神に愛されし夕焼け姫

Ringo

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夕焼け色の公爵令嬢

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「おかあさまっ!」


艶やかな夕焼け色の髪を靡かせて母親の元へ泣きながら駆け寄る幼い少女。迎えた母親はいつものように愛する娘を抱き上げた。


「私の可愛いマリアンヌ、どうしたの?」


本当は涙の理由を知っている。けれどあえて聞いてやることで、溜めずに吐き出させてやるのだ。


「うっ、うっ…ぱーしるさまが…っ…まりあのかみは…っへんないろって…いったのぉ…」

「まぁ!マリアンヌの綺麗な髪を!?」


大好きな母に『綺麗な髪』と言われてきょとんとするマリアンヌ・4歳。大きな空色の瞳からはまだ涙が溢れている。


「まりあのかみ…きれい……?」

「この世で一番綺麗。お母様の大好きな色はマリアンヌの夕焼け色なのよ、知らなかった?」

「……そうなの…?おかあさまのすきないろ?」


母の愛情に頬を染めて、やがて満面の笑みを浮かべて母親の首に手を回して抱きついた。こうするといい香りがすることを知っている。


「お父様も好きだよ、マリアンヌの髪色」


もちろんマリアンヌ自身もね、と穏やかな笑顔で静かな怒りを隠して姿を現したのは父ダイアン。


「僕だって大好きだ!!」


こちらは怒りを隠すことなく前面に押し出している兄ライアン・8歳。


「あなた…もう限界よ」

「分かってる…おいで、マリアンヌ」


じわ…と怒りを滲ませた妻セシルの機嫌を直すべく額に口付け、未だ母親にひしっとしがみついていた娘を己の腕に抱き直した。


「マリアンヌ」

「………」


優しい声音で名を呼ばれ、大きくて強くて大好きな父親の太い首筋に顔を埋めた。母親と同じいい香りがすることを知っている。


「もう嫌なことはなしにしよう」


愛する娘の頭を撫でながら、幼子特有の匂いを嗅いで怒りを徐々に鎮めていく。髪色こそ両親どちらにも似ていないが、その理由をきちんと理解しているし、何より愛妻によく似た顔つきが愛しくてたまらない。


「あんなやつ!!僕も嫌いだ!!!」


だんっ!と足を鳴らして怒るライアンは、可愛い妹を泣かせた元凶に視線を向けている。


「こらこら…でもまぁ、そうだな」


息子の視線を追えば、そこには眉を下げて困ったような顔をしているこの国の国王。隣には不敵な笑みを浮かべた王妃とその息子がいる。


「マリアンヌを泣かせるならもういらないか」

「お兄様からも返事が来たことですし」

「あんなやつ嫌いだ!」


家族の総意は固まっているし、仕えている使用人達も当主の意向に従うと書面にまで起こして意思表示をしてきた。ならば…とダイアンは国王夫妻とその息子の元へと歩みを進める。

大切な娘を傷付けられてまでしがみつく意味や忠誠心などこの国には持ち合わせていない。


「陛下」


呼ばれた国王はダイアンの温度のない声に怯えた様子を見せ、続く言葉に焦りを露にした。


「パーシル王子との婚約は解消させていただきます。理由はお分かりですよね?」

「──っ、待ってくれ!」

「待ちましたよ?何度も何度も待ちました。心ない言葉で娘を傷付けられても、ずっと改心なさるのを待っていたんです」

「それは…っ」

「これ以上、可愛い娘の心を傷付けたくはないんですよ。それに…」


チラ、と王妃に目を向ければ口角をあげていやらしい笑みを深めた。


「どうやら王妃殿下には思うこともあるようですしね。こちらから喜んで解消致しましょう」

「───っ」

「あらそう?じゃぁ、すぐにでも」


王妃の指示で婚約解消の関係書類が用意される。その手際と準備の良さに眉を顰めながら、内容に間違いはないかを確認してサラサラと署名を記していった。


「……いいわ、これで決まりね」

「ではこれで」


ひとり歯を食い縛る国王。その隣では自分の思い通りに事が運んだと喜ぶ王妃。そして、事のなり行きを呆然と眺めていた王子パーシル。


「ま…まて!!」


愛妻に娘を託して「さぁ、帰ろう」と一家が動き出したところで声をあげたのはパーシル・8歳。


「…なんでしょう?」


ダイアンが絶対零度の声で返事をしたことに怯むも、拳を握って向き合う。


「まだ時間じゃない!!」

「時間?なんの時間です?」

「……っ、まだ僕との時間だ!かえるな!」


あぁ…と察したダイアンは、小さな体を震わせ懸命に訴えてくるパーシルを見下ろした。


「もう婚約は解消されたので、王子殿下とマリアンヌが過ごす時間はなくなったんです。嬉しいでしょう?いつも泣かせるほどに嫌っていたんだから。それでは失礼」


絶望した表情になったパーシルに一礼をし、今度こそ辞そうとするも今にも泣き出しそうな顔をし手を広げて立ち塞がる。


「しない!かいしょうなんてしない!」

「もう決まったんです。大丈夫ですよ、王妃様が王子殿下のお好みに合うご令嬢を連れてきてくれますから」

「でも!…でもそれはマリアンヌじゃない!!」

「パーシル!」


いつまでも立ち塞がろうとするパーシルを王妃が回収し、その隙に一家は応接室を出ていく。


「いやだ!もうなかさない!ちゃんと大好きっていうから!いやだ!いかないでマリアンヌ!」


遂に泣き出して、遠ざかっていく一家に向けて叫ぶパーシルだが王妃に押さえられて動けない。

今さら遅い──そう思う一家。パーシルがマリアンヌを好いていたことなど分かっていた。その照れ隠しで冷たい態度や酷い言葉を投げつけていたことも。だからこそ許す気はない。

赤髪に纏わる伝承を軽んじ、国庫を潤わせている公爵家を軽んじ、何より大切な娘を傷付けられて許せるわけがない。


「さぁ、帰って美味しいお茶でも飲もう」

「じぇふのくっきーもある?」

「あるぞ。確か今日はマリアンヌが大好きな胡桃のクッキーを焼くと言っていた」

「はやくかえろう!」


泣き跡の残る娘の頬に口付け、開かれた扉から馬車に乗り込む。家では家族同様に娘を愛する使用人達が待っている…ダイアンはその様子を思い浮かべながら、胡桃クッキーを楽しみにはしゃぐ娘に微笑む。


───そろそろ潮時だ


この数ヵ月後、レント王国からひとつの公爵家が姿を消した。莫大な財産と領民と共に。






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