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第1章
スターライト
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「っ!」
真夜中。ツクヨはハッと目を覚まし、上体を起こした。
何者かがツクヨの索敵範囲内に侵入した。防御壁の他にもスキル上げを兼ねて少し広範囲に索敵の網を張っていたのだ。意識を集中させるとより詳細な情報が頭の中に入ってくる。生命反応は二つ。人と魔物だ。追われているのだろうか。それを知ってツクヨの心音が早くなっていく。こんな夜中に魔物に襲われているなんて、危険なのではないだろうか。助けた方がいいのではないだろうか。
「ツクヨ?」
「あ・・・フラウ、どうしよう」
起こしてしまったのは申し訳ないが今はそれどころじゃない。フラウに今の状況を話す。
「それで?傍観しているつもりか?」
「助けてあげたいけど、今の私じゃ・・・」
「助けてやりたいんならまず動け。できる限りのサポートはしてやるさ」
フラウの指摘にツクヨは意を決して気配の方へと走った。
モンスターの方を拘束してその間に助け出そうと思っていたが、想像以上にモンスターのスピードが速い。逃げきれているのが奇跡だ。襲われているのがツクヨだったら数秒で追いつかれていただろう。あのスピードでは上手く魔法をあてられない。
「不幸中の幸いか、追ってるのはワイルドボアだ。直線にしか進めない。防御壁の手前で追われてる奴を引き抜くぞ」
「う、うん」
フラウが先に偵察に行って情報を持ち帰ってきてくれた。
ツクヨはターゲットの進行方向と直角になる位置から全速力で走る。視認できる距離からさらに近づき声が届く範囲になったところでツクヨは自分でも驚くほど大きな声で叫んだ。
「横に跳んでーー!!」
追われていた人が驚いたようにこちらを見て、すぐにこちら側へ転がるように跳躍してきた。ワイルドボアは勢いを止められずそのまま防御壁に激突した。防御壁は甲高い音とともに砕け散ったがワイルドボアも跳ね返って宙に浮く。
僕「今だ!」
「フローガ・ヴェロス!」
ワイルドボアが炎の矢に貫かれ、一瞬で火だるまになる。すぐにHPがなくなるかと思ったがやはり狂暴化しているのは確かなようで全損する前に炎が消えてしまった。もう一押しか。
「シンクラティシ―!」
ツクヨは念のために拘束してから走る勢いそのままに鎌で斬り裂いた。致命傷は与えられたようだ。ワイルドボアのHPは徐々に減少し、そして全損した。
何とか倒せた・・・
ツクヨは大きく息を吐いた。そして荒い呼吸を繰り返しながら地面にへたり込んでいる少年に手を伸ばす。よく見れば子供だ。
「大丈夫?」
「あ・・・ありがとうございます」
少年はおずおずとツクヨの手をつかみ立ち上がる。
どうしてこんな時間にこんなところにいてモンスターに追われているのか、いろいろ聞きたいことはあったがその場にとどまるのは危険だと判断し、とりあえずテントまで少年を連れてきた。新しく防御壁も張りなおす。
「えっと、水いります?」
ツクヨはそう言って少年に水の入ったボトルを手渡した。少年はお礼を言って受け取り、すごい勢いで水を飲みほす。それを見ながらどう話を切り出そうかと焦っていると、幸いなことに少年の方から話を切り出してくれた。
「あ、あの、助けてくれて本当にありがとうございました。おまけに水まで・・・」
「いえいえ、気にしないで。どこか怪我とかしてない?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
少年は何度もお礼を言って頭を下げる。そんなにお礼を言われても困るのだ。助けに行こうか一瞬迷っていたということもあって、ツクヨは苦笑いを浮かべた。
「えっと・・・迷子?」
「あ、いえ、迷子ではないです」
迷子じゃない、ということは何か目的があってこんな危険な場所に来たということだろうか。何か言いにくい事情でもあるのだろうか。深く聞くのはやめた方がいいのかもしれない。
「夜は危ないから、朝になったら一緒にここを出よう。よかったら家まで送るし・・・」
「ありがとう、お姉さん」
お姉さん、か。兄はいるが従妹も含めて一番末っ子であるツクヨにとってその呼び名とは一切無縁だと思っていた。まさかこんなところで呼ばれることがあろうとは。
テントは二人が横になって寝るには少し狭かったが何とかなった。フラウもツクヨの隣で横になっている。そういえばさっきからフラウが大人しい。少年が寝静まったのを確認してから小声で話しかけてみた。
「フラウ、大人しいけどどうかしたの?」
「あ?ああ、一応こいつの前では姿を消してたんだよ。面倒は避けた方がいいだろう?」
「面倒?」
「俺は妖精だぞ?そこらへんにうようよいるもんじゃないんだ。滅多に見かけるものじゃないし、かなり神聖な生物なんだぞ」
それは初耳だ。フラウは実はすごい存在だったのか。
「フラウって何気にすごい人?」
「今更かよ!それと妖精だ!」
「ちょ、あんまり大声出すと起こしちゃうんじゃ」
若干慌てて少年の方を見るがぐっすり眠っていたのでひとまず安堵する。
「お前もそろそろ寝ろよ。今日は魔力を使いすぎている」
「それはフラウもでは・・・?」
そんな事を言いながら二人も眠りについた。
翌朝。朝に弱いツクヨはいつものようにフラウに叩き起こされた。少年を起こす前に火をおこして昨日取っておいた残りの魚を焼く。
「こっち見といてやるからガキ起こしてこいよ」
フラウの言葉にうなずいて、ツクヨは少年を起こしにテントへ戻る。軽く揺さぶってみるがどうやらかなりぐっすり眠っているようでなかなか目を覚まさない。どうしようかと考えていてもらちが明かないのでひとまずフラウのところに戻る。
「お前なあ、ガキくらいさっさと叩き起こして来いよ」
「疲れてたんだよ、もう少し寝かせてあげてもいいじゃない」
「悠長な。お前はちゃんと回復できてるのか?」
言われてステータスを確認する。マックスとはいかないが9割がたMPは回復している。
「結構回復してる感じ?マックスではないみたいだけど」
「何故に疑問形?ま、そんなものか。飯食ったらもうちょい回復するだろ」
二人で朝食を済ませ、ツクヨはもう一度少年を起こしに行った。
「おはよー」
今回は少年の目がゆっくりと開いたのでそう声をかけた。少年は数度瞬きして、はっと覚醒したように飛び起きた。ツクヨはびっくりして上体をのけぞらせる。きょろきょろと辺りを見渡す少年とツクヨの目が合う。
「おはよう」
「お、おはよう」
少年は若干の戸惑いを含みつつそう答える。
「朝食、食べれそう?と言っても魚しかないんだけど」
ツクヨはそう言って残っていた魚を提供する。
「迷惑ばかりかけてしまって、すいません」
「気にしないで、家まで案内できる?」
ツクヨの問いに、少年は魚を頬張りながらうなずく。そういえば、未だに少年の名前を聞いていないし自分も名乗っていないかもしれない。
「えっと、今更ながら申し訳ないんだけど、名前を聞いても?私はツクヨ」
「僕はテオ」
それからテオのことを少し聞き出すことに成功した。
テオは姉と共にスターライトという名前の冒険者ギルドに所属しているらしい。この森を抜けた先にあるレザンという町に本拠地を構える、それほど大きくはないギルドらしい。三人は身支度を整えてからレザンへ向かって進み始めた。
夜のように狂暴化したモンスターもおらず、テオを守りながらでも十分安全に進んでいく。子供が一人で来れるだけあって目的地にはすぐにたどり着いた。
一般の住居よりも少し大きめの木造建築の建物に大きく看板がかかっていた。おそらくスターライトと書かれているのだろうが、残念ながらツクヨには読めない文字だった。そういえばこの世界に来てから言葉が通じないということがない。この文字から察するに言語の違いはあるようだが話せているということは何か補正でもかかっているのだろうか。考えられるとしたら異世界人という称号の効果だろう。何とも便利なものだ。
「ここ?」
「うん・・・」
テオが力なくうなずく。どうやら道中進んでいくにつれて元気がなくなっていったが帰りたくない理由でもあるのだろうか。もしかして家出中とか?まあツクヨには関係ないが。無事送り届けたのだ。これ以上干渉するのはやめておいた方がいい。
「それじゃあ、私はこれで」
帰ろうとするツクヨの外套を、テオが遠慮がちにつかむ。
「およ?」
「あ、あの中まで一緒に、ついてきてくれない、かな?」
いやいやいや、何を言っているんだろうこの子は。マイホームに帰ってきたんだろ。何で部外者を連れて入る必要がある?意味が分からん。
「いいんじゃないか?いい機会だ。一度ギルドってやつを見ておくのも悪くはないと思うけど?」
耳元で囁くようにフラウまでそんな事を言ってくる。
「えー、理由を聞いても?」
「ご、ごめんなさい!その・・・」
テオが何やら言いよどんでいる内に中から勢いよく扉が開いた。
「テオ!?」
大きな、よく通る声。
「お、お姉ちゃん」
お姉ちゃん!?現れたのは淡い水色の髪をした綺麗な女性。テオを凝視し、驚いた表情から一変して険しい顔つきになる。
「テオ!いったい今までどこに・・・!いいえ、また夜に森へ入ったのね。あそこは危険だと何度言えばわかるのよ!」
すごい剣幕で怒鳴りだした。確かにこれは帰りたくない。というか、またってことは何回か繰り返しているのか。こんなに怒られるとわかっていて何で繰り返すのだろう。今回だって下手をしていたら死んでいた可能性もあるというのに。というかツクヨは半分巻き込まれる形で帰るに帰れなくなってしまった。
「僕だって!僕だってお姉ちゃんと一緒に戦いたいんだ!弱いままは、守られるだけは、もう嫌だ!」
テオは叫ぶよう言い放った。
まだ幼いというのに、強い子だとツクヨは思う。自分なら可能な限り逃げていたい。命の危険があるところなんていたくない。そう思ってしまう自分はやっぱり救いようのないクズだなあなんて改めて思ったりしている内にかわいた音が響いた。女性がテオを平手打ちしたのだ。これは痛そう。実際テオが若干涙目になっている。本気のビンタってのは本当に痛いんだよなあ、脳みそが揺れる感じで、と過去の経験を思い出す。
「テオ・・・あなたにはまだ無理よ」
「無理じゃないもん!」
「いい加減にして!これ以上心配かけさせないでよ・・・」
姉の方は本当に弟を心配しているようだ。過保護というか、まあ戦わせたくないという気持ちも分からなくはない。どちらも頑固だということか。姉弟喧嘩がこじれにこじれたという感じか。というか自分がいる必要性を感じられない。今すぐ立ち去りたい。アウェー感が半端ない。仲裁なんてできるコミュ力持ってると思ったら大間違いだ。コミュ障なめんな。全然自慢にならないけど。
「なら僕、このギルドを抜ける!」
テオの宣言に姉だけでなく建物内の他のギルドの面々も驚いて騒ぎ始めた。
「おいおい、何てこと言ってるんだよテオ」
「さすがに言い過ぎだ。カナデはお前のことを思って言ってくれてるんだ」
「お前、ギルド抜けてどうするってんだ」
まったくその通りだ。わざわざ姉弟がばらばらになる道を選ぶなんて愚かしい。
「ギルドを抜けてこの人についていく!」
この人?ん?
テオがツクヨの外套を引っ張る。
これはまさか・・・。
「おいこらクソガキ。これはどういう事だ」
思わず素の口調が出てしまう。が、仕方ないと理解してほしい。完全に姉弟喧嘩に巻き込まれているだけじゃないか。フラウが腹を抱えて必死に笑うのをこらえている。しかもみんな誰?みたいな顔でじろじろ見てくる。すごい視聴率だ。当然だけど。もう嫌だ。いきなりこんな仕打ちってないと思う。折角助けてやったのに。いや、助けちゃったから?がらにもないことはするなってことか。教訓にしよう。
「だって、お姉さんはソロの冒険者なんだよね?強いんでしょ?」
「勝手に決めつけないでください。ソロはソロでも数日前に初めて武器持ったようなど素人です。期待に添えず申し訳ないがそういうわけであきらめてください」
自分でもびっくりするくらいつらつらと言葉が出てきた。いけない。こんなことで若干キレかかってる自分が恥ずかしい。落ち着けと自分に言い聞かせる。
「そんな!でも僕を狂暴化したモンスターから助けてくれたじゃない!」
「まぐれ、たまたま、偶然です」
どうしよう。本気で面倒くさいことになりそう、いや、もうなっているのか。
「テオ、あなた襲われたの?」
カナデがテオの肩をつかんで問い詰める。
「あの、すいません。私、先に失礼させていただきたいのですけど」
これ以上姉弟喧嘩に巻き込まれるのはごめんだ。むしろもうフラウに頼んでどうにかして逃がしてもらえないだろうか。ツクヨは少し腰が引けた感じの姿勢で徐々に後退していく。我ながら情けない格好だ。
「待って」
いや何でだよ。私は部外者だろ。そこは素直にばいばいするところだろ。空気は読めなくても自分の心の中は読んでくれという勝手な願望を抱く。
逃げたい。
カナデの射るような目つきが怖い。
「あなたがテオをモンスターから助けてくれた、のよね」
運が良かっただけなんだけどと内心で言い訳をしながらツクヨは小さくうなずいた。
「先にお礼を言っておくべきだったわ。ごめんなさい。ありがとう」
「いえいえ・・・」
悪い人ではなさそうだ。少し怖いだけ?なのかな。
「まあまあー、カナデも少し落ち着きなさいな。テオも無事に帰ってきたんだし、まずはそのことを喜ぶべきでしょ?」
室内からのんびりとした女の声が聞こえてきた。カナデが勢いよく振り返る。ツクヨも室内の方へ目を向ける。
「リンカさん!」
どうやらリンカという名前らしい。
「テオー?カナデにあんまり心配かけさせないであげてね。折角綺麗な顔にしわが増えちゃもったいないでしょ?」
何というか、結構マイペースな人なんだろう。テオが顔を伏せる。
「リンカさん!姉弟の問題に口を挟まないでください!」
「カナデちゃんもあんまりカリカリしないの。そこの子、すごいビビってるじゃない、可哀想にー」
指をさされて焦るツクヨ。いきなり話を振られると困るのだが。
「我らがギルドメンバーの命を助けてもらった彼女の目の前でいきなり姉弟喧嘩を始めるのはちょっと感心できないなー」
ごもっともです。
リンカがツクヨの前までやってきた。若干身構えてしまうのは仕方のないことだと思ってほしい。
「いきなりごめんなさいね。カナデちゃんは良い子なんだけど、弟のことになるとすぐこれなのよ。許してあげて」
過保護でブラコンだということはよくわかった。
「改めて、テオのこと、ありがとう。私はここ、スターライトの副隊長を務めています。リンカです」
「いえいえそんな。私は・・・ツクヨです」
「ツクヨちゃんね。お詫びもかねて少しうちのギルドでおもてなしさせてくれないかな。お礼と謝罪の気持ちを込めて」
「いや、そんな、お気遣いなく」
やんわり断るがリンカの押しの強さに結局部屋の中に引きずり込まれた。
もうどうとでもなれ。
「よっしゃー!今日はご馳走だー!」
なんかすごい盛り上がってる。
もしかしなくても自分がいる必要ないないだろうとか思う。
ツクヨは盛り上がっている室内の端の方でちまちまとただ飯をいただいている。みんな最初は挨拶していくが残念ながらツクヨのコミュ力ではそうそう会話も続かず結局こんなところにいるわけだ。ただでさえ部外者なのだ。居心地が悪すぎてもう嫌だ。
「フラウ・・・どうにかしてこの場から自然に立ち去るいい方法とかない?」
「ん?いいじゃん、ただ飯」
フラウは口いっぱいに食べ物を頬張りながら首を傾げる。
「何て言うか・・・こういうの慣れてなくて」
「じゃあいい勉強になるな」
「フラウってもしかしてすごいポジティブ思考?」
「そうなのか?そりゃどうも」
別に褒めたつもりはなかったのだが。
「ツクヨちゃーん。ちゃんと楽しんでる?」
リンカがいきなりとても親しげに肩を組んでくる。びっくりして変な声が出たが周りが騒がしいのでそんなに目立たなかった。顔を覗き込んでくるリンカに苦笑いを浮かべる。ふと見れば、リンカの後ろにあのお騒がせ姉弟がいる。
「この二人が改めてお礼と謝罪を言いたいんだって。聞いてあげて?」
もういいだろ。どんだけだよと内心でうんざりしながら、ツクヨは苦笑いで二人を見る。
「先ほどはお見苦しいところをお見せしてしまって本当にすいませんでした」
カナデが頭を下げてから、追うようにテオも頭を下げる。
そんな大したことしてないんだけどと思うが感謝されることに悪い気はしない。
「ツクヨさん。私があなたに対してお願いをする資格はないとは承知しています。それでも、お願いがあります」
カナデがとても真剣な表情で言うので、嫌な予感しかしない。
「ツクヨさん。あなたは今現在、どこかのギルドに所属していますか」
「い、いえ」
「では、このスターライトに入ってみる気はありませんか?」
「はい?」
「その・・・テオもあなたになついているし、あなたも一人で行動するよりはギルドでパーティを組んだ方が危険度も下がるし、援助もある。というか、今時ソロで旅をしている方が珍しいのだが。まあそれは置いておいて、あなたにも十分メリットがある話だと思うのだけれど」
「はあ・・・えっと」
そんな事を言われても、じゃあ入りますって入れたら最初からどっかのギルドに入っている。かと言ってこういう、強く押されるのは苦手で、断るのも下手なのだ。妖精は珍しいとか何とかでフラウは姿を見せてはくれないので助けを求められないし、ツクヨの可哀想な脳みそでは全然対応しきれずおどおどするばかりだ。
「何かギルドに入りたくない理由でもあるの?」
横からリンカが問う。
「いや、別に、そういうわけでは」
「じゃあ、なんで渋るの?」
テオが上目遣いでこちらを見る。何でこんなになつかれたんだろう。
「あー・・・お恥ずかしい話、私、極度の人見知りで・・・」
「そんなのこれから慣れていけばいいのよー。ここには仲間思いの優しい連中ばっかりよー」
まあそう言って来るよね、うん。そう言われてしまうとギルドへの加入を拒む理由がなくなってしまったような。いや、あるんだけどさ。サポート妖精がついてるから必要ないとか。自分は別の世界から来たからちょっと抵抗がーとか。
言えるわけがないのだけれど。
「いいんじゃねー?悪いやつらじゃなさそうだぜ?」
耳元でフラウがこそこそ言ってくる。まさかフラウまでギルドに入れって言うのか。最初は別に無理に入らなくていいって言ってたのに。いや、別に無理強いはしていないからそういうわけでもないのか。でも押しに弱い自分に判断を丸投げされるのも困るかも。
「あの、どうしてそんなに誘ってくれるんですか?」
時間稼ぎ的にそんな質問をしてみる。
「どうしてって・・・仲間が増えるのは嬉しいじゃない。それに、あなたはきっと、悪い人じゃない」
悪い人じゃないって・・・会って間もないのにそう言い切っちゃうのはどうなんだろう。いや、悪い気はしないんだけど。
というかここまで来ると逆に断るのが不自然になってきてないか?
「じゃあ、最初はお試しってことで少し一緒に行動してみるのはどう?入るかどうかはそれからでもいいんじゃない?」
「リ、リンカさん!?」
お試し期間とかアリなのかよ。でも少しギルドというものに興味はある。会わなければ速やかに立ち去るという感じでいいだろう。
「あの、では、少しの間お世話になってもいいでしょうか・・・?」
「本当!?」
テオがあからさまにいきいきとした表情をする。フラウも頷いているのでどうやらそう悪い選択をしたわけではないらしい。それにひとまず安心する。
「では改めて自己紹介を。私はカナデ」
「ツクヨです。よろしくお願いします」
ツクヨはそう言ってぺこりと頭を下げた。
そしてふと気づく。確かリンカはこのギルドの副隊長だと言っていたが、ツクヨはまだ隊長なる人に会っていない。
そんな事を考えていると、まるで空気を察したかのように一人の男性がこちらへ近づいてきた。
「話はまとまったかい?」
「ええ、とりあえずお試し期間を設けることにしたわ。この子もまだ私たちのことよく知らないと思うしね」
リンカが男性にそう説明した。何というか、カナデといいリンカといい、濃いキャラが続いたせいかとても普通の人に見えた。表情は穏やかでとても優しそうな印象を受ける。
「あ、ツクヨと言います。よろしくお願いします」
「よろしく、ツクヨ。私はここの隊長を務めている、ジークだ」
そう言ってジークが片手を差し出してきたので、ツクヨも若干恐る恐るという感じではあったが軽く握手を交わす。すると、一瞬だったがジークに触れた手が淡い光に包まれた。びっくりしていると、手の甲に見知らぬ紋様が浮かんできた。少し細かい装飾が入っているが全体としては星の形をしている。
「いきなり驚かしてすまない。それはスターライトの紋章だよ。僕たちの仲間である何よりの証拠になる」
ギルドマークというわけらしい。
こうして隊長の公認もあり、ツクヨはしばらくスターライトに身を寄せることになった。
一人旅はほんの二日足らずで終わってしまったわけだ。
真夜中。ツクヨはハッと目を覚まし、上体を起こした。
何者かがツクヨの索敵範囲内に侵入した。防御壁の他にもスキル上げを兼ねて少し広範囲に索敵の網を張っていたのだ。意識を集中させるとより詳細な情報が頭の中に入ってくる。生命反応は二つ。人と魔物だ。追われているのだろうか。それを知ってツクヨの心音が早くなっていく。こんな夜中に魔物に襲われているなんて、危険なのではないだろうか。助けた方がいいのではないだろうか。
「ツクヨ?」
「あ・・・フラウ、どうしよう」
起こしてしまったのは申し訳ないが今はそれどころじゃない。フラウに今の状況を話す。
「それで?傍観しているつもりか?」
「助けてあげたいけど、今の私じゃ・・・」
「助けてやりたいんならまず動け。できる限りのサポートはしてやるさ」
フラウの指摘にツクヨは意を決して気配の方へと走った。
モンスターの方を拘束してその間に助け出そうと思っていたが、想像以上にモンスターのスピードが速い。逃げきれているのが奇跡だ。襲われているのがツクヨだったら数秒で追いつかれていただろう。あのスピードでは上手く魔法をあてられない。
「不幸中の幸いか、追ってるのはワイルドボアだ。直線にしか進めない。防御壁の手前で追われてる奴を引き抜くぞ」
「う、うん」
フラウが先に偵察に行って情報を持ち帰ってきてくれた。
ツクヨはターゲットの進行方向と直角になる位置から全速力で走る。視認できる距離からさらに近づき声が届く範囲になったところでツクヨは自分でも驚くほど大きな声で叫んだ。
「横に跳んでーー!!」
追われていた人が驚いたようにこちらを見て、すぐにこちら側へ転がるように跳躍してきた。ワイルドボアは勢いを止められずそのまま防御壁に激突した。防御壁は甲高い音とともに砕け散ったがワイルドボアも跳ね返って宙に浮く。
僕「今だ!」
「フローガ・ヴェロス!」
ワイルドボアが炎の矢に貫かれ、一瞬で火だるまになる。すぐにHPがなくなるかと思ったがやはり狂暴化しているのは確かなようで全損する前に炎が消えてしまった。もう一押しか。
「シンクラティシ―!」
ツクヨは念のために拘束してから走る勢いそのままに鎌で斬り裂いた。致命傷は与えられたようだ。ワイルドボアのHPは徐々に減少し、そして全損した。
何とか倒せた・・・
ツクヨは大きく息を吐いた。そして荒い呼吸を繰り返しながら地面にへたり込んでいる少年に手を伸ばす。よく見れば子供だ。
「大丈夫?」
「あ・・・ありがとうございます」
少年はおずおずとツクヨの手をつかみ立ち上がる。
どうしてこんな時間にこんなところにいてモンスターに追われているのか、いろいろ聞きたいことはあったがその場にとどまるのは危険だと判断し、とりあえずテントまで少年を連れてきた。新しく防御壁も張りなおす。
「えっと、水いります?」
ツクヨはそう言って少年に水の入ったボトルを手渡した。少年はお礼を言って受け取り、すごい勢いで水を飲みほす。それを見ながらどう話を切り出そうかと焦っていると、幸いなことに少年の方から話を切り出してくれた。
「あ、あの、助けてくれて本当にありがとうございました。おまけに水まで・・・」
「いえいえ、気にしないで。どこか怪我とかしてない?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
少年は何度もお礼を言って頭を下げる。そんなにお礼を言われても困るのだ。助けに行こうか一瞬迷っていたということもあって、ツクヨは苦笑いを浮かべた。
「えっと・・・迷子?」
「あ、いえ、迷子ではないです」
迷子じゃない、ということは何か目的があってこんな危険な場所に来たということだろうか。何か言いにくい事情でもあるのだろうか。深く聞くのはやめた方がいいのかもしれない。
「夜は危ないから、朝になったら一緒にここを出よう。よかったら家まで送るし・・・」
「ありがとう、お姉さん」
お姉さん、か。兄はいるが従妹も含めて一番末っ子であるツクヨにとってその呼び名とは一切無縁だと思っていた。まさかこんなところで呼ばれることがあろうとは。
テントは二人が横になって寝るには少し狭かったが何とかなった。フラウもツクヨの隣で横になっている。そういえばさっきからフラウが大人しい。少年が寝静まったのを確認してから小声で話しかけてみた。
「フラウ、大人しいけどどうかしたの?」
「あ?ああ、一応こいつの前では姿を消してたんだよ。面倒は避けた方がいいだろう?」
「面倒?」
「俺は妖精だぞ?そこらへんにうようよいるもんじゃないんだ。滅多に見かけるものじゃないし、かなり神聖な生物なんだぞ」
それは初耳だ。フラウは実はすごい存在だったのか。
「フラウって何気にすごい人?」
「今更かよ!それと妖精だ!」
「ちょ、あんまり大声出すと起こしちゃうんじゃ」
若干慌てて少年の方を見るがぐっすり眠っていたのでひとまず安堵する。
「お前もそろそろ寝ろよ。今日は魔力を使いすぎている」
「それはフラウもでは・・・?」
そんな事を言いながら二人も眠りについた。
翌朝。朝に弱いツクヨはいつものようにフラウに叩き起こされた。少年を起こす前に火をおこして昨日取っておいた残りの魚を焼く。
「こっち見といてやるからガキ起こしてこいよ」
フラウの言葉にうなずいて、ツクヨは少年を起こしにテントへ戻る。軽く揺さぶってみるがどうやらかなりぐっすり眠っているようでなかなか目を覚まさない。どうしようかと考えていてもらちが明かないのでひとまずフラウのところに戻る。
「お前なあ、ガキくらいさっさと叩き起こして来いよ」
「疲れてたんだよ、もう少し寝かせてあげてもいいじゃない」
「悠長な。お前はちゃんと回復できてるのか?」
言われてステータスを確認する。マックスとはいかないが9割がたMPは回復している。
「結構回復してる感じ?マックスではないみたいだけど」
「何故に疑問形?ま、そんなものか。飯食ったらもうちょい回復するだろ」
二人で朝食を済ませ、ツクヨはもう一度少年を起こしに行った。
「おはよー」
今回は少年の目がゆっくりと開いたのでそう声をかけた。少年は数度瞬きして、はっと覚醒したように飛び起きた。ツクヨはびっくりして上体をのけぞらせる。きょろきょろと辺りを見渡す少年とツクヨの目が合う。
「おはよう」
「お、おはよう」
少年は若干の戸惑いを含みつつそう答える。
「朝食、食べれそう?と言っても魚しかないんだけど」
ツクヨはそう言って残っていた魚を提供する。
「迷惑ばかりかけてしまって、すいません」
「気にしないで、家まで案内できる?」
ツクヨの問いに、少年は魚を頬張りながらうなずく。そういえば、未だに少年の名前を聞いていないし自分も名乗っていないかもしれない。
「えっと、今更ながら申し訳ないんだけど、名前を聞いても?私はツクヨ」
「僕はテオ」
それからテオのことを少し聞き出すことに成功した。
テオは姉と共にスターライトという名前の冒険者ギルドに所属しているらしい。この森を抜けた先にあるレザンという町に本拠地を構える、それほど大きくはないギルドらしい。三人は身支度を整えてからレザンへ向かって進み始めた。
夜のように狂暴化したモンスターもおらず、テオを守りながらでも十分安全に進んでいく。子供が一人で来れるだけあって目的地にはすぐにたどり着いた。
一般の住居よりも少し大きめの木造建築の建物に大きく看板がかかっていた。おそらくスターライトと書かれているのだろうが、残念ながらツクヨには読めない文字だった。そういえばこの世界に来てから言葉が通じないということがない。この文字から察するに言語の違いはあるようだが話せているということは何か補正でもかかっているのだろうか。考えられるとしたら異世界人という称号の効果だろう。何とも便利なものだ。
「ここ?」
「うん・・・」
テオが力なくうなずく。どうやら道中進んでいくにつれて元気がなくなっていったが帰りたくない理由でもあるのだろうか。もしかして家出中とか?まあツクヨには関係ないが。無事送り届けたのだ。これ以上干渉するのはやめておいた方がいい。
「それじゃあ、私はこれで」
帰ろうとするツクヨの外套を、テオが遠慮がちにつかむ。
「およ?」
「あ、あの中まで一緒に、ついてきてくれない、かな?」
いやいやいや、何を言っているんだろうこの子は。マイホームに帰ってきたんだろ。何で部外者を連れて入る必要がある?意味が分からん。
「いいんじゃないか?いい機会だ。一度ギルドってやつを見ておくのも悪くはないと思うけど?」
耳元で囁くようにフラウまでそんな事を言ってくる。
「えー、理由を聞いても?」
「ご、ごめんなさい!その・・・」
テオが何やら言いよどんでいる内に中から勢いよく扉が開いた。
「テオ!?」
大きな、よく通る声。
「お、お姉ちゃん」
お姉ちゃん!?現れたのは淡い水色の髪をした綺麗な女性。テオを凝視し、驚いた表情から一変して険しい顔つきになる。
「テオ!いったい今までどこに・・・!いいえ、また夜に森へ入ったのね。あそこは危険だと何度言えばわかるのよ!」
すごい剣幕で怒鳴りだした。確かにこれは帰りたくない。というか、またってことは何回か繰り返しているのか。こんなに怒られるとわかっていて何で繰り返すのだろう。今回だって下手をしていたら死んでいた可能性もあるというのに。というかツクヨは半分巻き込まれる形で帰るに帰れなくなってしまった。
「僕だって!僕だってお姉ちゃんと一緒に戦いたいんだ!弱いままは、守られるだけは、もう嫌だ!」
テオは叫ぶよう言い放った。
まだ幼いというのに、強い子だとツクヨは思う。自分なら可能な限り逃げていたい。命の危険があるところなんていたくない。そう思ってしまう自分はやっぱり救いようのないクズだなあなんて改めて思ったりしている内にかわいた音が響いた。女性がテオを平手打ちしたのだ。これは痛そう。実際テオが若干涙目になっている。本気のビンタってのは本当に痛いんだよなあ、脳みそが揺れる感じで、と過去の経験を思い出す。
「テオ・・・あなたにはまだ無理よ」
「無理じゃないもん!」
「いい加減にして!これ以上心配かけさせないでよ・・・」
姉の方は本当に弟を心配しているようだ。過保護というか、まあ戦わせたくないという気持ちも分からなくはない。どちらも頑固だということか。姉弟喧嘩がこじれにこじれたという感じか。というか自分がいる必要性を感じられない。今すぐ立ち去りたい。アウェー感が半端ない。仲裁なんてできるコミュ力持ってると思ったら大間違いだ。コミュ障なめんな。全然自慢にならないけど。
「なら僕、このギルドを抜ける!」
テオの宣言に姉だけでなく建物内の他のギルドの面々も驚いて騒ぎ始めた。
「おいおい、何てこと言ってるんだよテオ」
「さすがに言い過ぎだ。カナデはお前のことを思って言ってくれてるんだ」
「お前、ギルド抜けてどうするってんだ」
まったくその通りだ。わざわざ姉弟がばらばらになる道を選ぶなんて愚かしい。
「ギルドを抜けてこの人についていく!」
この人?ん?
テオがツクヨの外套を引っ張る。
これはまさか・・・。
「おいこらクソガキ。これはどういう事だ」
思わず素の口調が出てしまう。が、仕方ないと理解してほしい。完全に姉弟喧嘩に巻き込まれているだけじゃないか。フラウが腹を抱えて必死に笑うのをこらえている。しかもみんな誰?みたいな顔でじろじろ見てくる。すごい視聴率だ。当然だけど。もう嫌だ。いきなりこんな仕打ちってないと思う。折角助けてやったのに。いや、助けちゃったから?がらにもないことはするなってことか。教訓にしよう。
「だって、お姉さんはソロの冒険者なんだよね?強いんでしょ?」
「勝手に決めつけないでください。ソロはソロでも数日前に初めて武器持ったようなど素人です。期待に添えず申し訳ないがそういうわけであきらめてください」
自分でもびっくりするくらいつらつらと言葉が出てきた。いけない。こんなことで若干キレかかってる自分が恥ずかしい。落ち着けと自分に言い聞かせる。
「そんな!でも僕を狂暴化したモンスターから助けてくれたじゃない!」
「まぐれ、たまたま、偶然です」
どうしよう。本気で面倒くさいことになりそう、いや、もうなっているのか。
「テオ、あなた襲われたの?」
カナデがテオの肩をつかんで問い詰める。
「あの、すいません。私、先に失礼させていただきたいのですけど」
これ以上姉弟喧嘩に巻き込まれるのはごめんだ。むしろもうフラウに頼んでどうにかして逃がしてもらえないだろうか。ツクヨは少し腰が引けた感じの姿勢で徐々に後退していく。我ながら情けない格好だ。
「待って」
いや何でだよ。私は部外者だろ。そこは素直にばいばいするところだろ。空気は読めなくても自分の心の中は読んでくれという勝手な願望を抱く。
逃げたい。
カナデの射るような目つきが怖い。
「あなたがテオをモンスターから助けてくれた、のよね」
運が良かっただけなんだけどと内心で言い訳をしながらツクヨは小さくうなずいた。
「先にお礼を言っておくべきだったわ。ごめんなさい。ありがとう」
「いえいえ・・・」
悪い人ではなさそうだ。少し怖いだけ?なのかな。
「まあまあー、カナデも少し落ち着きなさいな。テオも無事に帰ってきたんだし、まずはそのことを喜ぶべきでしょ?」
室内からのんびりとした女の声が聞こえてきた。カナデが勢いよく振り返る。ツクヨも室内の方へ目を向ける。
「リンカさん!」
どうやらリンカという名前らしい。
「テオー?カナデにあんまり心配かけさせないであげてね。折角綺麗な顔にしわが増えちゃもったいないでしょ?」
何というか、結構マイペースな人なんだろう。テオが顔を伏せる。
「リンカさん!姉弟の問題に口を挟まないでください!」
「カナデちゃんもあんまりカリカリしないの。そこの子、すごいビビってるじゃない、可哀想にー」
指をさされて焦るツクヨ。いきなり話を振られると困るのだが。
「我らがギルドメンバーの命を助けてもらった彼女の目の前でいきなり姉弟喧嘩を始めるのはちょっと感心できないなー」
ごもっともです。
リンカがツクヨの前までやってきた。若干身構えてしまうのは仕方のないことだと思ってほしい。
「いきなりごめんなさいね。カナデちゃんは良い子なんだけど、弟のことになるとすぐこれなのよ。許してあげて」
過保護でブラコンだということはよくわかった。
「改めて、テオのこと、ありがとう。私はここ、スターライトの副隊長を務めています。リンカです」
「いえいえそんな。私は・・・ツクヨです」
「ツクヨちゃんね。お詫びもかねて少しうちのギルドでおもてなしさせてくれないかな。お礼と謝罪の気持ちを込めて」
「いや、そんな、お気遣いなく」
やんわり断るがリンカの押しの強さに結局部屋の中に引きずり込まれた。
もうどうとでもなれ。
「よっしゃー!今日はご馳走だー!」
なんかすごい盛り上がってる。
もしかしなくても自分がいる必要ないないだろうとか思う。
ツクヨは盛り上がっている室内の端の方でちまちまとただ飯をいただいている。みんな最初は挨拶していくが残念ながらツクヨのコミュ力ではそうそう会話も続かず結局こんなところにいるわけだ。ただでさえ部外者なのだ。居心地が悪すぎてもう嫌だ。
「フラウ・・・どうにかしてこの場から自然に立ち去るいい方法とかない?」
「ん?いいじゃん、ただ飯」
フラウは口いっぱいに食べ物を頬張りながら首を傾げる。
「何て言うか・・・こういうの慣れてなくて」
「じゃあいい勉強になるな」
「フラウってもしかしてすごいポジティブ思考?」
「そうなのか?そりゃどうも」
別に褒めたつもりはなかったのだが。
「ツクヨちゃーん。ちゃんと楽しんでる?」
リンカがいきなりとても親しげに肩を組んでくる。びっくりして変な声が出たが周りが騒がしいのでそんなに目立たなかった。顔を覗き込んでくるリンカに苦笑いを浮かべる。ふと見れば、リンカの後ろにあのお騒がせ姉弟がいる。
「この二人が改めてお礼と謝罪を言いたいんだって。聞いてあげて?」
もういいだろ。どんだけだよと内心でうんざりしながら、ツクヨは苦笑いで二人を見る。
「先ほどはお見苦しいところをお見せしてしまって本当にすいませんでした」
カナデが頭を下げてから、追うようにテオも頭を下げる。
そんな大したことしてないんだけどと思うが感謝されることに悪い気はしない。
「ツクヨさん。私があなたに対してお願いをする資格はないとは承知しています。それでも、お願いがあります」
カナデがとても真剣な表情で言うので、嫌な予感しかしない。
「ツクヨさん。あなたは今現在、どこかのギルドに所属していますか」
「い、いえ」
「では、このスターライトに入ってみる気はありませんか?」
「はい?」
「その・・・テオもあなたになついているし、あなたも一人で行動するよりはギルドでパーティを組んだ方が危険度も下がるし、援助もある。というか、今時ソロで旅をしている方が珍しいのだが。まあそれは置いておいて、あなたにも十分メリットがある話だと思うのだけれど」
「はあ・・・えっと」
そんな事を言われても、じゃあ入りますって入れたら最初からどっかのギルドに入っている。かと言ってこういう、強く押されるのは苦手で、断るのも下手なのだ。妖精は珍しいとか何とかでフラウは姿を見せてはくれないので助けを求められないし、ツクヨの可哀想な脳みそでは全然対応しきれずおどおどするばかりだ。
「何かギルドに入りたくない理由でもあるの?」
横からリンカが問う。
「いや、別に、そういうわけでは」
「じゃあ、なんで渋るの?」
テオが上目遣いでこちらを見る。何でこんなになつかれたんだろう。
「あー・・・お恥ずかしい話、私、極度の人見知りで・・・」
「そんなのこれから慣れていけばいいのよー。ここには仲間思いの優しい連中ばっかりよー」
まあそう言って来るよね、うん。そう言われてしまうとギルドへの加入を拒む理由がなくなってしまったような。いや、あるんだけどさ。サポート妖精がついてるから必要ないとか。自分は別の世界から来たからちょっと抵抗がーとか。
言えるわけがないのだけれど。
「いいんじゃねー?悪いやつらじゃなさそうだぜ?」
耳元でフラウがこそこそ言ってくる。まさかフラウまでギルドに入れって言うのか。最初は別に無理に入らなくていいって言ってたのに。いや、別に無理強いはしていないからそういうわけでもないのか。でも押しに弱い自分に判断を丸投げされるのも困るかも。
「あの、どうしてそんなに誘ってくれるんですか?」
時間稼ぎ的にそんな質問をしてみる。
「どうしてって・・・仲間が増えるのは嬉しいじゃない。それに、あなたはきっと、悪い人じゃない」
悪い人じゃないって・・・会って間もないのにそう言い切っちゃうのはどうなんだろう。いや、悪い気はしないんだけど。
というかここまで来ると逆に断るのが不自然になってきてないか?
「じゃあ、最初はお試しってことで少し一緒に行動してみるのはどう?入るかどうかはそれからでもいいんじゃない?」
「リ、リンカさん!?」
お試し期間とかアリなのかよ。でも少しギルドというものに興味はある。会わなければ速やかに立ち去るという感じでいいだろう。
「あの、では、少しの間お世話になってもいいでしょうか・・・?」
「本当!?」
テオがあからさまにいきいきとした表情をする。フラウも頷いているのでどうやらそう悪い選択をしたわけではないらしい。それにひとまず安心する。
「では改めて自己紹介を。私はカナデ」
「ツクヨです。よろしくお願いします」
ツクヨはそう言ってぺこりと頭を下げた。
そしてふと気づく。確かリンカはこのギルドの副隊長だと言っていたが、ツクヨはまだ隊長なる人に会っていない。
そんな事を考えていると、まるで空気を察したかのように一人の男性がこちらへ近づいてきた。
「話はまとまったかい?」
「ええ、とりあえずお試し期間を設けることにしたわ。この子もまだ私たちのことよく知らないと思うしね」
リンカが男性にそう説明した。何というか、カナデといいリンカといい、濃いキャラが続いたせいかとても普通の人に見えた。表情は穏やかでとても優しそうな印象を受ける。
「あ、ツクヨと言います。よろしくお願いします」
「よろしく、ツクヨ。私はここの隊長を務めている、ジークだ」
そう言ってジークが片手を差し出してきたので、ツクヨも若干恐る恐るという感じではあったが軽く握手を交わす。すると、一瞬だったがジークに触れた手が淡い光に包まれた。びっくりしていると、手の甲に見知らぬ紋様が浮かんできた。少し細かい装飾が入っているが全体としては星の形をしている。
「いきなり驚かしてすまない。それはスターライトの紋章だよ。僕たちの仲間である何よりの証拠になる」
ギルドマークというわけらしい。
こうして隊長の公認もあり、ツクヨはしばらくスターライトに身を寄せることになった。
一人旅はほんの二日足らずで終わってしまったわけだ。
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