薬の効果もあり、通常は三日三晩と求めることになる…とか。


「薬に慣らされている若様だからこそ、一晩で落ち着いたのでしょう」


憐れむような声音に、それでも一晩は情欲に溺れて耽ってしまったのだと気が沈む。


「それから、こちらを」


新しく出された報告書には、女に見受けられる不振な点が幾つも記されていた。


「……これは…」

「恐らく、間違いありません」


僅かに見えた希望に口元が緩む。冒した罪はなくならないが、これが事実なら…と思ってしまう。


「三日後、若奥様もご同席なされます」

「は?」

「……若奥様のご希望です」


子が出来たとわざわざ妻宛に手紙を寄越し、訪問の是非を問うまでもなく勝手に向かっている不躾な女。そんな者に会わせるなど…


「きちんとお考えください」

「……え?」

「なぜ、若奥様がお会いになるのか。なぜ、若奥様はご夫婦の寝室に向かわれたのか。なぜ、若奥様が離婚を申し出ないのか。それら全てを……それ以外にも、よくお考えください」


失礼致します…そう締め括って執事は出ていき、ひとり残された執務室で宙を見つめる。

結婚して二年。

学園で知り合った妻に一目惚れをして、婚約者がいないと知ってからは毎日のように求婚した。

開拓の功績が認められ陞爵したばかりの伯爵家令嬢である事から、一部の貴族による諫言も多かった……とは父の言葉。

王妹を母に持ち、王位継承の順位も三位である公爵家嫡男の自分とでは身分差がありすぎるのだと、彼女自身にも言われていた。

それでも彼女と結婚したかった。


全てを擲ってまでは彼女も求めていない。それならば…と、彼女との結婚を許してもらうべき精進するしかないと考え、学業は勿論のこと、公爵である父に補佐としてついて回り、誰からも文句を言われないだけの力を身に付けようとした。

そのせいで他国の王女との縁談まで舞い込む結果を生んだが、彼女以外との結婚を推し進めるのならば局所を切り落とす!……と、そこまで宣言して漸く同意を得た。

そこまでして結ばれたのに……


この日から、当然の事ながら朝の見送りや夜の出迎えはなくなった。





* * * * * *




「……オリヴィア…っ……ごめん…」


女が屋敷に着いたとの報告を受け、同席するというオリヴィアを迎えに部屋へと赴けば、そこには上品に着飾った…けれど煌びやかな妻がいて、思わず「綺麗だ」と言いそうになり、次いで出たのは連日と変わらぬ謝罪だけ。


「……参りましょう」


その言葉に反応して腕を差し出せば、するりと慣れた仕草で絡めてくる。失いたくない…その思いが膨れ上がり、拒絶されると分かっていながら抱き締めた。


「……オリヴィア…」


着崩さぬよう、簡単に逃げられるよう、そっと抱き締めたが…息を呑む様子はあるものの抵抗はされなかった。

けれど、小さく震えているのは分かる。

自分の犯した罪の深さに、改めて後悔が増した。


「……行こう」


何度もこうして歩いてきた。これからも変わらずに歩いていくのだと思っていた。そして、それを壊すのは一瞬なのだと……そう思い知った。

いつもよりゆっくりと歩を進め、少しずつ応接室にへと近づくにつれて妻の緊張が伝わってくる。慰める権利などないと分かっていても、今にも倒れそうに顔色を悪くしている妻が心配で…絡められた手にそっと自分のものを重ねた。

ピクッ…と反応するものの振り払われなかった事に心中で安堵の息を吐き、「こちらです」と促された一番広い応接室の扉の前で、腕を解いて細い腰を抱き寄せた。


「…っ…なに───」

「ごめん、離せない」


小さな抵抗を受けるもぐっと抱き寄せ、諦めのような息が吐かれたことに胸の痛みを感じるも、執事へと頷き扉を開かせる。


───コンコン


開かれた扉の先にいたのは真っ赤なドレスの女。ガタッと行儀悪く立ち上がり、喜色満面といった表情でこちらへ向かってきた。


「ロイド様っ!!」


その呼び名に妻がピクリと反応した。

違う、僕が呼ばせているわけではないと大声で叫びたくなる。


「君にその名を呼ぶ許可を与えていない」


抱き締めてもらえるとでも思っていたのか、両手を広げたままキョトン…と首を傾げると、徐に口角をあげて歪んだ笑みを見せ、行き場を失っていた両手を膨らんだ腹に添えた。


「あら…でも、両親は仲良くしないと……ね?」


これには妻よりも僕の方が早く反応し、ただでさえ強く抱き寄せていた妻を最早抱き込むようにしてしまった。


「戯れ言を…っ」


そうは言っても罪を犯したことは事実。だが、大きく膨らんでいる腹を睨み付けた。


「そんなに見つめないでくださいな。やがて生まれてくれば好きなだけ抱けますし…産褥が落ち着けば、また愛し合えます」


生肉を食した獣を思わせる赤い唇にチロリと舌が這い、その姿に吐き気すら催す。


「……おかけください」


低く喉を唸らせたところで響いた愛しい声。


「このままでは話も続けられません」


もぞ…と腕の中から抜け出し、視線を向けた先は膨れた腹。そして、そうとは分からぬように深く深呼吸をしてから、ゆっくりと女の顔に向けた。


「ようこそ、我が家へ」




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