BLゲームの脇役に転生したはずなのに

れい

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恋する乙女は髪を切る

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編入から一週間。
その朝、教室に入った瞬間――俺は思わず足を止めた。

(……おぉ?)

黒板に向かって席に座るキャンサー。
その姿は、昨日までの彼とはまるで違って見えた。

重たく垂れていた前髪はすっきりと切りそろえられ、眼鏡越しの瞳がはっきりと覗く。
少し俯きがちなのは変わらないけれど、整った顔立ちがきちんと見えるようになっただけで、印象がまるで別人だ。

「なぁ……あいつ、思ったより整ってない?」
「雰囲気ガラッと変わったよな」

周囲からそんな囁きが飛び交い、クラスの視線が一斉に彼へ集まっていく。
キャンサーはそれを気にしていないふりをしてノートに目を落とすけれど、耳までほんのり赤い。

(……やっぱり切ったんやな)
俺は自然と笑ってしまう。

思い返せば――あの日、食堂でラスと一緒に「前髪、重すぎや」なんてからかわれて。
俺もつい「切ったら絶対かっこいいで」なんて便乗して。
けれど、決め手になったのはきっとシリウスの言葉だろう。

「僕も似合うと思うよ」
あの真っすぐな笑顔を見て、キャンサーの顔が真っ赤に染まった瞬間。

(……さすが“恋する乙女”や。シリウスに言われたら、そら勇気も出るやろ。
 なんかええな。健気で、微笑ましくて)

俺はひとりで勝手に頷いていた。



昼休み。
ざわめきに包まれる食堂で、いつもの席へ向かう。

「キャンサー、見違えたな!」
先に着いていたラスがにやにや笑いながら声をかける。
「ほらな、前髪重いよりずっといいって言っただろ?」

「え、えっと……」
キャンサーは慌てて眼鏡を押し上げる。小さく肩をすくめて、声は震えていた。

その横でスコーピオが「ふん」と鼻を鳴らす。

黙ったまま飯を口に運んでいたが、ふと切りそろえられた前髪に目を留め――短い沈黙の後、ぼそりと呟いた。

「……調子乗ってんじゃねぇぞ」

唐突な一言に、キャンサーの指が震え、箸がカチリと音を立てる。
表情が一瞬強張り――だが俺は思わず吹き出しそうになった。

「いや、キャンサー君。大丈夫や」
俺は笑って肩を叩く。
「スコーピオのはな、褒め言葉や。……“似合ってる”って意味やで」

「は……っ!? 誰がそんなこと……!」
スコーピオが顔を赤くして、露骨に目を逸らす。

キャンサーはきょとんとしたあと、ほんのり耳を赤く染めて、そっと「ありがとうございます」と小声で返した。
俺はその様子に満足げに頷く。

(……ふふん、やっぱ俺、仲介役の才能あるんちゃうか?)

「本当に似合ってるよ」
そこでシリウスが静かに、けれど真剣に言葉をかけた。
「もっと自信を持っていいと思う」

その瞬間、キャンサーの表情が凍りつく。
けれどすぐに耳まで真っ赤になり、俯きがちに小さな声で答えた。

「……ありがとうございます」

その姿は、どう見てもシリウスに恋してる“乙女”の反応そのもので。

(……やっぱりや。シリウス効果、抜群すぎるやろ)
俺はにやにやと笑いながらスープをすする。

……ただ。

視界の端で見たキャンサーの顔は、あまりに真剣で、ひたむきで。
「恋する乙女」なんて軽く茶化すには、胸の奥が少しざわめくような――そんな顔だった。
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