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第6話
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曇った表情の南ちゃん……それが答え。
最後の試験は不合格。
結婚の話や事故の説明を聞いている中で、薄々気づいてはいた。
もし、合格していたら──今は結婚生活を送るような余裕はないはずだし、公認会計士は取引先にお使いに行ったりしない。
「不合格だったんだね……」
私が問いかけると、南ちゃんは無言で頷いた。
南ちゃんは心配そうに私を見つめているけど、涙も何も出てこない。
実感がわかない。試験に落ちたという事実だけが目の前にどんと置かれた感じ。私はそれをただ眺めることしかできない。
いけない。また空気が重くなってしまった。せっかく南ちゃんと二人にしてもらえたんだから、ちゃんと聞かないと。そう言えば、南ちゃんは兄と結婚したから、もう南じゃないのか……。
「えっと……お義姉さん?」
「え? ……フッ」
迷いながら言うと、南ちゃんは笑いだした。
「ごめん……そんな風につぐみから呼ばれたことなくて、ちょっとくすぐったかった。南ちゃんで大丈夫だから」
なんだ。南ちゃんで良かったのか。確かに友達が結婚しても旧姓で呼んでたしね。
「そっか……じゃあ、南ちゃん。ごめん、答えづらいこと聞いて。それよりさ、今までのこと教えてくれない? 私ね、南ちゃんの抑え気味に仕事って台詞、何気に気になってるんだ。今更な話だろうけど……」
「わかった。順を追って説明する」
南ちゃんは、休憩室の後の私について色々教えてくれた。
あの後、一応私は遅刻せずに打ち合わせに出たらしい。ただし、ぎりぎりまで熟睡してたせいか、私は顔にくっきりと長いすの跡をつけていた。
谷崎課長はそんな私の顔を見るなり吹き出し、私はそんな彼にいたく憤慨していたそうだ。
ちなみに技術営業支援課への発表は、月曜日の朝礼時に行われた。その日、女性社員達は大騒ぎし仕事にならず、男性社員達は人妻になっても姫島さんが来ることにデレデレしていたようだ……その光景はものすごくリアルに想像できた。
三月に入り、大路さんの部署に異動した私は、南ちゃんの抑え気味に仕事という忠告を忠実に守り、言われたことだけをやっていたらしい。
ただ、谷崎課長は私を試していた。姫島さんと同じ仕事に見えても、実は期限を短めに設定されていたり、複雑だったり。そうとも知らず、私は期限前にきっちり仕事を片付けていた。
それが災いし谷崎課長に使えると思われた私には、姫島さんの時以上の仕事が降ってきたらしい。私もできませんと言えばよかったのに、「できなければいいんだけどね」という谷崎課長の言葉に思いっきり乗せられ、次々とこなしていた。
「う……私って単純《バカ》」
「そこがつぐみのいいところでしょ。あの時はバカだって思ったけど、うちの部署的にはつぐみがいてくれて本当によかった」
「よかったって言われても、それで試験に落ちたんでしょ?」
「さあね。つぐみは言い訳をしなかったから、私にはわからない」
最初のうちは、残業なんかしないと、私はものすごい勢いで谷崎課長が振ってくる仕事を片付けていた。けれど、疲労は技術営業支援課の倍以上。そのせいで勉強に影響が出るわ、残業は避けられなくなるわで……色々荒れたらしい。詳しくは今度ねと教えてくれなかったけど。
「でもね、つぐみは偉かったよ。帰りが遅くなるんだったら、朝勉強すればいいって、朝早くに出勤してオフォスビルのロビーで勉強したりして」
「私が? 勉強のお供は深夜ラジオの人間が?」
「その時の名残でつぐみは今でも早起きなはずだよ。帰ってから動くの嫌だからってお風呂掃除とかは朝イチでやってるって言ってたし」
「信じられない。で、朝型にした意味はあったの?」
「あったみたいよ。朝型にしてから集中できるようになったって言ってたし、模試の成績も上がったって」
私の試験が近づくと同時に、市場開発課の仕事も忙しくなっていった。谷崎課長達はリーマン・ショックでの巻き返しを図る重要な仕事を担っていた。
私は残業しても一、二時間に抑えていたらしい。けれど、谷崎課長や南ちゃん達社員は終電帰りの日々を送っていたそうだ。
最後の試験の前日、私は休みを取っていた。そんな時に市場開発課で重大なトラブルが発生した。偶然それを知った私は、休みを返上して出社したそうだ。
その頃の谷崎課長は、私が公認会計士試験を受けると知っていた。だから私を見るなり、帰れと言ったらしい。だけど私は生意気にも、そんなことでダメになるような努力なんてしていないと突っぱねた。
「それで不合格って……すごい恥ずかしい」
「いや、あの時のつぐみは格好良かったよ。それがあったから、谷崎さんはつぐみのことを好きになったと思うし。まあ、そんな感じで二人は付き合い、去年の七月に結婚したってわけ。ちなみにつぐみは今、元の部署で契約社員として働いているよ。まあこの辺りのことは後で詳しく話すとして、これで一通りかな」
ちょっと待って……確かに一通り、説明してもらったけど、一番重要なことが聞けてない。
「待ってよ、南ちゃん。結婚のくだりがざっくり過ぎるよ。谷崎課長が私を選んだ理由はともかく、私が谷崎課長を選んだ理由がさっぱりだし。これじゃ試験に落ちて自暴自棄になって結婚したみたいじゃん」
「さあ? つぐみって恋愛話してくれないからさ。よくわかんないな」
「嘘だ……。その顔は知ってる顔だ。大路さんのことだって南ちゃんに話してたくらいだから、私が話さないはずがないでしょ!」
「うーん、そうくるか。でもさ、それって谷崎さんに聞くべきだって思うのね。本人同士の問題でしょ? でも、一つだけ言える。つぐみは幸せそうだった。試験のことなんて関係なく、ちゃんと谷崎さんを選んで結婚したんだよ」
本人同士の問題って言われても……。私の様子を気にしつつも南ちゃんは、腕時計に視線を落としている。
「さてと……そろそろ面会時間も終わりだね。今日のところは帰るね。細かいことは明日、また話すね。とりあえず今日はゆっくり休んで。明日になったら思い出しているかもしれないし」
そう言って南ちゃんは病室を出ていった。
南ちゃんが説明してくれたことはとりあえず頭に入ったけど、消化できていない。説明を聞いたからといって、すんなり頭の中が二〇一×年に対応できるわけではない。私の頭の中は、あくまでも二〇〇×年の二月一三日なんだから。
試験のことだって、どう受け止めればいいのかわからない。今(二〇〇×年)の私は試験の為に一生懸命頑張っている最中なのに、ダメだったって結果を知るのは、やっていることは無駄だって言われているのと同じ。私の中ではまだ試験は終わっていないのに……。
結婚は……信じられないというか、考えられない。相手が想定外過ぎる。
あーあ、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。
今日は、わりといい事したはずなのに。
満員電車で妊婦さんに席を譲ったり、できちゃった婚する社員のために、理不尽な異動をのんだり……。そう言えば、病院にいるのも妊婦さんを庇ったからだ。時間の流れは違うけど。
昨日、神様にバーカって言ったから?
だからって、この仕打ちはあんまりだ。ネタバレは嫌いじゃないけど、こんなネタバレはないでしょう?
……止めよう。このままだと神様に罵詈雑言を浴びせてしまう。
こういう時は寝るに限る。
もしかしたら、まだ夢の途中かもしれない。目が覚めたら会社の休憩室にいたりして──あり得ないけどそんな淡い期待を抱いて、瞳を閉じた。
でも、現実は私に甘くなかった。目覚めた私の目に映ったのは……やっぱり病室だった。
最後の試験は不合格。
結婚の話や事故の説明を聞いている中で、薄々気づいてはいた。
もし、合格していたら──今は結婚生活を送るような余裕はないはずだし、公認会計士は取引先にお使いに行ったりしない。
「不合格だったんだね……」
私が問いかけると、南ちゃんは無言で頷いた。
南ちゃんは心配そうに私を見つめているけど、涙も何も出てこない。
実感がわかない。試験に落ちたという事実だけが目の前にどんと置かれた感じ。私はそれをただ眺めることしかできない。
いけない。また空気が重くなってしまった。せっかく南ちゃんと二人にしてもらえたんだから、ちゃんと聞かないと。そう言えば、南ちゃんは兄と結婚したから、もう南じゃないのか……。
「えっと……お義姉さん?」
「え? ……フッ」
迷いながら言うと、南ちゃんは笑いだした。
「ごめん……そんな風につぐみから呼ばれたことなくて、ちょっとくすぐったかった。南ちゃんで大丈夫だから」
なんだ。南ちゃんで良かったのか。確かに友達が結婚しても旧姓で呼んでたしね。
「そっか……じゃあ、南ちゃん。ごめん、答えづらいこと聞いて。それよりさ、今までのこと教えてくれない? 私ね、南ちゃんの抑え気味に仕事って台詞、何気に気になってるんだ。今更な話だろうけど……」
「わかった。順を追って説明する」
南ちゃんは、休憩室の後の私について色々教えてくれた。
あの後、一応私は遅刻せずに打ち合わせに出たらしい。ただし、ぎりぎりまで熟睡してたせいか、私は顔にくっきりと長いすの跡をつけていた。
谷崎課長はそんな私の顔を見るなり吹き出し、私はそんな彼にいたく憤慨していたそうだ。
ちなみに技術営業支援課への発表は、月曜日の朝礼時に行われた。その日、女性社員達は大騒ぎし仕事にならず、男性社員達は人妻になっても姫島さんが来ることにデレデレしていたようだ……その光景はものすごくリアルに想像できた。
三月に入り、大路さんの部署に異動した私は、南ちゃんの抑え気味に仕事という忠告を忠実に守り、言われたことだけをやっていたらしい。
ただ、谷崎課長は私を試していた。姫島さんと同じ仕事に見えても、実は期限を短めに設定されていたり、複雑だったり。そうとも知らず、私は期限前にきっちり仕事を片付けていた。
それが災いし谷崎課長に使えると思われた私には、姫島さんの時以上の仕事が降ってきたらしい。私もできませんと言えばよかったのに、「できなければいいんだけどね」という谷崎課長の言葉に思いっきり乗せられ、次々とこなしていた。
「う……私って単純《バカ》」
「そこがつぐみのいいところでしょ。あの時はバカだって思ったけど、うちの部署的にはつぐみがいてくれて本当によかった」
「よかったって言われても、それで試験に落ちたんでしょ?」
「さあね。つぐみは言い訳をしなかったから、私にはわからない」
最初のうちは、残業なんかしないと、私はものすごい勢いで谷崎課長が振ってくる仕事を片付けていた。けれど、疲労は技術営業支援課の倍以上。そのせいで勉強に影響が出るわ、残業は避けられなくなるわで……色々荒れたらしい。詳しくは今度ねと教えてくれなかったけど。
「でもね、つぐみは偉かったよ。帰りが遅くなるんだったら、朝勉強すればいいって、朝早くに出勤してオフォスビルのロビーで勉強したりして」
「私が? 勉強のお供は深夜ラジオの人間が?」
「その時の名残でつぐみは今でも早起きなはずだよ。帰ってから動くの嫌だからってお風呂掃除とかは朝イチでやってるって言ってたし」
「信じられない。で、朝型にした意味はあったの?」
「あったみたいよ。朝型にしてから集中できるようになったって言ってたし、模試の成績も上がったって」
私の試験が近づくと同時に、市場開発課の仕事も忙しくなっていった。谷崎課長達はリーマン・ショックでの巻き返しを図る重要な仕事を担っていた。
私は残業しても一、二時間に抑えていたらしい。けれど、谷崎課長や南ちゃん達社員は終電帰りの日々を送っていたそうだ。
最後の試験の前日、私は休みを取っていた。そんな時に市場開発課で重大なトラブルが発生した。偶然それを知った私は、休みを返上して出社したそうだ。
その頃の谷崎課長は、私が公認会計士試験を受けると知っていた。だから私を見るなり、帰れと言ったらしい。だけど私は生意気にも、そんなことでダメになるような努力なんてしていないと突っぱねた。
「それで不合格って……すごい恥ずかしい」
「いや、あの時のつぐみは格好良かったよ。それがあったから、谷崎さんはつぐみのことを好きになったと思うし。まあ、そんな感じで二人は付き合い、去年の七月に結婚したってわけ。ちなみにつぐみは今、元の部署で契約社員として働いているよ。まあこの辺りのことは後で詳しく話すとして、これで一通りかな」
ちょっと待って……確かに一通り、説明してもらったけど、一番重要なことが聞けてない。
「待ってよ、南ちゃん。結婚のくだりがざっくり過ぎるよ。谷崎課長が私を選んだ理由はともかく、私が谷崎課長を選んだ理由がさっぱりだし。これじゃ試験に落ちて自暴自棄になって結婚したみたいじゃん」
「さあ? つぐみって恋愛話してくれないからさ。よくわかんないな」
「嘘だ……。その顔は知ってる顔だ。大路さんのことだって南ちゃんに話してたくらいだから、私が話さないはずがないでしょ!」
「うーん、そうくるか。でもさ、それって谷崎さんに聞くべきだって思うのね。本人同士の問題でしょ? でも、一つだけ言える。つぐみは幸せそうだった。試験のことなんて関係なく、ちゃんと谷崎さんを選んで結婚したんだよ」
本人同士の問題って言われても……。私の様子を気にしつつも南ちゃんは、腕時計に視線を落としている。
「さてと……そろそろ面会時間も終わりだね。今日のところは帰るね。細かいことは明日、また話すね。とりあえず今日はゆっくり休んで。明日になったら思い出しているかもしれないし」
そう言って南ちゃんは病室を出ていった。
南ちゃんが説明してくれたことはとりあえず頭に入ったけど、消化できていない。説明を聞いたからといって、すんなり頭の中が二〇一×年に対応できるわけではない。私の頭の中は、あくまでも二〇〇×年の二月一三日なんだから。
試験のことだって、どう受け止めればいいのかわからない。今(二〇〇×年)の私は試験の為に一生懸命頑張っている最中なのに、ダメだったって結果を知るのは、やっていることは無駄だって言われているのと同じ。私の中ではまだ試験は終わっていないのに……。
結婚は……信じられないというか、考えられない。相手が想定外過ぎる。
あーあ、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。
今日は、わりといい事したはずなのに。
満員電車で妊婦さんに席を譲ったり、できちゃった婚する社員のために、理不尽な異動をのんだり……。そう言えば、病院にいるのも妊婦さんを庇ったからだ。時間の流れは違うけど。
昨日、神様にバーカって言ったから?
だからって、この仕打ちはあんまりだ。ネタバレは嫌いじゃないけど、こんなネタバレはないでしょう?
……止めよう。このままだと神様に罵詈雑言を浴びせてしまう。
こういう時は寝るに限る。
もしかしたら、まだ夢の途中かもしれない。目が覚めたら会社の休憩室にいたりして──あり得ないけどそんな淡い期待を抱いて、瞳を閉じた。
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