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第54話
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「……っ」
私の質問に谷崎さんは、しまったという顔をした。
「……見たのか?」
「ええ。仕事復帰した頃に姫島さんがDVDを渡してくれました」
「ちっ、姫島め。……余計なことを」
吐き捨てるような言い方に、今までさん付けしていた姫島さんを呼び捨て。そして、とてもバツが悪そうな表情。
どうやら、あのDVDは私にだけじゃなく、谷崎さんにとっても気まずいものらしい。
「……そうだよ。あれを撮っていたのは、俺だ。式場で手配したものとは別に、
出席者や余興をしてくれる奴をメインに撮って欲しい大路からビデオカメラを預かっていたんだ」
「そうだったんですか」
その割には私が悪目立ちしていたように思えてならないのだけど……。
ふと、頭の中に過ぎった疑問が顔に出ていたのか、谷崎さんは白状するような表情を浮かべて続けた。
「これでも最初はバランス良く色んな奴らを撮っていたと思う。だけど、つぐみの歌が始まって……目が離せなくなって、無意識につぐみばかりを追っかけていた。おかげで奴らに俺の気持ちがバレてしまった」
そう言って、谷崎さんは頭を抱えた。
なるほどね……どおりで、私がやたらと映り込んでいたわけだ。うん……色々納得した。だけど、そこを深堀するのは止めておこう。
「フォローになってないと思いますけど、さらっと一回見ただけですからね。そもそも、何で二人の披露宴の映像を見なきゃいけないんだ? って、しばらく放置してたくらいだし」
「……だろうな」
「でも、それも大人げないなって思って、再生したのはいいんですけどね。あの自分の破壊力ったら……二人の披露宴を台無しにしてしまったって本気で心配しました」
「それは絶対にない。あれは披露宴の余興としては、かなりレベルが高かった。姫島なんてキャーキャー言ってたんだから……俺が撮ったDVDには映っていないがな」
「いや、レベルが高かろうが、キャーキャー言われようが、恥ずかしいものは恥ずかしいです。普段の私のテンションとは程遠いし、あれ」
「……」
いや、違わないだろう。
沈黙の代わりにそう言われている気がするけど、直接言われたわけじゃないので、ここはスルーすることにする」
「まあ……大路に頼まれた時は渋っていたからな。何度も頼まれて最終的に折れたんだけど、引き受けたからにはちゃんとしないとって。かなり練習していてさ……ボイストレーニングにも通ってたんだそ」
「え……そこまで?」
「だろ? そこまでしなくてもって思ったけど、責任があるからって。それだけやったんだから大丈夫だろって思うのに、当日はガチガチに緊張しててさ」
何て言うか……情けないエピソードの数々にため息が頭を抱えたくなる。でも、今の私が同じ状況に置かれても、きっと同じような行動をする。複雑だけど……そういうもんだ。
「だから、気付けの一杯が効いたんでしょうね。相当酔っていたみたいですし」
「ああ。いつも以上に無防備で、大路の友人の野郎共に愛想を振りまいているし……こっちは気が気じゃなかった。だから……」
嫌な汗が背中を伝っていくのがわかる。谷崎さんの話と日記の内容が少しずつリンクしていく。
披露宴終了後の私は、心配して自宅に送ってくれようとした谷崎さんに逆らい、強引に谷崎さんの家に押しかけて……。
……無理だ。
これ以上は無理。
自分の過去から逃げないと決めても、今日はダメだ。あれは今日の私の幸せを軽く吹き飛ぼす威力のある黒歴史だ。
「谷崎さん、そろそろ夕飯にしません?」
不自然なのは百も承知だけど、無理やり話題を変えた。
リビングの窓から見える空の色はまだ明るかったけど、時計の針は六時半を指していた。
夕飯と言っておきながら、何も準備してないけど……ピザを頼むもよし、近くに食べに行くもよし……選択肢はたくさんある。
「ああ、もうそんな時間か」
谷崎さんは時計を眺めて何か考え込んでいる。
「ハンバーグは無理だけど、とんかつ屋なら今の時間からでも入れるな。つぐみを送りがてら食べに行こうか」
「え?」
とんかつというキーワードに頷きそうになったけど、送りがてらという谷崎さんの言葉が引っかかる。
「ちょっと待って。送るって……」
「今日は実家に戻った方がいい」
「え? 私がいると邪魔ですか?」
まさか……他の女の人が来る予定とか?
谷崎さんに限ってあり得ないだろうけど、私がいると不都合な事情って何?
「そうじゃなくて俺の問題だ。今の俺はつぐみが思っているほど、余裕が無い。このまま一緒にいたら、確実につぐみを抱き潰してしまう。……だから、今日は実家に」
「嫌だ。せっかくここに帰ってきたのに」
「……わかってるのか?」
「わかってますよ」
確かに私は子供っぽいかも知れない。だけど、谷崎さんが言っていることの意味がわからないほど、子供ではない。
即座に返事を返すと、谷崎さんは小さく息を呑んだ。
「……この前みたいに逃がしてやれないぞ」
どこか躊躇いがちな問いに私はコクリと頷いた。
「言ったな……」
そう呟く声が聞こえたかと思うと、急に谷崎さんの纏っている空気が一気に変わり、一瞬の間に私の体が宙に浮いた。
「……えっ?」
突然のことに驚いたせいで、自分が抱きかかえられていると気づくのに時間がかかった。
「って今?」
「ああ」
……って。何でそんな当たり前の口調なの? 戸惑っている私に構うことなく、谷崎さんは寝室に向かおうとする。
「ちょっと待って」
「余裕が無いと言ったはずだが?」
確かに仰っていましたけど……。
「あの私、走ってきたせいで」
「汗なら俺だってかいてる。後でシャワーを浴びればいいだろう。何なら一緒に入る?」
冗談なのか本気なのか判断がつかない言い草に、全力で首をを振って答える。今更照れなくていいのにって呟きが聞こえたのは私の気のせいだよね? そう信じたい。
……待てよ。今日の私の下着ってどんなやつだっけ?
一応上下セットだけど……何の飾りもないやつだった。そして何より胸を大きく見せるブラじゃない!
「あの、わかりましたから。せめて着替えを」
「これから裸になるのに必要ないだろう?」
ごもっともですけど、そこは察してよ。
だけど、そんな私の不満など谷崎さんは一笑に付すように言う。
「つぐみがどんな下着を身につけていようが気にしないから。たとえ……男性用の下着でもな」
「うっ……」
谷崎さんにそれを言われるとぐうの音も出ない。私が谷崎さんの下着を穿いて帰ったのは紛れもない事実だ。でも、このタイミングで言う? と悔しがっている合間にも谷崎さんは寝室に進んで行く。
「がっくりするほど、ペチャパイですよ!」
今の私の真っ平ら度合いを舐めないで! という主張を込めて、声を張り上げた。すると、谷崎さんの足がピタリと止まり、私の体が一瞬震えた。何故かはわかっている。谷崎さんがふっと笑ってその振動が私に伝わったからだ。ここで笑い上戸のスイッチが入ったかと期待したけど、すぐに落ち着きニヤリとした笑みを浮かべた。
「今更?」
何だろう。この言いようのない敗北感は……。
「でもっ……っ」
言い返そうとした途端、唇を塞がれた。
「ん……っ」
谷崎さんの唇から逃げようにも、抱き抱えられているせいで見動きが取れない。熱い舌に翻弄され、谷崎さんの唇から解放された時には体の力が一気に抜けてしまっていた。
「もう“でも”も“待って”も無し」
「……」
艶っぽい瞳で見つめられ、甘い声で耳元で囁かれたら……黙って頷くしかなかった。
私の質問に谷崎さんは、しまったという顔をした。
「……見たのか?」
「ええ。仕事復帰した頃に姫島さんがDVDを渡してくれました」
「ちっ、姫島め。……余計なことを」
吐き捨てるような言い方に、今までさん付けしていた姫島さんを呼び捨て。そして、とてもバツが悪そうな表情。
どうやら、あのDVDは私にだけじゃなく、谷崎さんにとっても気まずいものらしい。
「……そうだよ。あれを撮っていたのは、俺だ。式場で手配したものとは別に、
出席者や余興をしてくれる奴をメインに撮って欲しい大路からビデオカメラを預かっていたんだ」
「そうだったんですか」
その割には私が悪目立ちしていたように思えてならないのだけど……。
ふと、頭の中に過ぎった疑問が顔に出ていたのか、谷崎さんは白状するような表情を浮かべて続けた。
「これでも最初はバランス良く色んな奴らを撮っていたと思う。だけど、つぐみの歌が始まって……目が離せなくなって、無意識につぐみばかりを追っかけていた。おかげで奴らに俺の気持ちがバレてしまった」
そう言って、谷崎さんは頭を抱えた。
なるほどね……どおりで、私がやたらと映り込んでいたわけだ。うん……色々納得した。だけど、そこを深堀するのは止めておこう。
「フォローになってないと思いますけど、さらっと一回見ただけですからね。そもそも、何で二人の披露宴の映像を見なきゃいけないんだ? って、しばらく放置してたくらいだし」
「……だろうな」
「でも、それも大人げないなって思って、再生したのはいいんですけどね。あの自分の破壊力ったら……二人の披露宴を台無しにしてしまったって本気で心配しました」
「それは絶対にない。あれは披露宴の余興としては、かなりレベルが高かった。姫島なんてキャーキャー言ってたんだから……俺が撮ったDVDには映っていないがな」
「いや、レベルが高かろうが、キャーキャー言われようが、恥ずかしいものは恥ずかしいです。普段の私のテンションとは程遠いし、あれ」
「……」
いや、違わないだろう。
沈黙の代わりにそう言われている気がするけど、直接言われたわけじゃないので、ここはスルーすることにする」
「まあ……大路に頼まれた時は渋っていたからな。何度も頼まれて最終的に折れたんだけど、引き受けたからにはちゃんとしないとって。かなり練習していてさ……ボイストレーニングにも通ってたんだそ」
「え……そこまで?」
「だろ? そこまでしなくてもって思ったけど、責任があるからって。それだけやったんだから大丈夫だろって思うのに、当日はガチガチに緊張しててさ」
何て言うか……情けないエピソードの数々にため息が頭を抱えたくなる。でも、今の私が同じ状況に置かれても、きっと同じような行動をする。複雑だけど……そういうもんだ。
「だから、気付けの一杯が効いたんでしょうね。相当酔っていたみたいですし」
「ああ。いつも以上に無防備で、大路の友人の野郎共に愛想を振りまいているし……こっちは気が気じゃなかった。だから……」
嫌な汗が背中を伝っていくのがわかる。谷崎さんの話と日記の内容が少しずつリンクしていく。
披露宴終了後の私は、心配して自宅に送ってくれようとした谷崎さんに逆らい、強引に谷崎さんの家に押しかけて……。
……無理だ。
これ以上は無理。
自分の過去から逃げないと決めても、今日はダメだ。あれは今日の私の幸せを軽く吹き飛ぼす威力のある黒歴史だ。
「谷崎さん、そろそろ夕飯にしません?」
不自然なのは百も承知だけど、無理やり話題を変えた。
リビングの窓から見える空の色はまだ明るかったけど、時計の針は六時半を指していた。
夕飯と言っておきながら、何も準備してないけど……ピザを頼むもよし、近くに食べに行くもよし……選択肢はたくさんある。
「ああ、もうそんな時間か」
谷崎さんは時計を眺めて何か考え込んでいる。
「ハンバーグは無理だけど、とんかつ屋なら今の時間からでも入れるな。つぐみを送りがてら食べに行こうか」
「え?」
とんかつというキーワードに頷きそうになったけど、送りがてらという谷崎さんの言葉が引っかかる。
「ちょっと待って。送るって……」
「今日は実家に戻った方がいい」
「え? 私がいると邪魔ですか?」
まさか……他の女の人が来る予定とか?
谷崎さんに限ってあり得ないだろうけど、私がいると不都合な事情って何?
「そうじゃなくて俺の問題だ。今の俺はつぐみが思っているほど、余裕が無い。このまま一緒にいたら、確実につぐみを抱き潰してしまう。……だから、今日は実家に」
「嫌だ。せっかくここに帰ってきたのに」
「……わかってるのか?」
「わかってますよ」
確かに私は子供っぽいかも知れない。だけど、谷崎さんが言っていることの意味がわからないほど、子供ではない。
即座に返事を返すと、谷崎さんは小さく息を呑んだ。
「……この前みたいに逃がしてやれないぞ」
どこか躊躇いがちな問いに私はコクリと頷いた。
「言ったな……」
そう呟く声が聞こえたかと思うと、急に谷崎さんの纏っている空気が一気に変わり、一瞬の間に私の体が宙に浮いた。
「……えっ?」
突然のことに驚いたせいで、自分が抱きかかえられていると気づくのに時間がかかった。
「って今?」
「ああ」
……って。何でそんな当たり前の口調なの? 戸惑っている私に構うことなく、谷崎さんは寝室に向かおうとする。
「ちょっと待って」
「余裕が無いと言ったはずだが?」
確かに仰っていましたけど……。
「あの私、走ってきたせいで」
「汗なら俺だってかいてる。後でシャワーを浴びればいいだろう。何なら一緒に入る?」
冗談なのか本気なのか判断がつかない言い草に、全力で首をを振って答える。今更照れなくていいのにって呟きが聞こえたのは私の気のせいだよね? そう信じたい。
……待てよ。今日の私の下着ってどんなやつだっけ?
一応上下セットだけど……何の飾りもないやつだった。そして何より胸を大きく見せるブラじゃない!
「あの、わかりましたから。せめて着替えを」
「これから裸になるのに必要ないだろう?」
ごもっともですけど、そこは察してよ。
だけど、そんな私の不満など谷崎さんは一笑に付すように言う。
「つぐみがどんな下着を身につけていようが気にしないから。たとえ……男性用の下着でもな」
「うっ……」
谷崎さんにそれを言われるとぐうの音も出ない。私が谷崎さんの下着を穿いて帰ったのは紛れもない事実だ。でも、このタイミングで言う? と悔しがっている合間にも谷崎さんは寝室に進んで行く。
「がっくりするほど、ペチャパイですよ!」
今の私の真っ平ら度合いを舐めないで! という主張を込めて、声を張り上げた。すると、谷崎さんの足がピタリと止まり、私の体が一瞬震えた。何故かはわかっている。谷崎さんがふっと笑ってその振動が私に伝わったからだ。ここで笑い上戸のスイッチが入ったかと期待したけど、すぐに落ち着きニヤリとした笑みを浮かべた。
「今更?」
何だろう。この言いようのない敗北感は……。
「でもっ……っ」
言い返そうとした途端、唇を塞がれた。
「ん……っ」
谷崎さんの唇から逃げようにも、抱き抱えられているせいで見動きが取れない。熱い舌に翻弄され、谷崎さんの唇から解放された時には体の力が一気に抜けてしまっていた。
「もう“でも”も“待って”も無し」
「……」
艶っぽい瞳で見つめられ、甘い声で耳元で囁かれたら……黙って頷くしかなかった。
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