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season3

ジェイマンの娘

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「ジェイマンの娘は十六で市井の男性と結婚したそうよ。そしてすぐに子宝に恵まれ、わたくしの乳母となった時は既に三人の母だった」


そう言われて、ジェイマンの家族を思い返した。


「確か…ジェイマンには息子が……」

「ひとつ下の弟ね」

「……弟……」


ジェイマンの息子は辺境で教鞭をとっている。

そして奥方は流行り病で一昨年に他界した。


「なぜ…ジェイマンは娘の事を……」

「ジェイマンは…このまま話さずにいることも考えていたそうよ。だけど貴方は立派に成長して爵位を継ぎ、過去の出来事とも向き合うことが出来た。すべてを話してもいい時が来たのかもしれない………そう言っていたわ」


ジェイマンがプリシラ様と個人的な繋がりを持っていたこともそうだが、やり取りまでしていることに驚きを隠せなかった。


「ジェイマンの娘ノエルは、三人目を生んですぐに夫を事故で亡くしたの。幼い子を抱えて残されたノエルは、わたくしの父から指名を受け乳母として親子四人で城へあがった」

「先代国王のですか?なぜ…」

「父は、王太子時代にわりと頻繁に街へ繰り出していたそうでね…ある日、見るからに貧しい子供を目にした父は、お金を恵んだそうなの」


その言葉にナディアがピクリと反応し、その様子にプリシラ様は困ったような笑みを浮かべた。


「だけどそれは間違いだった」

「……はい…お金は…確かにあるにこしたことはありません。ですが、一時の恵みで得られるものは極僅かなものです」

「そう…たとえそのお金でパンやスープが買えたとしても、それはその時だけ。気紛れな貴族であれば、それでいいとされるのかもしれない」

「そうですね…わたしも…そういった方を多く見てきましたし、それを悪だとは思いません。けれどその時施しを与えたのは…国と民を守る王太子殿下であらせられた…」


ナディアの答えに、プリシラ様は満足した表情を浮かべて微笑まれる。


「王太子…次期国王となる者は、その場限りの施しを与えただけの事に満足してはならない」

「なぜ貧しい子供がいるのか…その原因となるのはどういったものなのか……ですか?」

「モリス伯爵の言う通りよ」


これは、僕がナディアと付き合うようになってからずっと考えてきたことだ。

金銭的援助をするのは簡単な事だけれど、そこを巣立つ子供達の未来はどうする?どんな仕事に就ける?住む家は?

一介の貴族である僕に出来ることは少ない。

だからこそ、国をあげての事業として取り組めるよう進言する為に、僕自身の地位を確固たるものにしたいと考えてきた。

実際、ナディアが早くから自立出来たのは本人の努力によるところが大きい。

幼い頃から街へ赴き、無償で手伝いを続けながら生活の基盤となるものを学んだのだと、嬉しそうに話していたことがある。

そんな姿を見ていたからこそ、街の人達はナディアを受け入れ、自立を願った際に衣食住に困らぬ仕事を与えた。

そして…そんなナディアを僕は酷く傷付け…記憶を失った彼女を、街の人達は再び受け入れた。


「?」


思わず腰に回していた手に力を込めてしまい、ナディアが不思議そうに僕を見た。

僕は……ぎこちない笑みを浮かべることしか出来ず、しかしそんな僕に返ってきたのは、とても優しい温かな笑顔だ。

この笑顔を傷付けた事を、決して忘れない。


「ふふ、仲良しね」


プリシラ様の言葉に、ナディアは恥ずかしそうに頬を染めながらも「はい」と答えた。


「とてもいいことだわ。それでね、その光景を見て諫言した者がいたの」

「もしかして…それがジェイマン……?」

「父も一応は変装していたらしいけれど、ジェイマンは王太子だと見抜いた。そして、施しを与えたことに満足し、誇らしげにしている王太子に対して声をかけたそうよ」

「直接…ですか?」


プリシラ様は、そこで楽しそうに微笑んだ。


「そうなの。多分に怒りを孕んで…『国を担おうとされるお方が、そのような施しで民を救ったとお思いか!』…ってね」

「……ジェイマンが…」

「もちろん周りの人に聞こえるような声量ではなかったけれど、その言葉は父の胸に突き刺さったそうよ。自分が見ているものだけが全てではない…自分の行いが全て正しいわけではないと、傲っていた事に改めて気付けたんですって」


王太子に諫言するなど…王城でもありえないことであろう事は僕でも分かる。


「比較的優秀だったせいで褒め称えられる事が多かった父は、不敬を承知で自分を見据え向かってきたジェイマンを気に入り、それから何かと会いに行ったそうなの」

「え?ジェイマンに…ですか?」

「遣いで街へ出て来るタイミングを探り、それに合わせる執着っぷりだったそうよ?」


執着……王太子がジェイマンに執着……


「ちなみに、ジェイマンは物凄く面倒臭そうにして適当にあしらっていたらしいわ」

「まさか!!…ジェイマンがすみませんっ」

「いいのよ。本当にしつこかったそうだし、むしろそれを楽しんでいたらしいから」


そう話すプリシラ様も、とても楽しそうだ。

もしかすると、先代国王もこの話をする時は楽しげにしていたのかもしれない。

王族でも、やはりそこには普通の親子としての関係があるのだと、僕まで嬉しくなった。


「そんなことが切っ掛けだった事もあって、父は孤児の対応に尽力しようとした。でも、丁度その頃流行り病や災害が相次いでしまい、その対応に追われた事でなかなか着手出来ずにいた」


それはそうだろう…

確かに救うべき存在であるが、守るべき事とやるべき事の重要度の差がそこには存在する。


「そして漸く落ち着いた頃に再度手を着けようとして、今度は貴族達から異議があがった」

「……そんな事より、自分達の事を優先してほしいといったところでしょうか」

「そうね…その通りだわ」


プリシラ様はナディアに申し訳なさそうな視線を向けるが、それを受けたナディアは小さく首を横に振った。

貴族社会に入ったからこそ、貴族の複雑なしがらみを直接見てとり…それ故に遅々として救済が進まない事を理解した。

そして、だからこそ歯がゆい思いもしている。


「そんな日々を送る中、父の息抜きの相手として付き合わされたのもジェイマンだった」


まさか……子爵家の執事でしかない者が…まして平民でもある者と、先代国王がそこまで親しくしていたなど…俄に信じられず、驚きを隠せない。


「そうやって関係を続けている中、父に娘が生まれた…それがわたくし」

「……ジェイマンの娘は…その頃夫を……」

「どこか虚ろで…いつもは自分の事を多く語らず教えてくれないのに、その時ばかりは気持ちを吐露した。父は、それなら娘の乳母として親子共々迎え入れようと提案したんだけれど…恐れ多いと断られてしまった」


それは……そうなるだろう…

王族…まして王族勤めとなる乳母は、かなり厳しい身元調査が行われるはず。

継承権が高ければ高いほど、確かな家柄で高位貴族の出自である女性が選ばれてきたことを、僕でも聞いたことがある。


「だけど父は諦めなかった。その執着ぶりは、むしろ自分の側にジェイマンを付けたかったんじゃないか…と思えるほどだったみたいなの」

「…ジェイマンが凄い男に思えてきました」


いや、今までも思ってきたけれど。

僕の頓珍漢な発言にも、プリシラ様はうふふと楽しそうに笑ってくれた。


「どんなに好条件を出しても絶対に首を縦に振らない様子に、父は我慢の限界を迎えふたりの関係を子爵に暴露すると言って脅した」

「……脅した…?」

「まぁ、脅したというのは言葉遊びみたいなものね。主人に隠れてこそこそ王太子と会っていたなど知られてもいいのか!!って言ったらしいわ。それが嫌なら娘と孫を城にあげろって」


なんと……それはなんというか……


「誰がどう聞いても駄々っ子よ。ジェイマンの娘を助けてやりたいという、純粋な思いがあってこそなのだけど…王太子のやることではないわ」

「それは……まぁ…」

「ジェイマンも、そんな父の心遣いには勿論気付いていた。だけど流石に第一王女の乳母は荷が重すぎる…母と弟がいる辺境に送ろうとしていた」


この国には学校と呼ばれるものがない。

貴族は基本的に家庭教師を雇い、優秀な家令がいればその者から教えを得ることもある。

そして…平民はその機会が皆無に近い。

ジェイマンの息子はその環境を変えるべく父親の故郷である辺境へと居を構え、辺境伯の協力を仰ぎながら学問の場を広めるべく動いている。

やがて結婚もし子供が生まれたが、産後から奥方の体調が優れないことが多く、孫の世話の為にもとジェイマンの妻も辺境へと移ることになった…と言うのが、僕が聞いたことのある話だ。

そこなら、確かに娘とその子供達を安心して預けられると僕でも思う。


「だけどね、ノエルが拒否したの。夫と出会い、夫と過ごした場所から離れたくないと…泣きながら否を唱えた。それは、初めて娘が見せた我が儘だったそうよ」

ここで、ひとつ疑問が浮かんだ。


「あの…我がモリス家は、何も手を貸さなかったのでしょうか?」





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