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浅野千紗・百花①
しおりを挟むブロロロロ…
車の窓を開けると爽やかな秋風が頬をくすぐった。
向かっている3つ目の拠点も山奥にある。鮮やかに彩られた木々が周りの風景を活気付かせていた。
今回のターゲットは浅野千紗(あさのちさ)と百花(ももか)の双子。
河川敷のサッカーグラウンド。
そこでは珍しく女子チーム同士のサッカーの試合が行われていた。グラウンドを走り回る元気な褐色の少女達に私は目を奪われ、車を停めた。
河川敷の堤防が芝生の斜面になっていて、保護者が三々五々と散らばって観戦していた。
その中に私が混ざるように芝生に座っても、特に注目されず、私は少女たちをシゲシゲと観ることができた。
ガールズチームだからか、よくスポーツチームでありがちな精神論的な怒号が飛び交うこともなく、中々激しく攻めあっている試合内容に対し、ベンチや芝生から放たれる声はのどかで落ち着いている。
そんな雰囲気の中、ひたすらドリブルで仕掛けていく1人の少女に目がいった。
そばかすやニキビ顔のいかにもスポーツ少女といった顔が目立つ子たちの中で、綺麗に焼けた肌に赤色のゴムのヘアバンドで額に留められた艶やかな黒髪。
決して長身ではないが、程よく付いた筋肉がその少女のスタイルをさらに際立たせていて、軽やかにかわしていくドリブルは柔軟性がある。
その少女が軽やかに1人、2人とかわしていき得点を決めると、少女はあっという間にもみくちゃにされる。えくぼが映える笑顔は柔和で決して勝負師の表情では無かったが、心からサッカーを楽しんでいるようだった。
「ちさ―、まだ終わってないよー」
びっくりするほど大きな声がグラウンド内に響いた。
発信源はその少女のチームのベンチから。
そちらを見ると、得点を決めた少女と瓜二つの少女が1人立ち上がり、この場に似つかわしくない大声を出している。この子もヘアバンドをしている。黒色だ。
「ももー、わかってるよー」
千紗(ちさ)と呼ばれた少女は大声で叫びかえし、笑顔でベンチの少女に親指を上げる。
ももと呼ばれた少女は、もうっ、と言うかのように苦笑いを見せベンチに座った。隣にいた子が何か冗談を言ったのか隣を向いてじゃれ合い、笑い合う。
ピーッ
ボールが中央に戻され試合が再開する。
千紗と呼ばれた少女はこの後も軽快にドリブルを繰り返し、試合を大いに楽しんでいた。
ももと呼ばれた少女は試合が進むにつれて、笑顔が消え失せていった。
「ありがとうございました」
芝生にまで届くほどの大きな声で試合が締めくくられる。
結局、試合は千紗と呼ばれた少女の得点を皮切りに、ゴールラッシュが続き、千紗のチームが圧勝して終わった。
千紗と呼ばれた少女は真っ先にももと呼んだ少女のもとへ向かいハイタッチを交わす。2人とも笑顔だったが、ももと呼ばれた少女の方には笑窪が浮かんでいなかった。
浅野 千紗(あさの ちさ)と百花(ももか)は中◯2年生の双子。
赤いヘッドバンドの方が千紗で、黒いヘッドバンドの方が百花。
サッカーは部活ではなくクラブチームで、家から自転車で30分ほどかけて河川敷まで通っている。
練習が終わるのは20時とだいぶ遅い時間だが、片田舎だからか、意識が薄いのか保護者が迎えに来たりはしない。
暗く、人通りも街灯も少ない通りを2つの自転車が縦並びに進む。
軽快に進んでいた2つの自転車だったが、止まっている軽トラを素通りしてすぐ、前を走っていた自転車(千紗の方の自転車だ)のスピードが急に弱まった。
千紗が自転車から降りているのが暗い中でなんとなく見えた。
千紗は後ろの車輪を確かめ、すぐ後ろで自転車に跨って止まっている百花に何か言っている。たぶんパンクしたことを報告しているのだろう。
そんな一部始終を私は止まった軽トラの中から見ていた。
これまでは私の計画通りに進んでいた。そしてこれから先も私はしっかり計画している。
・・・いや、しっかりは嘘だ。なんとも場当たりで、チンケな茶番のような計画だ。
スッー、ハァー
私は一回深呼吸をして、計画を頭で再確認する。
そしてトラックを降り、右往左往している2人に近づいた。
「どうした?」
自転車に気がいってたからか、声をかけてられて2人はようやく怪しいおじさんの存在に気づいたようだった。2人は即座に警戒の表情を私に向けた。
「ありゃ、パンクか」
私は近所のお節介おじさん、みたいな言動を意識して、2人の怪訝な反応を無視して千紗の自転車の後輪に無遠慮に触れる。
「あ、はいっ」
遅れて千紗が反応する。警戒しながらも返事はスポーツマンらしく溌剌としている。
「俺、ちょうど仕事の帰りなんだけどもさ。工具あるから直しちゃる」
反応した千紗に向けて言葉を投げる。千紗は顔に戸惑いを浮かべ、百花に顔を向ける。
百花は顔から警戒を解かずに、しかし無言のままだ。
「大丈夫、すぐ終わるから、ちょっち待っちょれ」
見当違いの気遣いを残し、返事を聞かずに話を進める。大人の強引さで子供の思考に時間を与えないようにする。
「えっ⁉︎、いやっ、ええっと、、、だ、大丈夫ですから」
千紗が慌てて自転車を手で引こうとする。それを私はサドルを掴んで制する。
「そんなこと言ったって、この住所だと歩いたら結構時間かかるべえよ」
私は自転車のダウンチューブに書かれた住所を見て言う。しかしこんな堂々と住所を書くとは、これも田舎の気の緩みなのか。
「えっと、いや、うぅん」
千紗が言い淀んでいる内に畳み掛ける。
「別に、金とったりしねぇから大丈夫よ、そこで待っちょき」
私はそう言って返事をする隙を与えぬまま、軽トラに戻った。
いかにも大工ですというような工具箱を持って、再び2人のもとへ戻る。戸惑いながらも2人は待ってくれていた。
「どこパンクしたかわからんから光当ててくれねぇかな」
私は慣れたような手つきで後輪をクルクル回しながら声をかける。
千紗が懐中電灯を恐る恐るながら近づいてきてライトを当ててくれる。柑橘系の制汗剤の匂いが私の鼻をくすぐった。
「おっ。ほらここ、切れてんのわかるか」
私はパンクした箇所を見つけると、千紗に見せるために後輪を千紗の方に向ける。警戒を興味が勝ったのか千紗は私の示す箇所を見ようとしてしゃがんでしまった。
トンっ
軽く、千紗の延髄を手刀で叩く。
千紗の身体がグラッと横に倒れる。
「千紗っ」
百花が急に倒れた千紗に慌てて近寄る。
そこを返す刀で百花の延髄にも手刀を振り下ろす。
バタッ
倒れた2人の少女。
安っぽいカンフー映画のような一幕が終わり、相変わらずの静けさが路地を包んだ
アホでチンケな茶番が完結した。
自転車を荷台に投げ入れ、気絶した2人を後部座席に押し込み軽トラを発進させる。
ブロロロロ・・・
双子を連れて、夜に紛れて色彩のわからなくなった漆黒の山に吸い込まれるように車は進んでいく。
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