9 / 60
第9話
しおりを挟む
リビングに和室が一部屋と洋室が三部屋。
二人暮らしでいきなり4LDK? って思ったけど、ここは谷崎課長の持ち家だそうだ。
都内で4LDKのマンションに一人暮らしとは……派遣の時給は安いのに社員には羽振りがいいですねと、嫌味を言いたくなる。この人が頑張って会社の利益に貢献してきたからなのにね。一体どれだけやさぐれているんだか……自分が嫌になる。
和室は客間として使っているようで、余計なものがない。洋室の一部屋も何も置かれていない。多分、将来の家族計画とかが絡んでいそうだけど……そこは今、考えるのはやめとこう。
二つの本棚が並んだ書斎には笑ってしまった。
左の本棚には経済書とか機械工学の本とか重厚そうなラインナップが揃っているのに、右の本棚にはマンガやCDばかり。私が封印していたマンガだけじゃなく、私が知らない作品もいっぱいある。参考書の類いは下の段の片隅に置かれているだけ。三年間の間、あなたは勉強していないのね……自分で自分に呆れた。
そして、寝室。
クローゼットにテレビ台も兼ねたチェスト。そして……部屋の中心に置かれたダブルベッド。
わかっている。
結婚しているんだから、寝室が一緒だったり、一つのベッドで眠ることが普通なことくらい。でもその存在を目にすると、体の中がカーっと熱くなっていく。
それは、「キャーやだ! 恥ずかしい」みたいな甘い恥じらいなんかじゃなく、「お前がどう思おうが、お前は面識のないあの男と夫婦だ」という辱めからきている。
……無理。
これ以上ここにいたら、参ってしまいそうだ。逃げるように寝室を抜け出した。
リビングに戻ると、谷崎課長がお茶を入れてくれていた。テーブルには私の大好きなコー○ーコーナーのシュークリームが置かれている。久しぶりに見るシュークリームに口元が緩んでしまう。
「つぐみを迎えに行く前に買っておいたんだ。モカエクレアもあるから明日食べるといい」
そう、シュークリームを一日目に食べて、次の日にモカエクレアだわ……って、どれだけ私のことを知ってるんだ。出してくれた紅茶は、ご丁寧に私のお気に入りのキャラのマグカップに入っているし。でも、せっかくだから頂くとしよう。
「いただきます」
マグカップに口をつけると、私の好きな紅茶の味が口の中に広がった。シュークリームも相変わらずカスタードクリームいっぱいで美味しい。ああ……至福の時だわ。
紅茶と大好きなシュークリームのおかげで、少しだけ緊張がやわらいだ。だけど、こうした気遣いをありがたいとと思う反面、この人は私のことをとことん知り尽くしているのだと複雑な思いにもかられる。
静かだ……どこからか時計の音が聞こえてくる。
気まずい。なんかこれってお見合いみたい? いや、違うか。私は相手のことを知らないけど、相手は私のことを熟知してるものね。
シュークリームを平らげてしまったので、コーヒーを飲んでいる谷崎課長を見る。
コーヒーカップを持つ長くて角ばった手。
いいなあ。私の家系はみんな手が小さいから、大きな手には憧れてしまう。左手の薬指には指輪が付けられている。
……いいはまり具合。
思わず見とれてしまった。そう言えば、私は結婚指輪をしている男の手フェチだった。私の勝手なイメージだけど、結婚指輪がキレイにはまっている男の人って、奥さんを大切にしている気がして。だから、結婚するなら旦那さんには絶対に結婚指輪をして欲しいって思っていた。図らずもその願いだけは叶っているらしい。
手ばっかり観察していても仕方ないので、視線を上げる。
髪は少し癖がある髪質なのだろうか? 髪の毛の量はよくわからないけど、普通だと思う。白髪もほとんど見当たらない。
目の下には皺。三十六歳だものね。でも、シミとかはなくて肌は私よりキレイ。普通の大きさの目に整った鼻筋、余分な肉が一切ついていないほっそりとした頬。
……やっぱりタイプじゃない。
入院中の間から今まで好きだった人の顔を思い浮かべては、この人との共通点を探していた。だけど、見つからなかった。
そもそも私は顔が丸いから、ほっそりとした顔の人は好きにならない。コンプレックスが刺激されるというか、二人で並ぶと自分の顔の肉が目立つというか……。結婚式の写真でも自分の顔の丸さが際立ってたし。
今まで好きだった人達の顔も細かったけど、ここまでほっそりはしていなかった。私は「肉大好きだぜ!」って感じの(本人達の好みは別として)顔の人が好き。でも、この人は明らかに「肉より野菜が好き」って顔だ。背は高いけど体重は軽そうだし、その気になれば、この人のことをお姫様抱っこできる自信がある。どうしよう……好みじゃない。
また失礼なことを考えてしまった。それにしても、本当に気まずい。谷崎課長も私にどう声をかけるべきか、戸惑っているのかもしれない。
ずっと黙っているわけにはいかない。南ちゃんにも二人の間の詳しい事は谷崎課長に聞けって言われたし。聞きたいことはたくさんある。でも、谷崎課長は私が何を知りたいかなんてわからない。だから私から話さないとだめだ。すうっと息を吸い、谷崎課長に話しかけた。
「あの……ここってすごく高いですよね? 都内で4LDKだし。ローンとか生活って大変じゃないですか?」
……一体、何を聞いているのだろう。
聞きたい事はこれじゃないでしょ! と自分で自分に思いっきりツッコミを入れる。
谷崎課長も聞きたいことはそんなことかって顔をしている。にも関わらず、谷崎課長は私のくだらない質問に答えてくれた。
「いや……一応、課長なのでそれなりの収入があるし、独身時代からの貯金もある。それに結婚する時に俺の実家やつぐみの実家からお祝いを結構貰ったから」
「え? うちの親が?」
「実家にお金を入れてただろう?」
「ああ、確かに実家に入れてました。そっか……それを貯金してくれてたんだ」
「そう、だからローンや生活のことはご心配なく」
また沈黙が流れる。色々聞きたいことはあるのに。
でも、それを聞くのは今の私と谷崎課長の距離では無理。よく知らない人に自分のことを語られるのは、やっぱりいい気がしない。かといって、このままってわけにはいかないし……どうすればいいのやら。一人固まっていると、谷崎課長の目が私の目を捉えた。どきっとする間もなく、谷崎課長が口を開いた。
「これからのことだけど……」
二人暮らしでいきなり4LDK? って思ったけど、ここは谷崎課長の持ち家だそうだ。
都内で4LDKのマンションに一人暮らしとは……派遣の時給は安いのに社員には羽振りがいいですねと、嫌味を言いたくなる。この人が頑張って会社の利益に貢献してきたからなのにね。一体どれだけやさぐれているんだか……自分が嫌になる。
和室は客間として使っているようで、余計なものがない。洋室の一部屋も何も置かれていない。多分、将来の家族計画とかが絡んでいそうだけど……そこは今、考えるのはやめとこう。
二つの本棚が並んだ書斎には笑ってしまった。
左の本棚には経済書とか機械工学の本とか重厚そうなラインナップが揃っているのに、右の本棚にはマンガやCDばかり。私が封印していたマンガだけじゃなく、私が知らない作品もいっぱいある。参考書の類いは下の段の片隅に置かれているだけ。三年間の間、あなたは勉強していないのね……自分で自分に呆れた。
そして、寝室。
クローゼットにテレビ台も兼ねたチェスト。そして……部屋の中心に置かれたダブルベッド。
わかっている。
結婚しているんだから、寝室が一緒だったり、一つのベッドで眠ることが普通なことくらい。でもその存在を目にすると、体の中がカーっと熱くなっていく。
それは、「キャーやだ! 恥ずかしい」みたいな甘い恥じらいなんかじゃなく、「お前がどう思おうが、お前は面識のないあの男と夫婦だ」という辱めからきている。
……無理。
これ以上ここにいたら、参ってしまいそうだ。逃げるように寝室を抜け出した。
リビングに戻ると、谷崎課長がお茶を入れてくれていた。テーブルには私の大好きなコー○ーコーナーのシュークリームが置かれている。久しぶりに見るシュークリームに口元が緩んでしまう。
「つぐみを迎えに行く前に買っておいたんだ。モカエクレアもあるから明日食べるといい」
そう、シュークリームを一日目に食べて、次の日にモカエクレアだわ……って、どれだけ私のことを知ってるんだ。出してくれた紅茶は、ご丁寧に私のお気に入りのキャラのマグカップに入っているし。でも、せっかくだから頂くとしよう。
「いただきます」
マグカップに口をつけると、私の好きな紅茶の味が口の中に広がった。シュークリームも相変わらずカスタードクリームいっぱいで美味しい。ああ……至福の時だわ。
紅茶と大好きなシュークリームのおかげで、少しだけ緊張がやわらいだ。だけど、こうした気遣いをありがたいとと思う反面、この人は私のことをとことん知り尽くしているのだと複雑な思いにもかられる。
静かだ……どこからか時計の音が聞こえてくる。
気まずい。なんかこれってお見合いみたい? いや、違うか。私は相手のことを知らないけど、相手は私のことを熟知してるものね。
シュークリームを平らげてしまったので、コーヒーを飲んでいる谷崎課長を見る。
コーヒーカップを持つ長くて角ばった手。
いいなあ。私の家系はみんな手が小さいから、大きな手には憧れてしまう。左手の薬指には指輪が付けられている。
……いいはまり具合。
思わず見とれてしまった。そう言えば、私は結婚指輪をしている男の手フェチだった。私の勝手なイメージだけど、結婚指輪がキレイにはまっている男の人って、奥さんを大切にしている気がして。だから、結婚するなら旦那さんには絶対に結婚指輪をして欲しいって思っていた。図らずもその願いだけは叶っているらしい。
手ばっかり観察していても仕方ないので、視線を上げる。
髪は少し癖がある髪質なのだろうか? 髪の毛の量はよくわからないけど、普通だと思う。白髪もほとんど見当たらない。
目の下には皺。三十六歳だものね。でも、シミとかはなくて肌は私よりキレイ。普通の大きさの目に整った鼻筋、余分な肉が一切ついていないほっそりとした頬。
……やっぱりタイプじゃない。
入院中の間から今まで好きだった人の顔を思い浮かべては、この人との共通点を探していた。だけど、見つからなかった。
そもそも私は顔が丸いから、ほっそりとした顔の人は好きにならない。コンプレックスが刺激されるというか、二人で並ぶと自分の顔の肉が目立つというか……。結婚式の写真でも自分の顔の丸さが際立ってたし。
今まで好きだった人達の顔も細かったけど、ここまでほっそりはしていなかった。私は「肉大好きだぜ!」って感じの(本人達の好みは別として)顔の人が好き。でも、この人は明らかに「肉より野菜が好き」って顔だ。背は高いけど体重は軽そうだし、その気になれば、この人のことをお姫様抱っこできる自信がある。どうしよう……好みじゃない。
また失礼なことを考えてしまった。それにしても、本当に気まずい。谷崎課長も私にどう声をかけるべきか、戸惑っているのかもしれない。
ずっと黙っているわけにはいかない。南ちゃんにも二人の間の詳しい事は谷崎課長に聞けって言われたし。聞きたいことはたくさんある。でも、谷崎課長は私が何を知りたいかなんてわからない。だから私から話さないとだめだ。すうっと息を吸い、谷崎課長に話しかけた。
「あの……ここってすごく高いですよね? 都内で4LDKだし。ローンとか生活って大変じゃないですか?」
……一体、何を聞いているのだろう。
聞きたい事はこれじゃないでしょ! と自分で自分に思いっきりツッコミを入れる。
谷崎課長も聞きたいことはそんなことかって顔をしている。にも関わらず、谷崎課長は私のくだらない質問に答えてくれた。
「いや……一応、課長なのでそれなりの収入があるし、独身時代からの貯金もある。それに結婚する時に俺の実家やつぐみの実家からお祝いを結構貰ったから」
「え? うちの親が?」
「実家にお金を入れてただろう?」
「ああ、確かに実家に入れてました。そっか……それを貯金してくれてたんだ」
「そう、だからローンや生活のことはご心配なく」
また沈黙が流れる。色々聞きたいことはあるのに。
でも、それを聞くのは今の私と谷崎課長の距離では無理。よく知らない人に自分のことを語られるのは、やっぱりいい気がしない。かといって、このままってわけにはいかないし……どうすればいいのやら。一人固まっていると、谷崎課長の目が私の目を捉えた。どきっとする間もなく、谷崎課長が口を開いた。
「これからのことだけど……」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ガネット・フォルンは愛されたい
アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。
子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。
元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。
それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。
私も誰かに一途に愛されたかった。
❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。
❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
【書籍化決定】アシュリーの願いごと
ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」
もしかして。そう思うことはありました。
でも、まさか本当だっただなんて。
「…それならもう我慢する必要は無いわね?」
嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。
すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。
愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。
「でも、もう変わらなくてはね」
この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。
だって。私には願いがあるのだから。
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
✻1/19、タグを2つ追加しました
✻1/27、短編から長編に変更しました
✻2/2、タグを変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる