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第22話
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「お疲れ。まあ、これでも飲んで。私は付き合えないけど」
そう言って、南ちゃんが缶ビールを差し出してくれた。南ちゃんは授乳中で飲めないのに……と躊躇ったけど、遠慮するのも悪い気がしたので素直に頂くことにする。
「ありがとう。いただきます」
プルトップを開け口をつける。いつもだったら勢いよく喉に流し込むけど、今日はそんな気分になれず、ちびちびと喉に流し込んでいく。
今日のビールは、苦い。
実家へ向かう電車の中で、兄や南ちゃんにどう言おうか、ぐるぐる考えたけど「ただいま」としか言えなかった。そんな私を兄や南ちゃんは「おかえり」と迎えてくれた。二人共、いい意味で無関心を装ってくれていた。
どうやら私がマンションを出て行った後、谷崎さんが連絡しておいてくれたらしい。その気配りは、ありがたくて……少し痛い。
私を見たら大泣きするだろうなあと心配していた蘭ちゃんは、意外なことにケロリとしていた。
「谷崎の匂いがしみついてるから、平気なんじゃねえ?」と兄がずれているようで鋭いことを言うので、ちょっと焦った。そんな兄は蘭ちゃんを寝かしつけ中。あんな兄でもパパしてるんだと思うと何だか微笑ましい。
「……飲んだね?」
私の喉がゴクリと動いたのを見て、南ちゃんが切り出した。その顔はニコっとしている。
「うん。ごめんね、南ちゃんは飲めないのに……」
南ちゃんの表情は笑顔のまま。でも、何だ? この妙な威圧感は。笑っているけど、笑ってないというか……何が始まるの?
「じゃあ、吐け」
「は?」
「は? じゃない。何があったか白状しろってこと。あんたは授乳中で飲めないお義姉さんの前で、遠慮なくビールを飲んだでしょ? だったら、こっちも遠慮なく聞かせてもらうわ」
「そんな……無茶苦茶だよ」
「無茶なのはそっちでしょ? 谷崎さんから、色々やらかしたからしばらく置いてやってくれ──なんて、連絡もらって……こっちはどれだけ心配したか」
「それは……すみません」
「謝るなら言ってみ? どうしても言えないなら、無理強いはしないけど……。記憶のことは助けてあげられないけど、愚痴とか悩みくらいは聞けるよ?」
言い方はあれだけど、南ちゃんなりに私のことを思ってくれているのがわかる。その優しさは友達からなのか、家族からなのかわからないけど、うるっときそうになる──とは言うものの、何をどこまで話せばいいのか。今日のことを説明するには、日記のことはもちろんタカノリのことも話さないといけない。
そう考えると気が進まない。でも、色んな感情が混ざり合って散らかっている頭の中を整理するには、話してみた方がいいのかも。
「わかった。話す、話すから」
「よし」
「でも、不愉快な話だらけだからね。先に謝っておく。ごめんなさい」
「大丈夫よ。義姉として受け止めてあげるから」
私は覚悟を決め、飲みかけの缶ビールを一気に呷り、手帳に書かれたタカノリのことや、日記のこと、休憩室でのやりとり、マンションでの出来事を話し始めた。
「何から突っ込めばいいのやら……。やっちゃったね」
一通り話し終えた後、南ちゃんがそう呟いた。その表情から困惑しているのがよくわかる。やっぱりね……わかってましたよ。
「でしょ? 他人を妬んで暴言吐いたり、不倫したり、……だから言ったのに、不愉快だって」
「ちょっと待て、つぐみ」
「ん?」
「私がやっちゃったねって言ったのは、谷崎さんとのことよ。人間生きてれば、人を妬むこともある。暴言は褒められたことじゃないけど、もっとひどい暴言なんていくらでもある。不倫問題は……バカバカし過ぎて反応する気にもなれないわ」
「ちょっと! バカバカしいって、どういうこと?」
しまった……ムキになって声が大きくなってしまった。蘭ちゃんの部屋に届いていなければいいけど。
だけど、私が二週間の間、悩み苦しんでいたことをそんな風に言われるのは釈然としない。
「ありえないから」
私の疑問を南ちゃんは瞬殺でばっさり斬った。
「ありえない?」
「そっ、ありえない」
「何でそう言い切れるの?」
「じゃあ聞くけど、つぐみは私に気づかれずに、不倫する自信ある?」
「それは……」
南ちゃんの指摘に口籠ってしまう。確かに、そうなのだ。色々なことに鋭いこの人に隠れて不倫する自信なんてない。でも、大切な人のためなら……。
「ないよ。でもさ、好きで好きでたまらない相手のためなら、南ちゃんが相手でも騙し通そうとするよ。谷崎つぐみさんはそうだったかも知れないじゃない」
私の反論に南ちゃんは、大きなため息をついた。
「三年後の自分を何だと思ってるわけ? 私から言わせてもらえば、三十歳の谷崎つぐみも、二十七歳の柏原つぐみ──今のつぐみも、大して変わらないから」
大して変わらない? 私と谷崎つぐみさんが?
それって……。
「私が成長してないってこと?」
「そうじゃなくて……基本的なところが変わってないってことよ。つぐみって、恋愛に対しては逃げ腰だけど、それ以外のことには、真正面からぶつかるタイプでしょ。そこで痛かったり傷ついたりして成長していく──要は不器用?」
「……嬉しくない」
「まあ、すねないで。その不器用さに谷崎さんは惚れたんだから」
「え?」
「しまった……二人のことは口出ししないつもりだったのに。でも、これは……」
ぽかんとしている私を尻目に、南ちゃんは一人で色々呟いてる。独り言というより、逡巡しているみたい。漸く考えが纏まったのか、切り出した。
「今からちょっと苦い話をするけど、いい?」
「苦い?」
「うん。つぐみの日記にも書いてある話かも」
日記に書くほど? それって、つまり……嫌なこと?
知りたくない。
でも、そこにヒントがあるかもしれない。覚悟を決めて私はゆっくりと頷いた。
そう言って、南ちゃんが缶ビールを差し出してくれた。南ちゃんは授乳中で飲めないのに……と躊躇ったけど、遠慮するのも悪い気がしたので素直に頂くことにする。
「ありがとう。いただきます」
プルトップを開け口をつける。いつもだったら勢いよく喉に流し込むけど、今日はそんな気分になれず、ちびちびと喉に流し込んでいく。
今日のビールは、苦い。
実家へ向かう電車の中で、兄や南ちゃんにどう言おうか、ぐるぐる考えたけど「ただいま」としか言えなかった。そんな私を兄や南ちゃんは「おかえり」と迎えてくれた。二人共、いい意味で無関心を装ってくれていた。
どうやら私がマンションを出て行った後、谷崎さんが連絡しておいてくれたらしい。その気配りは、ありがたくて……少し痛い。
私を見たら大泣きするだろうなあと心配していた蘭ちゃんは、意外なことにケロリとしていた。
「谷崎の匂いがしみついてるから、平気なんじゃねえ?」と兄がずれているようで鋭いことを言うので、ちょっと焦った。そんな兄は蘭ちゃんを寝かしつけ中。あんな兄でもパパしてるんだと思うと何だか微笑ましい。
「……飲んだね?」
私の喉がゴクリと動いたのを見て、南ちゃんが切り出した。その顔はニコっとしている。
「うん。ごめんね、南ちゃんは飲めないのに……」
南ちゃんの表情は笑顔のまま。でも、何だ? この妙な威圧感は。笑っているけど、笑ってないというか……何が始まるの?
「じゃあ、吐け」
「は?」
「は? じゃない。何があったか白状しろってこと。あんたは授乳中で飲めないお義姉さんの前で、遠慮なくビールを飲んだでしょ? だったら、こっちも遠慮なく聞かせてもらうわ」
「そんな……無茶苦茶だよ」
「無茶なのはそっちでしょ? 谷崎さんから、色々やらかしたからしばらく置いてやってくれ──なんて、連絡もらって……こっちはどれだけ心配したか」
「それは……すみません」
「謝るなら言ってみ? どうしても言えないなら、無理強いはしないけど……。記憶のことは助けてあげられないけど、愚痴とか悩みくらいは聞けるよ?」
言い方はあれだけど、南ちゃんなりに私のことを思ってくれているのがわかる。その優しさは友達からなのか、家族からなのかわからないけど、うるっときそうになる──とは言うものの、何をどこまで話せばいいのか。今日のことを説明するには、日記のことはもちろんタカノリのことも話さないといけない。
そう考えると気が進まない。でも、色んな感情が混ざり合って散らかっている頭の中を整理するには、話してみた方がいいのかも。
「わかった。話す、話すから」
「よし」
「でも、不愉快な話だらけだからね。先に謝っておく。ごめんなさい」
「大丈夫よ。義姉として受け止めてあげるから」
私は覚悟を決め、飲みかけの缶ビールを一気に呷り、手帳に書かれたタカノリのことや、日記のこと、休憩室でのやりとり、マンションでの出来事を話し始めた。
「何から突っ込めばいいのやら……。やっちゃったね」
一通り話し終えた後、南ちゃんがそう呟いた。その表情から困惑しているのがよくわかる。やっぱりね……わかってましたよ。
「でしょ? 他人を妬んで暴言吐いたり、不倫したり、……だから言ったのに、不愉快だって」
「ちょっと待て、つぐみ」
「ん?」
「私がやっちゃったねって言ったのは、谷崎さんとのことよ。人間生きてれば、人を妬むこともある。暴言は褒められたことじゃないけど、もっとひどい暴言なんていくらでもある。不倫問題は……バカバカし過ぎて反応する気にもなれないわ」
「ちょっと! バカバカしいって、どういうこと?」
しまった……ムキになって声が大きくなってしまった。蘭ちゃんの部屋に届いていなければいいけど。
だけど、私が二週間の間、悩み苦しんでいたことをそんな風に言われるのは釈然としない。
「ありえないから」
私の疑問を南ちゃんは瞬殺でばっさり斬った。
「ありえない?」
「そっ、ありえない」
「何でそう言い切れるの?」
「じゃあ聞くけど、つぐみは私に気づかれずに、不倫する自信ある?」
「それは……」
南ちゃんの指摘に口籠ってしまう。確かに、そうなのだ。色々なことに鋭いこの人に隠れて不倫する自信なんてない。でも、大切な人のためなら……。
「ないよ。でもさ、好きで好きでたまらない相手のためなら、南ちゃんが相手でも騙し通そうとするよ。谷崎つぐみさんはそうだったかも知れないじゃない」
私の反論に南ちゃんは、大きなため息をついた。
「三年後の自分を何だと思ってるわけ? 私から言わせてもらえば、三十歳の谷崎つぐみも、二十七歳の柏原つぐみ──今のつぐみも、大して変わらないから」
大して変わらない? 私と谷崎つぐみさんが?
それって……。
「私が成長してないってこと?」
「そうじゃなくて……基本的なところが変わってないってことよ。つぐみって、恋愛に対しては逃げ腰だけど、それ以外のことには、真正面からぶつかるタイプでしょ。そこで痛かったり傷ついたりして成長していく──要は不器用?」
「……嬉しくない」
「まあ、すねないで。その不器用さに谷崎さんは惚れたんだから」
「え?」
「しまった……二人のことは口出ししないつもりだったのに。でも、これは……」
ぽかんとしている私を尻目に、南ちゃんは一人で色々呟いてる。独り言というより、逡巡しているみたい。漸く考えが纏まったのか、切り出した。
「今からちょっと苦い話をするけど、いい?」
「苦い?」
「うん。つぐみの日記にも書いてある話かも」
日記に書くほど? それって、つまり……嫌なこと?
知りたくない。
でも、そこにヒントがあるかもしれない。覚悟を決めて私はゆっくりと頷いた。
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