BLゲームの脇役に転生したはずなのに

れい

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キャンサーside. 新しい自分へ

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キャンサーside

二日前、街中で。
鞄からはみ出した真新しい教本を抱えて歩いていた俺は、つま先を縁石に引っかけてしまい、派手に荷物をばらまいた。

「……っ」

周囲の人々は一瞬こちらを見ただけで、誰も足を止めてくれない。
俯いたまま慌てて拾い集めようとした、そのとき。

「大丈夫? ……俺、拾うから」

柔らかな声。差し出された手。
顔を上げると、落とした本を抱えた少年が立っていた。
笑顔があまりに自然で――息を呑んだ。

「あ……ありがとうございます……」

胸の奥がじんわり温まる。
ほんの短い出来事。それでも、不思議と記憶に焼きついた。

(……優しい人だな)



翌日。
転校生としてクラスに立ったとき、強張った視線の先で――彼を見つけた。
そして、その隣に座る少年。
銀色の髪が光を受け、まっすぐに前を見ている。

シリウス・スプリング。

その瞬間、胸が強く打った。
一目惚れ。
その言葉以外に説明できない。

けれど同時に、昨日助けてくれたアリエスの笑顔も脳裏に残っていた。
自然に手を差し伸べてくれる人。
気安く話しかけられる雰囲気。

(……彼なら、シリウス君のことをもっと知っているかもしれない)

だからこそ、勇気を振り絞った。



昼休み、机の横で声をかける。
喉は渇き、声は掠れていた。

「……あの、もしよければ。放課後、少しお時間をいただけませんか?
 シリウス君のこと……もっと知りたくて」

情けないくらい震えていたと思う。
けれどアリエスは驚いた顔をした後、にかっと笑って頷いた。

「ええよ。俺でよかったら」

その笑顔に、胸がまた熱くなる。



放課後。
夕焼けに照らされる商店街の小さなカフェ。
湯気の立つカップを手に、向かい合って会話を交わす。

「シリウス? あいつは……まっすぐで、素直で、放っとかれへんやつやな」

アリエスの言葉はどれも温かく、飾り気がなかった。
ただ話を聞いているだけなのに、シリウスの姿が目に浮かぶようで――その魅力に胸が苦しくなる。

けれどふと話題が逸れたとき、アリエスが笑いながら言った。
「キャンサー君、絶対かっこいい顔してると思うで。前髪とか、ちょっと切ったらもっと映えるんちゃう?」

「……っ」

胸が詰まった。
かっこいい――そんなこと、一度も言われたことがなかった。

「……そんなこと、言われたの……初めてです」

声が震える。頬の熱を隠すように眼鏡を押し上げた。
けれどアリエスは変わらず、柔らかく笑ってくれていた。

(……この人は、どうしてこんなにも自然に胸を熱くするんだろう)



そして今日。
昼休み、弁当を広げもせず席に残っていた俺に、また声をかけてくれたのも彼だった。

「よかったら一緒に食べよや。俺の友達も紹介したるわ」

導かれるまま足を運んだ食堂。
ざわめきの中で、手を振って待っていたのは――シリウス。

「もちろん、一緒に食べよう。ここ、空いてるよ」

その笑顔を見た瞬間、心臓が大きく跳ねた。
耳まで熱くなるのを誤魔化すように、俯いて答える。

「……よろしくお願いします」

その横で、アリエスが楽しそうに笑っている。
(……不思議だ。シリウス君を見ると胸が苦しくなるのに、アリエスさんの笑顔もどうしてか離れない)

理由は分からない。

「自己紹介ん時から思ってたけどさ……前髪、重すぎじゃない?」
軽快に飛び込んできたのは学園のモテ男トーラスからのアドバイス。

「俺もそう思うで。前髪なしのキャンサー君、絶対かっこいいやろな」
アリエスまで笑って続ける。

胸が熱くなる。
そして極めつけに、シリウスが穏やかに頷いた。
「僕も。きっと似合うと思う」

視線が合った瞬間、呼吸が止まった。
逃げるように俯き、かすかに呟く。

「……考えてみます」



その夜。
鏡の前で前髪を指先に挟みながら、胸の奥でひとつの決心が芽生えていた。

(……切ってみようか。新しい自分に、なってみたい)

昨日から始まった小さな変化が、確かに俺を動かし始めていた。
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