始まりはどこから?

燕尾

文字の大きさ
13 / 14

不穏な予感

しおりを挟む
 朝7時。
 激しいベル音、携帯電話のアラーム音、鶏の泣き声……ベッド周りに置かれた複数の目覚ましを解除することから俺の一日が始まる。それぞれの目覚まし時間は微妙にずらしているので、煩わしいことこの上ないが、典型的な夜型人間で朝に弱い俺には必要だ。
 全ての目覚ましを止めた後、ふらふらしながら前日に準備しておいたワイシャツとスラックスに着替え、寝室からリビングに移動する。ぼんやりした意識のまま、冷蔵庫から買い込んであるミネラルウォーターを取り出し、テレビのリモコンを入れる。ニュースやら天気予報を眺めているうちに徐々に頭が動くようになって、一気に出かける準備を済ませて、7時30分頃には自宅を出る。ジャケットやネクタイはもちろん、靴も前日に決めてあるし、鞄の中身は眠る前に確認済みだから、さほど時間はかからない。
 自宅から会社までの所要時間は約30分。マンションから最寄り駅までは徒歩10分以内で行ける。そこから会社の最寄り駅までは2駅、時間にして5分。そこから駅に直結しているオフィスには5分以内に着く。
 始業時間までは1時間あるので、1階にあるコンビニでパンと缶コーヒーを買い、自席で朝食を取りながら新聞に目を通したり、メールをチェックする。そうしている間にエンジンが温まり、起床してから引き摺っていた睡魔は完全に消える。
 こうして、部下達が出社してくる頃には、周囲が言うところの冷静に淡々と仕事をこなす俺が出来上がっているという訳だ。
 だけど……今日はそう順調には行かないらしい。

 ──停止信号です。しばらくお待ち下さい。……お客様に申し上げます。隣の駅にて、具合の悪いお客様の救護活動を行っております。そのため、この電車はしばらく停車致します。お急ぎのところ、誠に申し訳ございません。

 他線の振替輸送による混雑、混雑した車内で体調不良を引き起こす乗客、その乗客の救助作業による運転停止、それに伴う電車の徐行運転と渋滞、運転間隔の拡大により増加する乗客。まさに負のスパイラルに陥っている。そして、乗客の一人である俺もそのスパイラルに巻き込まれている。
 目的地まで2駅。時間にして5分のはずが、かれこれ10分以上もの間、電車の中に閉じ込められている。

「ちっ、具合悪いのに無理して乗車するなよ」

 車内のどこかから聴こえてきた苛立ちを含んだ声に、文句を言ったところで仕方がないだろ……と呆れつつも、始発駅に近い駅から乗っていたのなら毒づきたくもなるかと納得もする。
 ノロノロ進んでは止まり、ノロノロ進んでは止まる。さっきからこの繰り返しだからな。
 普段は遅延することのない路線だからこそ、乗客にも免疫がなくて余計にイライラしてしまうんだろう──と呑気に考察しているのは、イライラしたところでどうにもならないと悟っているからだ。まだ8時なんだから焦ることもない。人身事故や車両故障が原因なら話は別だが、混雑と乗客の救護なら会社の始業時間である9時には間に合うだろう。今日の午前中は資料作成に充てているので、リスケしなければいけない予定もない。
 問題は目的地に着く前の時間をどう過ごすかだ。
 いつもくらいの混雑だったら、新聞に目を通したりできるのだが、今日はちょっと難しそうだ。携帯でニュースをチェックしようにも、電車の乗客数やここが地下だということを考えると難しい気がする。
 だが、このまま突っ立っているだけだと確実に眠ってしまう。厄介なことに俺の頭はまだ完全に覚めきっておらず、睡魔の誘惑に勝てる気がしない。俺の場合、ここで眠ってしまったら終点まで起きない可能性が高い。せめて携帯にパズルゲームでも入っていればと思うが、余計なものが入っていない機種を選んでいるのでその手も使えない。
 ……いいよな。始発から座って乗車組は。
 普段はそんな風に思わないが、こういう事態に遭遇すると始発駅から座って通勤している人間が羨ましくなる。もっとも、今の倍以上の時間をかけて通勤する気など、俺にはさらさらないが……。
 始発駅から座っている客なら、立っている客よりはイライラしないで済むだろうし、目的地に着くまでの時間潰しだって準備しているだろう。
 多少の遅延なんて気にしないんだろうなと、何気なく座っている乗客を眺めてみる。案の定、時間を気にしている客は少ない。熟睡しきっている制服姿の学生、ゲームに熱中している大学生らしき若者、新聞に目を通しているサラリーマン……皆、それぞれの世界に集中している。
 俺だったら……音楽を聴きながらの読書一択だ。音楽を聴いていたら本の中身が頭に入らないと言う奴もいるが、逆に集中できる奴もいる。俺は後者のタイプだ。難解な本や読書に集中できない時は、音楽を流してその勢いを借りて読み進めていく。そうしているうちに、音を意識しなくなり本だけに没頭するできるようになる。そう、目の前に座っている彼女のように──。
 ……って、ちょっと待て。
 何でこいつがここにいる?
 俺の目の前に座っている存在に、睡魔が一気に引いていくのがわかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

王子よ、貴方が責任取りなさい

天冨 七緒
恋愛
「聖女の補佐をしてくれないか?」  王子自ら辺境まで訪れ、頭を下げる。  それほど国は、切羽詰まった状況なのだろう。  だけど、私の答えは……  皆さんに知ってほしい。  今代の聖女がどんな人物なのか。  それを知った上で、私の決断は間違いだったのか判断してほしい。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

ガネット・フォルンは愛されたい

アズやっこ
恋愛
私はガネット・フォルンと申します。 子供も産めない役立たずの私は愛しておりました元旦那様の嫁を他の方へお譲りし、友との約束の為、辺境へ侍女としてやって参りました。 元旦那様と離縁し、傷物になった私が一人で生きていく為には侍女になるしかありませんでした。 それでも時々思うのです。私も愛されたかったと。私だけを愛してくれる男性が現れる事を夢に見るのです。 私も誰かに一途に愛されたかった。 ❈ 旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。の作品のガネットの話です。 ❈ ガネットにも幸せを…と、作者の自己満足作品です。

【完結】逃がすわけがないよね?

春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。 それは二人の結婚式の夜のことだった。 何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。 理由を聞いたルーカスは決断する。 「もうあの家、いらないよね?」 ※完結まで作成済み。短いです。 ※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。 ※カクヨムにも掲載。

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

処理中です...